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 柔らかな春の日差しを浴びながら、諸君らの新たな出発を祝うかのように桜の花が咲き始めた卯月四月の仙台。本日、東北大学に入学された学生、大学院生諸君に、本学を代表して心から入学のお祝いを申し上げます。諸君は今日から本学の一員として、世界に貢献する人材となるべき道を選びました。私どもと共に歩み始めた諸君に心から歓迎の意を表します。また、今日この日に至るまで諸君を支えてこられたご家族の方々に対しまして祝意を表したいと思います。

 

 さて、諸君が入学した東北大学は、今から102年前の明治40年(1907年)に、日本で第3番目の帝国大学として建学されました。建学当初に選ばれた若き教授陣は、約4年間の準備期間に欧米の大学へ留学して見聞を広げ、設立当初より世界を見据えた新しい大学づくりの構想を練ったとされています。以来、「研究第一」、「門戸開放」を理念に掲げ、「実学尊重」の伝統を創り上げ、我が国で初めて研究大学を標榜しました。設立後15年目にして世界的科学者であるアインシュタイン博士が本学を訪れ、帰国後に「仙台は学術研究に最も向いた都市であり、恐るべき競争相手は東北大学である」と言われたことからも、本学の目指した世界が見て取れます。

 

 実際に、「門戸開放」の理念は、旧制高校出身者以外の学生の受け入れを行ったことや、当時の文部省の指導にも屈せず、帝国大学として初めて女子学生を入学させたことでも知られています。ここに「研究第一」の理念が相乗し、開放的な気風と研究に熱中する真摯な校風が開花していきました。たとえば、高等工業から本多光太郎先生の門下として入学し、強磁性結晶体の磁気的研究によって文化勲章を受賞され、東京大学総長にもなられた茅誠二先生、薬学専門学校から真島利行先生の門下として入学し、アミノ酸等に関する生物有機化学研究で文化勲章に輝き、大阪大学総長にもなられた赤堀四郎先生、中学中退ですが専門学校検定試験合格から本学に来られ、センダスト磁性材料をはじめとする特殊合金に関する研究で文化勲章に輝いた増本量先生もおられます。また、初代女子学生となった黒田チカ先生はお茶の水女子大学の教授となり、多数の日本の女性科学者を育成されました。

 

 建学以来の理念、伝統は今にも引き継がれ、本学では昼夜を問わず研究に熱中している様子が普通に見られ、その成果は世界に発信されています。例えば本日、この入学式にご来賓としてご来臨いただきました西澤潤一先生は、「光通信の父」とも「ミスター半導体」とも称されるほど、独創的な発想の研究を行ってこられ、今の光通信の基礎を築かれました。その多くの業績により国際的な学術賞に輝くばかりではなく、米国に本部がある電気電子学会(IEEE)に先生のお名前を冠したJun-ichi Nishizawa Medalが設けられております。また、ノーベル化学賞に輝いた本学出身の田中耕一先生による生体高分子の構造解析手法の開発や、2007年の文化勲章に輝いた中西香爾先生の生物有機化学・天然物化学に関する研究など、世界が認めた優れた研究が数多くあります。さらに、理系ばかりではなく、国際法の研究、「海の小田」と称されるほど海洋法の研究で国際的に優れた業績を築かれ、オランダのバーグにある国際司法裁判所の判事を3期27年にわたり務められた小田滋先生も本学の誇りです。さらに諸君も良く知っているフラッシュメモリーは本学の舛岡富士雄先生の発明によるものです。このような頭脳で世界的貢献を果たした事例が本学には溢れております。東北大学は、諸君が学食で昼食を摂っているすぐ側で、世界的な研究をしている先生も食事をしているという大学なのです。

 

 さて、今現在、人類社会には大きな問題が山積しています。テロリズムや貧困、宗教や民族、エネルギーや環境のように地球全体に関わる問題や、高齢化と過疎、都市と農村、雇用と経済などの世界各地における地域的問題など多種多様となっています。これらの問題を解決するために多くの国や地域の政治が関わって協議を続けています。しかし、それだけの人々が結集しても解決にいたらないのは何故でしょうか。有史以来、創造と破壊を繰り返し、自身の利益を追求してきた人類が、その本質を変革させない限り解決できる問題ではないのかもしれません。しかしこのままでは地球規模で自然が破壊され、世界規模で人類が絶滅の危機に瀕する事になってしまいます。人類が変わるためにはこれまで自己の利益に使ってきた「知」を、人類全体のために使う「知」にしていく必要があります。また、人類社会の諸問題を解決するためには、物事の原理を突き詰める深い「知」と、世界全体を鳥瞰し、地球規模で思考できる広い「知」とで満ちていなくてはならないと考えています。その「知」を生み出していけるところが大学であり、そしてその先導的立場にあるところが世界リーディング・ユニバーシティではないかと考えます。

 

 このような状況の中、私は、人類社会の諸問題に立ち向かう挑戦の精神を持って、教育によってこれまでの知を継承し、研究によってこれからの知を創造していき、人類社会のために「知」を使うことができる指導的人材を輩出していくことを目標とした「井上プラン」を発表しました。この目標に集まり、この目標を実現していくのは、我々教職員であるとともに、諸君らであるということを忘れないで下さい。

 

 この2年間に井上プランは着実に実現されてきています。たとえば教育において、諸君らが国際社会で活躍できるように英語の外部検定試験を導入し、実際に短期留学ができる「スタディ・アブロード」プログラムを作りました。また、大学院生には国際高等研究教育院を設置し、本学独自の奨学制度によって優れた研究をサポートしています。さらに、本学では世界の研究を牽引する「原子分子材料科学高等研究機構」を片平に設置し、世界中から極めて優秀な研究者が集まっています。この中に入ると多くの国の人々が国際語である英語で科学を語り合っており、あたかも外国にいるような錯覚を覚えてしまいます。また、東北大学には、世界的にみても比類ないベクトル型スーパーコンピューターを保有していることや、世界で唯一の、微量のニュートリノが検出できる実験施設、カムランドを開発しています。

 

 今、世界から研究者や学生が東北大学に集まってきています。今、本学には極めて優れた人的財産、知的財産、物的財産が整備されています。君たち学生諸君は東北大学に蓄積されているこれらの財産を活用して自らを磨くことができるのです。そして我々と共に人類社会を救う「知」を生み出していくスタートラインに立ったと考えて下さい。

 

 さて、諸君が現実的問題を解決する深い「知」を得るために、自らの専門を突き詰めることになるでしょう。これは興味のある勉強につながるので一見やさしく、楽しく感じられます。しかし、突き詰めるということは知識を得ることだけではありません。新たな知識を生み出すことに挑戦していくことになるのです。そのためには学問に素直になって、無心で学ぶことから始めて下さい。徹底的に学びに打ち込んで下さい。そして基礎ができたときには新たな知識の創造に向かって高い目標を掲げ、失敗をおそれず、ひたむきに研究に取り組んで下さい。人に誉められることを求めるのではなく、真摯に志を高く持って研鑽を積んでいって下さい。すぐには成果が上がらなくても下積みの研究を行うことが諸君の学問の基盤を築くことになります。それが諸君の知的財産となるのです。

 

 しかし、新たな知識を生み出すには、深い「知」を得ているだけではうまくいきません。自分の研究の新たな展開に向かうためには、人類社会の中での自分の研究の位置づけを明確にする必要があります。それは「知」全体を知らなくてはできないことです。それが世界全体を鳥瞰できる広い「知」となります。
この広い「知」を「教養」と呼ぶことができると考えます。「教養」には様々な定義があり、明確に表すことは難しいようです。しかし、人類社会を救う「知」としての教養は、まず、自分の文化を人に伝えること、異文化を理解することに始まると思います。この点で国語を学び、国際語である英語を学び、そして人類の歴史、社会の成り立ちなどの人間論や社会論を学ぶことになるでしょう。また、文系の諸君には自然界の成り立ちなど自然論は欠くべからざるものとなるでしょう。
学生諸君は入学時に学部が決まっているので、自分の専門以外に興味を持てないことがあるかもしれません。しかし、革新的研究には全く異なる発想が必要であり、その発想は往々にして幅広い知識と思考力、物事を鳥瞰的に見る総合力から生まれてくるものです。異分野融合の発想ができるのも「教養」があってこそできるものと考えています。そして自ら生み出した新たな「知」が人類社会の存続に対してどのような位置づけにあり、どのように活用することができるのかを考えるためにも「教養」は必要不可欠なものとなります。

 

 さらに人類を救う「知」は一人で成し遂げられるものではないことを知って下さい。教員から学ぶことも大切ですが、先輩、同輩、あるいは後輩と議論を交わして下さい。学問のことだけとは限りません。自分を語り、人の言葉を聞く。自分の考えを批判し、人を考え知ることは、人類を救う広い「知」を得るためになくてはならないことと考えています。このことは人類ばかりではなく、自分自身の生涯にも関係してきます。人生には様々な問題が生じ、時には人生の岐路に立たされるときもあるでしょう。その時、広い「知」を持っている人は目先にとらわれない適切な判断ができることになるからです。

 

 大学は諸君の成長のために様々なコンテンツを用意しています。諸君が「自ら学ぼう」とする意志さえ持っていればあらゆることが学べるところなのです。大学は「自ら助くる者を助く」ところです。知的好奇心を持ってあらゆることに挑戦する気概を持ち続けて下さい。小さなことでも構いませんから創造の意欲を忘れないで下さい。そして常に革新の心を持って行動して下さい。本学の財産を活用して人類の未来に向けて伸びていって下さい。そして世界に向けて羽ばたき、人類社会に確かな足跡を残していただきたいと思います。

 

 新入生諸君、これから一人の大人として、自らを厳しく、よく学び、よく語り、人類社会の問題に立ち向かっていって下さい。そして東北大学が諸君の第二の故郷として誇れるようになることを願ってやみません。
諸君の学生生活に実りあれ、幸あれと心から祈念し、私の式辞といたします。

 

平成21年4月7日 東北大学総長 井上 明久
(於:仙台市体育館)

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