本文へ
ここから本文です

本日ここに、晴れて学士の学位を授与された2.441名の皆さん、修士の学位を授与された1,718名の皆さん、専門職の学位を授与された131名の皆さん、そして博士の学位を授与された497名の皆さん、おめでとうございます。東北大学を代表して、心よりお祝いを申し上げます。また、ここに至るまでの皆さんを支えてこられたご両親、ご家族、関係者の皆様にも、心よりお慶び申し上げます。

今日の日は、皆さんの人生において一つの大きな区切りを意味します。職業人として第一歩を踏み出す人は、これから仕事を通じて社会の様々な問題と格闘することとなります。研究の更なる前進を図る人は、さらに非常な努力と真摯な研鑽に励むこととなります。あるいは、祖国に戻り、祖国の成長・発展のために働く人もいるでしょう。皆さんの一層の奮励努力を祈って止みません。

さて一昨年3月11日に発生した東日本大震災から早いもので二年が経ちました。大震災は、日常生活の中で当たり前に存在した大切な人、大切な物、大切な場所とのつながりを一瞬にして破壊しました。皆さんも様々な思いをもち、それぞれの体験を経て今日の日を迎えていることと思います。この悲劇的な惨禍を体験して生き延びることができた我々は、我々がなぜ生かされているかを問いかけながら、「今の困難」を乗り越え、「より良き未来」を創造していく義務があると思います。特に未来を切り開く可能性を託された若き皆さんには、困難なこの時代に各々が自覚的に何をしていくのかが問われています。
 現代社会は、科学技術という「知」を原動力とする社会形態の下にあります。科学の始まりについてはいくつかの考え方がありますが、科学技術という知的活動が社会において認知されたこの2世紀余りを振り返ると、知識は現実を理解する道具であるだけでなく、現実そのものを次々と変え、新しい現実を創造するという面で大きな力を発揮してきました。まさに哲学者フランシス・ベーコンが命題とした『知識は力なり』が、現代社会を規定しているのです。しかしながら、科学技術がもたらした便利で豊かなはずの社会に起こっている危機的出来事を見るとき、「知識の社会的責任」を今一度問い直すべきだと考えずにはいられません。本日学位を授与された皆さんはこれからこの「知識の社会的責任」を先頭になって担うリーダーになることが求められています。
 本日は、皆さんに「知識の社会的責任」を担うリーダーとして必要とされる二つのことについてお話をいたします。
 最初は、大多数の者が醸し出す『見えざる‘空気’へ異論を唱える』ことについてです。
 東日本大震災では、「想定外」という言葉が飛び交いました。しかし、その言葉には責任逃れのニュアンスが含まれています。このように言えば「想定」を持つことは悪い印象を与えるかもしれませんが、およそ「想定」なしには対策が成立しないことを認識する必要があります。地震対策を例にとると、科学技術の世界では、マグニチュード8.0を「想定」して対策が立てられるのであって、「どんな地震にも耐えられる」という対策はおよそ意味を持ち得ません。実際、マグニチュード9.0はまさに「想定外」でありました。しかし問題なのは、今回想定外とされてきたことが本当にきちんとした議論の結果としてなされてきたかということです。残されている記録や伝承、地質調査の結果などを丹念に検証していれば、今回と同じ規模の津波がもっと短い間隔で起こっていたことが分かっており、またそのことを指摘する声もあったと聞いています。しかしながらそのような声は、これらの危険性を考慮しなくてもよいとする大多数の暗黙の了解の前に、沈黙をせざるを得ない状況になっていたと思われます。

この暗黙の了解、呪縛を最初に「空気」と名付けたのは、イザヤ・ペンダサンの名で『日本人とユダヤ人』を著した作家の山本七平(しちへい)です。教養書としてよく読まれる彼の著書『空気の研究』では、戦艦大和の出撃の決定に関わった専門家が皆、無謀で勝ち目はないと思っていたにもかかわらず、反対できなかった様子が「空気」の支配の典型として描かれています。山本七平は、「空気に支配されているとき、日本人は論理的説得では心的態度を変えず、言葉による科学的論証は無力になる」と指摘しています。和を持って尊しとし、全会一致で物事に当たることを良しとしてきた我が国民の特性をよく表していると思います。
 ただし、このような「空気」に支配された思考に対し誰かが批判を恐れずに「水を差す」ことをしなければ、誰もが「そう望まなかったのに」という愚を再び、三度と繰り返すことになりかねません。そのようなことは我が国にとっても不幸なことです。とはいっても、このように大方の空気に反して異論を唱えることは「空気を読めない」として揶揄されるばかりではなく、時として反体制的な行為として厳しい糾弾に会うことを覚悟せねばなりません。しかしながら、現代の世界が、ガリレオやダーウィンのような、確立された通念や不変とみなされていた世界観に敢然と異議を唱えた市民によってもたらされた新しい知の上に築かれてきたことを考えるとき、現代のリーダーもまた、思考という営みが既存の社会が認める価値や枠組み自体を疑う点において本質的に批判的な行為であることを自覚し、社会から指弾されることを引き受ける覚悟が必要になると考えます。
 二つ目は、『他者の視点でモノを見る、モノを考える』ということです。
 日本は今、間違いなく明治維新、戦後改革に匹敵する第三のパラダイムシフト、しかもグローバル化の中でのパラダイムシフトの真っ只中にいます。
 今日、私たちが生活している「社会」は、既成国家の枠組みを越えて、国際社会・地球社会という様々な文明が集まる共通の広場へと拡大しています。地球社会では、資金が大陸間を自由に流れます。物もサービスも科学技術も同様です。不幸なことに、テロ、パンデミック、環境破壊、自然災害などの問題も、自由に国境を越えます。いかなる国家も、国境警備だけで国民を守ることはできません。今日の国家は超大国といえども一国で自立できるものではなく、すべての国家が相互依存関係を強めているのです。
 振り返ってみると、東日本大震災後に世界各国から寄せられた多大な支援は、日本への関心と共感が保たれていることを示しています。戦後日本が、経済援助や人道支援を通じて築いてきた国際的な信頼の賜物だと思います。日本を仲間として受け入れてくれている国々こそが、日本の対外的な影響力を支えてくれているのです。我々は今後ともあらゆる機会を通して他者との相互関係を深めていかねばなりません。
 しかしながら、他者への継続的な関わりは、新たな考え方や気づきを生み出す一方、対立や紛争を生じさせることもあります。紛争は、他者を脅威や敵とみなし、「われわれ」と「彼ら・彼女ら」の差異を誇張することによって促進されます。そこで他者との対話で必要となるのが、『他者の視点でモノを見る、モノを考える』ということだと思います。自分とは異なる「彼ら・彼女ら」の視点を認め、価値観の多様性を共有できれば紛争の種が育つのもはるかに難しくなります。そのような視点を身につけることで、私たちは自分自身を相対化すると同時に、差異から生じる断絶に橋を架けて、地球規模の課題を解決することができるようになるのです。 本学で学んだ皆さんには今後とも自分の視野を広げ、他者とのつながりを学び、世界中の活動が自分たちに影響していること、また自分たちの活動も世界に影響を及ぼしていることを理解して、新しい平和な人類社会を創出する国際的なリーダーに育ってほしいと願っています。
 『見えざる空気』へ異論を唱える覚悟
 『他者の視点でモノを見る、モノを考える』
 この二つのことが、本日ここに学位記授与式を迎えた皆さんに対する私からの希望であり、お祝いのメッセージです。

皆さんは、東北大学から旅立っても、東北大学のコミュニティの一員です。皆さんは全学同窓会である東北大学萩友会の一員でもあります。毎年10月初めにはホームカミングデーを開催しています。皆さんが折に触れ母校を訪ね、この緑豊かなキャンパスで培った師弟の絆と学友との友情を更に深めてくださることを願っています。

東北大学は、世界各国からの学生が学ぶ大学です。本日は、25か国、284人の外国人留学生の皆さんが学位を取得しました。外国から東北大学に学び、学位を取得された努力と研鑽に対し、改めて祝意と敬意を表明したいと存じます。留学生の皆さんには、在学中に多くの友人と知り合うことができたことと思います。この国際的な人的ネットワークは、大きな宝物になるでしょう。留学生の皆さんには、日本を、そしてこの東北大学を第二のふるさととして、母国と日本、そして地球社会の発展に貢献していただきたいと思います。本日の学位記授与式には多くの留学生の皆さんが出席されていますので、ここで簡単に英語により送別の言葉を述べたいと思います。

Now, I would like to switch from Japanese to English, because we have many international students. I would like to talk directly to you in English.
 It is my great pleasure to hold the 2013 Spring Graduation Ceremony of Tohoku University in the presence of the Academic and Executive Staff Members. I am delighted to express my sincere congratulation on your successful completion of your courses in the Undergraduate and Graduate schools.
 In this age of progressive globalization, it is imperative that you all acquire not only the basic skills and knowledge necessary to survive as global citizens, but also the ability to understand various cultures and the diversity of societies.
 The diplomas conferred on you today certify that you have acquired both a degree of expertise and a broad perspective. They also certify your ability to address the important issues that confront our society.
 I sincerely hope that your experiences and achievements at Tohoku University shall help you contribute to the development of your countries and to world peace through your forthcoming activities.
 Finally, I wish to reiterate my hearty congratulations to all of you, and wish you all good luck in the future.

本日は誠におめでとうございます。

 

平成25年3月27日  東北大学総長  里  見  進   

(於:仙台市体育館)   

このページの先頭へ