インタビュー東北大学


画像
Interview-P.01

科学への興味


 mark科学に興味を持たれたのは何歳ごろで、きっかけは何でしたか?

 私自身が興味を持ったのは中学のときです。「死にたくない」と突然思った事がきっかけでした。 もっと細かく言うと「自分がいて自分以外の人が居るということが、本当に現実なのか?」「今見えているものは自分の精神世界の

中だけの物であって今目の前に居る人も私が見ていない時は止まって動 かないんじゃないか、そして次に見た時にまた動き出すのではないか・・・」などと考えた時から、人の体とか脳の働きに興味が広がりました。 また、死にたくないという考えの中から、私は自分の心を科学的につかまえることができないかとも考えるようになりました。脳がコンピュータに置き換えられるものであれば、自分がコンピュータの中に入って永遠に生きられるだろうと思った事が科学全体を見るきっかけとなりました。

科学の中でも、特に興味があったものは何でしたか?

 中学・高校の頃に一番興味があったものは物理でした。ただこれは、理解できたのはニュートンの物理までで、非線形波動の話になった頃には理解できなくなったのですが、自然現象が数学で解けるということにものすごい快感を憶えました。

中学の頃に持たれた科学への興味を実現するために、大学受験の時にはどの分野に進もうと考えましたか?

 とりあえず、脳の勉強をしたいので医学部しかないだろうと思いました。医学を志したのも脳の事をもっと知りたいとの想いがきっかけでした。


ブレークスルーとなった研究

脳科学の研究はいつ頃から始められ、自分にとってブレークスルーとなった研究は何ですか?

 学部にいる間にも、大脳生理学の本を読んで勉強しました。ただ、自分がやりたかったのは人間の心をつかまえる研究であり、それは世界中探してもどこも研究していない分野でした。私が医学部5年の時にポジトロンCTという装置が東北大学に日本で最初に入り、この装置を使うと脳の働きが分かるらしいという事がその時点で分ったことで進む道が決まりました。そして、大学院のときに内地留学で京都大学霊長類研究所にサルの脳を勉強しに1年間行きまして、そのときのサルの脳の研究が私にとってのブレークスルーですね。

  当時、日本はサルの脳での研究が進んでいましたから、大脳生理学をやっている人間が何を考えているかを肌でつかもうと考え、それを人の脳に応用することから始めました。 また、私の師であるスウェーデン人のローランド教授が出された論文を読んだ事も大きなターニング・ポイントとなりました。

京都で得たサルの脳の研究法と東北大にあったポジトロンCTを用い、どういう風に研究を進めたいと考えましたか?

 それは大学院3年のドクターコースの時でしたが、最初は悪戦苦闘でうまくいきませんでした。誰も通ったことのない道を大学院にいる若僧が一人でやっていくわけですから・・・

先生も知らない分野ですね。教えてくれる人がいない中で、どうされたのですか?

 指導教官がいないということで、私は誰の指導も受けず一人で暗中模索することとなり、ただひたすら走り回っていました。 高校生の受験生は多分、大学の先生を権威と思っていますから、その先生にある程度は指導してもらうのが当然と思っている気がします。

こうした話を聞くと、信じられないと思う高校生多いでしょうね。指導教官がいなかったという点をどうお考えですか?

 私を担当する教官はいましたが、実際は指導教官がいないということで大変に苦しかったですね。ただ、楽しかったです。何をやっても自分が最初なのですから・・・もう無茶苦茶でした。それで2,3年やっても芽が出ず、スウェーデンのローランド先生に手紙を出したら、すぐに返事が戻ってきて、非常にラッキーでした。大学院を終え、研究員ということでスウェーデンに渡りました。

ローランド先生とはどこで知り合われたのですか?

  もともとは神経内科のデンマーク人の医師です。やはり、先生もポジトロンCTというのを用い、脳と心の関係を知るという研究をされていました。考えている時の脳の活動を画像で捉え、思考と脳の活動を画像で捉えてしまったんですね。まさに自分がやりたかった事なので、先を越されたという気持ちと、どうせ学ぶならこういう先生のところでという思いだけで手紙を出しました。 2年間先生の下で脳研究のやり方、データ処理の仕方、論文の書き方などを学んで帰国し、その後は持ち帰った技術を日本で広めるということを始めました。

若い人を育てる環境としては、そこはどういう感じでしたか?

 カロリンスカ研究所というところは、ストックホルムにある医学の総本山で、ノーベル賞も多々出している研究所で大変良い環境にありました。指導教官にもよるかもしれませんが、ローランド教授自身も大変フェアな方で、私にテーマを与えてくださって研究のやり方を指導し、私の名前で論文を書くことを手伝ってくれるという人でした。自分の仕事もしつつ、若い人を熱心に育てる人という感じでしたね。'93年にこのような方法で研究を進めていた研究者30名がテキサスに集まり、後に脳研究のコアとなりましたが、'95年に行われた初の国際学会では800名にまで増えていました。

ポジトロンCTに可能性があると思われたのは、中学生の頃からの物理に対する理解のせいでしょうか?

 そうですね。まったく抵抗がありませんでした。

一般的に医学系の人の中には物理が嫌いという人も多くいると聞いていますが。

 そうですね。でも私は数学、物理の方が好きでした。

spacer
Next/Top