Interview-P.02

ブレークスルーとなった研究


先生にとってブレークスルーとなった研究は何ですか?

  研究をしていると興味の連続で、そういう意味では私自身は奥手でしたけど、未知のものに興味があっただけです。すばらしい論文を書いて世の中に知らしめようという考えは学生の頃はなく、日々興味を持って、研究を繰り返していました。
  しかし、ドクターを取った後でしょうか、日々赴くままにやっていても意味がない、物事の本質をつくという面から、事例をあげ、これがやりたい、これだと思う物の選び方を踏まえて研究を進めようと考えました。その当時はアモルファス合金の構造緩和に関しての定量測定解析をできる人は、日本では見当たらなかったので、米国のベル研究所に行ってその測定解析研究を始めたのが後年の金属ガラス創成のブレークスルーにつながりました。

ベル研究所に行かれたきっかけは何ですか?

  1981年に急速凝固準安定物質の国際会議が仙台であり、そこにベル研の方が来られました。そこで若い好奇心の旺盛な研究者がいるなと印象づけたのでしょうか、会議中は全く接触はなかったのですが、その方が東京に戻られた後、東京のホテルから手紙をいただきました。手紙には「2年くらいベル研に来ないか?」と書かれており、きっとその先生は、会議中に感ずるところがあったのでしょうね。

  大学院の学生時代、鉄鋼中の炭化物析出、鉄鋼中のセメンタイト炭化物の変形や破壊に関する研究を行っていたのですが、ドクターの3年の時、指導教官である増本先生から、液体からの超急冷で得られるアモルファス金属の結晶化研究を行なうように要請され、ドクター3年目の途中からその方面の研究に入って行きました。

  助手になった時は、アモルファス金属の結晶化だけでなく、全然畑違いのアモルファス金属の超伝導までやっていましたね。超伝導というのは、鉄鋼材料の研究をやっていた私には液体ヘリウムの取り扱い方も全然分からなかったのですが、金研の当時の技官の方々にいろいろ教えていただいて、今までと全く違う分野の研究をやりました。取り扱う金属元素が広範囲に及んでいたために、それは後年に繋がる研究になりましたね。いろいろな金属を扱った超伝導関係の研究を行ったことで研究の幅が広がったと思います。

  その当時は好奇心が旺盛で、色々な金属元素を使いました。アモルファス金属は1秒間に100万度という超急冷の冷却速度を必要とするため、非常に薄いものしか造れなかったので、当時は何故このような超急冷処理を行わなければならないのかというジレンマがありました。

  金研でアモルファス細線を作り出しましたが、その磁気的特性がテープ状のアモルファス金属と大きく違っていました。その違いの原因究明のためにその構造を調べようということになり、ベル研の先生が得意とする構造緩和の測定・解析技術を習得できれば、その研究が前進するのではないかと考え、ベル研に行きました。どういう測定手法を用いれば定量的な構造緩和結果が得られるのかについて分かる人が日本にはいませんでした。

金属ガラスという新分野はどこで考えつかれたわけですか?

 1983年1月にベル研究所から帰ってきまして、習得した測定・解析技術を用いて構造緩和およびガラス遷移の研究に入りました。今ではDSC示差走査熱量計は汎用装置となりましたが、当時は特殊なもので、アメリカ製しかなかったのです。それを用いて、アモルファス金属を熱処理して解析すると、構造緩和の非常にきれいな定量的データが得られました。熱処理や加工条件と測定結果が1対1に対応する成果が得られ、まるで生きた物のような挙動を示す金属に非常に魅せられました。

  急速冷却した未緩和なアモルファス相をアニールすると内部エネルギーが低い緩和状態に変化していきますが、その過程と機構に興味がありました。構造緩和の定量精度を向上させるためには完全に緩和した状態にする必要があり、アモルファス金属で過去の履歴を消すには固体から過冷却液体にすればよいわけです。つまり過冷却液体を示すアモルファス金属、いわゆるガラス金属を用いることにより、精度の高い構造緩和の研究ができるわけです。過冷却液体の安定性の向上が、我々が夢に見たバルク形状のガラス金属材料の開発に繋がるなんて当時は思っていませんでした。というのも、当時は金属元素のみから成る金属ガラスのバルク材ができるなんて誰も思っていませんでしたから。

  1980年代後半になって、構造緩和のために探索していたものが結果としてバルク金属ガラスの誕生に繋がったわけです。このためには6〜7年間の息の長い多くの試行錯誤を要する研究が必要でしたが、これは金研だったからできたわけです。

従来やっていないやり方を入れたことが成功の鍵だったのでしょうか?

 過冷却液体にするには、二元系より3元以上の多元系がよかったわけですね。最初から多元合金がよいなんて分かっていなかったので、過冷却液体の安定性の高い合金成分を示差走査熱量計を用いて探索していきました。見つけた安定性の高い合金系において、アーク溶解したまま、すなわち強制冷却しなかったにもかかわらずボタン状の塊がガラス構造になってしまっていたのです。この結果、バルク金属ガラスの学問分野が誕生したことになります。

  石器時代から数千年間人類が使ってきた金属材料は、結晶構造ですが、今ようやく1990年前後を境に同じようなバルクの材料(構造物を造り出すことができる材料)として、ガラス構造(3次元的に原子がランダムに配置されている)を持つ金属が登場したわけです。
  数千年の歴史のある結晶金属に対し、片や10数年しか歴史のない金属ガラスですが、現在では世の中に実用材料として認知していただける段階となりました。

金属ガラスの優れている点とは何ですか?

  酸化物ガラス細工のように簡単に熱して加工できますし、光ファイバーのように伸ばすこともできますし、微細に精密加工もできます。
  この材料の良い点は、結晶質材料と比較して強度が2倍以上、同じ強度でもヤング率が3分の1、弾性限伸びが3倍以上あります。すなわち、たわみやすさが3倍、たわみ量も3倍以上、ねじれにおいても普通の金属ならねじれ角度が4度で永久変形を起こすのですが、これは16度ぐらいねじってもまた元に戻るのです。たわみやすく、たわむ量も多く、弾性限伸びもあるといった、これらのユニークな特性によって非常に広い用途をもっています。

  何故ユニークな特性が発現するかというと、金属ガラスは3成分以上の多元系であり、原子はランダムに配列している。3成分の元素の大きさは、大中小の関係にあり、しかも原子は互いに引き合っているが、結晶に比べると隙間がある。ヤング率が低く、たわむ量も大きく、永久変形をおこさせる力が2倍以上という性質は全部そういう原子レベルでの構造・結合の特異性からきているものなのです。
  ガラス細工を加工するのと同じように、加熱するとニュートン粘性といって水や油と同じように液体状態での加工ができます。つまり、酸化物ガラスと同じ加工ができるのです。そういうことは普通の結晶金属材料では全くできません。

  歪み速度感受性指数が1.0という理想的な超塑性変形ができます。金属ガラスは微細に加工でき、結晶粒界が全くないので、いくら微細に加工してもナノメートルスケールで段差ができたりすることはありませんね。多結晶でできているこれまでの金属材料は結晶粒界があり、そこで段差ができ、それはミクロンメートルサイズですから、ナノメートルの精密用部材としては適さないということになってしまいます。しかも、結晶方位によって変形が違ったりします。それでは単結晶材を使えば良いじゃないかということになりますが、そうなると柔らかすぎてしまいます。金属ガラスはファイバーになっても、強度も弾性限伸びもありますから、ちょっとひっかけてもすぐに元の形状に戻る性質を持ちます。

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