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独創的な研究業績により1999年度「久保亮五記念賞」、1999年度「つくば賞」、 2003年度「日本IBM科学賞」を受賞
――ご専門である構造物性研究を、わかりやすくご説明いただきますとどんな研究なのですか。
私たちの身の回りに存在する物質は、多数の原子によって構成されています。それぞれの物質の性質を「物性」と呼びますが、色や形、電気伝導、磁性などさまざまな性質があります。この物性は原子自身の持つ性質やその並び方、原子の周りにある電子のふるまいによって決定されます。このメカニズムを解明するのが、構造物性研究です。
――物理学は広範な感じで把握しにくい気がします。村上先生が取り組まれている分野が、物理学においてどういうポジションなのかを教えてください。
物理学を大きく分けると、素粒子・原子核物理学と物性物理学の2つになります。前者は、物質を究極的に小さくして調べていき、どんどん分割していって原子、原子核、それから原子核の中がどうなっているのか、ミクロな方向で物事がどうなっているかということを見出していく学問です。後者は、大きさの階層で考えていいのですが、原子核よりも大きい領域で物質の性質のメカニズムを探る学問です。とにかく大まかに言えば、物質の階層によって、学問領域が違っているのです。しかし不思議なことに、数理科学的観点では2つの学問領域は深く関わっています。
物性物理学の中にさまざまな分野がありますが、大きく占めている部分が固体物理学です。私が取り組む分野も含まれます。さらに、この中に電子物理学、また比較的新しい学問である構造物性学があり、この2つは重なる部分が多いです。
――先生が手がけられた「放射光X線による電子軌道秩序の研究」について、ご紹介ください。
物質を構成する原子の周りにある電子のふるまいが物性を決定づけるのですが、物性物理学はこの電子のふるまいについて調べることが研究の中心になります。電子のふるまいについて、これまでは、電子と電子との間の相互作用をあまりまともに扱わずに、まわりの電子からの影響を一つにならして、どの電子も同じような影響を受けるという考え方で進んできました。この考え方は現在のエレクトロニクスの基礎となっているバンド理論へと発展しました。
しかし、それだけではうまく行かないということがわかってきました。電子と電子が反発しあう相互作用をちゃんと取り扱わないとどうしても説明できない現象がたくさん出てきたのです。高温超伝導や巨大磁気抵抗などという現象です。電子間の相互作用が実効的に強い物質を、強相関電子系物質と呼んでいます。この物質系では、電子が周りの電子と強く結びついた「強相関」という状態になっています。これらをもっと研究する方向へ向いたわけです。その研究の流れの中で、電子のふるまいについてその秩序構造の観点から詳しく調べることにしたのです。
電子には、電荷・スピン・軌道という3つの自由度があります。このうち、電荷とスピンについてはその性質がよく調べられてきましたが、軌道を調べる研究手段はごく限られ、あまり研究が進んでいませんでした。
電子の状態には、極端に言いますと、原子核の周りに留まっている局在状態と、もう一つ、物質中に広がった状態である遍歴状態という、2つがあります。現実の電子はその2つの状態の間にあります。局在の方から考えて電子の自由度を見てみますと、電荷の自由度とスピンの自由度のほかに、どういう電子軌道を持って原子核のまわりを回っているのかという軌道の自由度があります。その存在そのものは古くから知られていたのですが、実際に放射光X線を使って観測してみようというのが、私の研究です。
放射光X線は、固体物理学の中で原子配列を調べる観点では昔から使われていましたが、電子構造を調べることに利用され始めたのは比較的最近です。構造的観点から電子構造を調べることはできないかと、いろいろ試みているうちに電子軌道を観測できる方法を見出すことができたのです。それは、共鳴X線散乱という手法の一種です。
注目する電子が原子核のまわりを回っている時に、あるエネルギーを持ったX線が照射されると、電子の遷移が起こります。電子が内側の軌道から外側の軌道へ行くためには、ある決まったエネルギーが必要なのです。ちょうどそのエネルギーを持つX線をあててやると、電子の遷移が起こります。放射光の特徴は、エネルギーの調節が自由にできますから、遷移を起こさせるエネルギーのX線を使って調べることが可能なのです。この手法を使って、電子軌道の秩序を調べたわけです。
――この「放射光X線・中性子線に関する電子軌道秩序の研究」は、2003年11月に第17回「日本IBM科学賞」を受賞されましたね。
この賞は、日本IBM株式会社が基礎科学の振興のため、優れた研究活動を行っている研究者に授与されるもので、受賞の対象となった
村上先生の業績は、独創的な実験手法の開発によって、物性科学において磁性物理学と並ぶような軌道物理学と呼ぶべき新しい研究
分野をリードし、社会的な価値のある成果であると、非常に評価が高かったと伺っておりますが。
いや、それはちょっと大げさですね。先程述べました研究の中で、実験方法を工夫、開発したことが評価されたのだと思います。
「共鳴X線散乱法」という測定方法を用いれば、電子が飛び移った一番外側の軌道の状態を強く反映した情報が得られ、それは物性を決定づける重要な情報です。そして、強相関電子系の不思議な物性発現のメカニズムを解明する有力な手段であることがわかったのです。
現在、非常に注目度の高い巨大磁気抵抗、超伝導などの性質を持つ強相関電子系物質の研究分野と関連していますから、反響が大きかったのでしょう。また、考案した実験手法は、強相関電子系デバイスの研究、例えばナノスケールの薄膜の軌道秩序の測定にも応用できます。今では、世界の多くの放射光施設でこの手法を使った研究が行われています。
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