Interview
Interview 大類 洋 東北大学大学院生命科学研究科教授

独創的なアイデアで、難しい研究を次々とブレイクスルー

――生物有機化学の研究に入られたきっかけは。

 私は、東大農学部の農芸化学科に進学しました。2年生の半ばから繰り上げ授業で松井先生に有機化学を学び、非常に面白く自分に合っていると感じたことがきっかけと言えますね。
その後、卒業研究で有機合成の研究室に入りましたが、当時、この研究室が日本のトップレベルで世界の先端を走っていました。1年しか居ませんでしたが、そこで超一流の研究者に出会い、世界で最先端の研究の雰囲気にふれることが出来ました。松井先生はテトラサイクリンの合成という研究テーマをくれました。このテーマは、有機合成の神様と呼ばれるアメリカのウッドワード博士をライバルとして意識したものでした。卒業して一般企業に就職しましたが、配属された研究所は環境が整っていませんでした。この状況を知った恩師が、理化学研究所へ行かないかと心配してくださりました。
 理化学研究所(理研)では、糖化学を研究することになりました。その頃、理研で稲のイモチ病などのため農業用抗生物質が開発されました。これはヌクレオシドの形をしていました。それで、ヌクレオシドの合成研究を始めました。その間、江本主任研究員からビオチンの絶対配置が未だ決まっていないことを伺い、それを決める方法として糖原料として光学活性体を合成することを提案しました。それが、合成と分析の両方の観点から研究を推進するきっかけです。
 石油を原料とすると右手形、左手形の混ざりしか合成出来ませんが糖を原料とすると一方だけを合成出来ます。この研究は私が24歳の時、世界で初めて手がけたものです。その後、世界中でこの研究が行われるようになりました。
 この研究の一環として、理化学研究所で発見された抗生物質であるポリオキシンの全合成に成功しました。そしてこれらの研究で博士号をとりました。
 それから、ヌクレオシドの研究でアメリカへ勉強に行きました。ところが、大学や理研の研究レベルが高く、逆に教えに行ったようなものでした。


――アメリカと日本の研究風土は、どんな所が違うのですか。

 アメリカでは立派な研究所でしたね。設備も素晴らしく、効率がぜんぜん違いました。研究員達は自由な発想でのびのびと研究に取り組んでいるという印象を持ちました。

――帰国されてからは、どんな研究に取り組まれることになったのですか。

 帰国して、同じような研究を続けましたが次に何をやるか悩みました。その時に東北大の話があり、半年位、考えた末に、右手か左手か決める方法の考案と、糖化学で分析する研究をやってみようと決断し、東北大学へ来ました。後者のテーマは比較的、簡単にできましたが、前者は10年以上考えても、アイデイア一つも得ることが出来ませんでした。しかし、後者の分析の研究をしているうちに、ゴーシュ効果という面白い現象に遭遇し、それを使うことによって前者の研究にメドが立つと思い付きました。
 話は変わりますが、活性酸素は身体の中に入ると、生体物質を酸化します。これが老化やいろいろな疾病の原因です。一方、食品が酸化されれば品質の劣化となりますしまた有毒物質ともなります。有機化合物が酸化されるとまずヒドロペルオキシドができるのですが、それを定量することが出来ませんでした。この問題も簡単な発想から定量のための試薬を開発しました。


――先生はいくつかの研究テーマを持ちながら、一つ一つ画期的なアイデアで難しいとされる研究もブレイクスルーしてこられましたが、その原動力となっていることはどんなことでしょうか。。

 私の場合は、お酒を飲んでいた時に浮かんだ思いつき、アイデアが役に立ったりしています。アイデアを実際に試して行くうちに、単なる思いつきが改良され成果につながっていきます。アイデアが実際に使えるかどうか確かめてみようという意識が、私のエネルギーになっていると言えます。
 抗エイズ薬を例にとれば、耐性が問題となりそうなのでそれを解決する研究を始めました。その時点でのアイデアは、水酸基を持たせるということでした。通常は水酸基があると薬になり得ないと人は往々にして固定観念に縛られていますね。私は逆にあえて水酸基のあるもので薬を作ろうとしたこと、即ち挑戦が原動力です。


――有機生物化学の研究は既に40年近く、手がけておられますが、その面白さはどこにありますか。

 難しいと言われていることに取り組んでみると、案外、面白いアイデイアや解決の糸口が見つかったりするものです。最初にトライしてみて、その結果を出すことが非常に楽しみなのです。それができると、次にその応用になり改良のステージになるわけです。それは他人に任せるとして、最初にトライした時には、すぐに他の研究のことを考えます(イノベーテイブな研究を行いエクステンシブな研究は他人任せです)。また、やってみると予想とは違った結果がでたりしますから、何故駄目であったかを考えざるを得ません。考えることが大好きです。私は非常に幸運で、5年に1度位のペースで違うテーマでの研究成果が出ました。次々とトライしたことが、成果に繋がる充実感は何にも変えがたいものです。

――次世代の研究者にアドバイスをお願いします。

  外国人の研究者を見ていると、化学や生物を初め色々な基礎学問を幅広く勉強をしています。そうすると、着想も幅広くできます。これが独創的なアイデアを産むシステムそのものになっています。ところが、日本はそうではありません。目先のことのための勉強しかしない、流行りの研究しかしなかったり評価しない傾向があります。
 若いうちに、基礎をしっかり身に付けることが大切です。この学問に必要な基礎はこういうものと決めつけずに、幅広く勉強することが重要です。
 私が若い時には、他の人がやってないことをやってみようという意欲を持っていました。常々、新しいことにチャレンジして、次々と試みたものです。その時その時で、色々な人々と出会い、新しくもたらされた情報に刺激され、自分の研究テーマにはずみがついたものです。とにかく、自分の好きなことを見つけることが大切と思います。