Interview
Interview 水野紀子 東北大学大学院法学研究科教授

私人間の権利を守り助け、弱者救済へ制度論的に追求する実学

――ご専門は民法の中でも家族法ですが、どんな法律をどのように研究されているのでしょうか。

 日本人は、法律というと憲法や刑法のイメージが強いようです。ですので、家族法に関しても、家族とはこうあるべきといった規定をはじめお説教のようなものとして捉えがちです。家族法は、そういうものではありません。家族法は民法の一分野ですが、民法は私人間の関係や権利の保護を定めるもので、例えば夫婦の場合でしたらお互いにどういう権利が生じるかということであり、国家権力が夫婦はこうあるべきと理想を強制するものではありません。それぞれの権利を守ることによって、家族を守っていく法律が家族法と言えます。
 関心度の高いことで言えば、夫婦別姓や離婚給付、児童虐待などさまざまな問題がありますが、家族に害が及ばないように社会がどのように関与できるかを考え、個人の権利を守り助けていくようにしていくのが家族法です。そのため、緻密に問題を分析し、制度論的に考えていくのが家族法の研究と言えます。例えば、児童虐待の問題で言えば、親をどのようにサポートするのがいいのか、実効的に個人の権利・義務を守りながら、社会がどのように手を出して救うべき人を救っていくのか、そこを厳密に、具体的に研究していく学問です。私が研究していることは、弱者を救済し、家庭生活における夫婦の平等など、理念ではなく現実に照らして、実効的に細かく考えて守っていくということです。


――家族法の中でも、力を入れておられる研究は何でしょうか。

 婚姻法や、親子や相続に関する論文を書いていますし、家族法に関する私の取り組みはオールラウンドです。また、私は財産法の領域に関しても研究しています。
 民法の中で、家族法は特殊な領域とされてきました。東北大学には、日本の家族法を作った巨人として知られる中川善之助先生がおられました。先生が主にめざされたことは、戦前の家制度と闘うことでした。そのため、家制度を規定していた民法の条文を解釈論によって骨抜きにせざるを得ませんでしたので、「事実的なるものは法律的だ」としたのです。それは、中川先生の特殊な理論ですが。つまりは、法規は家制度を命じているけれども、事実として核家族が存在していたら、事実の方を重視すべきだという思いを込めていたのです。その結果、中川家族法学は民法典の条文を無視してしまいました。法律学としては問題があるこの中川理論の結果、財産法の領域は民法典の条文に縛られるけれど家族法は条文に縛られない特殊な領域ということになりました。それは間違いであり、日本の民法はフランス法やドイツ法を学んで作られましたが、それらの母法でも、財産法と家族法がそのような別領域であるとは元々考えられていません。
 民法典が作られた頃の夫婦関係は、母法においても、今のような平等なものではありませんでした。中川先生が起草に携わられた戦後の民法改正によって男女平等化した日本民法は、形式的な平等という点では当時むしろ先行していましたが、100年あまりの間にフランス法もドイツ法もどんどん進化してきていますから、実質的な平等を図るためにはそれらの成果を参照して、日本法を解釈して修正していかなければならないという課題もあります。
 私の特色としては、中川先生が家制度と闘いながら作られた日本の家族法を、グローバルな家族法に脱皮させたいと考えていることです。諸外国のものと比べてどのように問題点を抱えているのか、具体的に洗い出していくという作業を行っています。比較法の視点を入れて、山積している問題の特徴を浮き彫りにしていくわけです。
 例えば、日本では、離婚の合意が成立すれば離婚できる協議離婚が圧倒的な多数です。フランスなどでは、合意が成立しても、慰謝料や子どもの養育費の問題など裁判所がチェックした上で、離婚判決が下りて初めて離婚が成立するのです。そういう制度を日本に導入するには、裁判官の数を増やさなければならないなどの問題があり、インフラの部分で限界はあります。とはいえ、そういう制度が無いことでどういう問題があるかを分析することは大事であり、比較することで明確になってくるわけです。そうすると、どういう方向をめざすべきかがわかってきます。自由や平等という理念も大事ですが、同時に地に足がついた緻密な救済策を考慮した民法が大事なのです。


――日本の民法の改正は、現実の社会の進展に比べて遅れているように思えるのですが。

 日本の民法典はなかなか改正されないもので、特に家族法は諸外国と比べてあまりにも変化していません。そのひとつの理由は、実効的な線引きをする内容の条文ではないからです。日本の家族法の条文は、まず合意にまかせるものであり、扶養義務や離婚給付にしても中身を決めていません。合意さえ成立すればOKなのです。外国の条文は、合意にまかせるだけでは危険であると考えられ、正義だと想定される中身が書いてあります。時代が変われば、その中身は当然変わらざるを得ません。日本は中身が書いていないので、改正しなくても何とかなっているのです。
 日本の民法は100年以上も前にできたもので、これだけ時代が変わっているのだから新しい法律を作るべきという意見もあります。しかし、日本の民法は基本法なのです。基本法は法体系を提供します。ある部分のルール作りをすると、他の部分に波及し矛盾が生ずることもあります。そのため、一部を新しくする時も、法体系すべてに見晴らしがきかないといけません。民法体系は、私人間のルールを見事に体系化しています。ローマ時代にその体系の原型ができて、それを発展させてきた素晴らしいものです。例えば右側通行といった細かい行政的なルールの次元と、民法のルールとは質的に違い、民法はいわば2000年の寿命を持っています。ですから、民法という基本法は変わらないものであって、絶えず微妙に手直しをしながら、同じ体系性を保っているものです。


――例えば、現代社会で注目されてきている事象に関しても、民法の効力は陳腐化していないのですね。

 民法には、 問題を分析して解決する道具立てがいろいろあるのです。 まったく新しい事象でも問題点の抽出をきちんとすれば、 適用するにふさわしい類似ルールがあり、 微妙な修正を加えるだけで全体とのバランスをとりながら解決するルールを見出すことは可能なのです。

――民法に取り組む研究者、学者は多いと伺いますが、なぜでしょうか。

 民法は基本法ですから、市民間のもめ事、紛争の利害調整を行う基礎になります。例えば、今、電子マネーが注目されてきています。民法学者は、民法の金銭取引の法から金銭の本質的な機能に遡り、それに必要な修正を加えて電子マネーの制御法を考えます。このように民法は絶えず現実と取り組む実学なのです。世の中には数限りない問題が発生していますから、むしろ民法学者の数は少ないかもしれません。

――東北大学21世紀COEプログラム・男女共同参画社会の法と政策の拠点サブリーダーを担っておられますが、このプログラムについて教えてください。

 「男女共同参画社会づくり」をテーマに、女性だけでなく男性にとっても生きやすい社会にしていくには具体的にどうすべきか、を共同研究しています。労働、暴力、人権、国際化、教育、家族の6つのクラスターで研究グループを組織し、私は家族の研究に参加しています。法学部のほとんどの分野と、医学部や教育学部、工学部などの協力を得て、共同研究をしています。研究テーマを深めていくのと同時に、院生などの若い研究者を育成する契機づくりということを大事にしています。いろんな切り口でトップクラスの先生方のお話を伺えますので、学際的な刺激を受けるいいチャンスになっています。

――先生は政府の仕事をされてますが、具体的にはどのようなものですか。

 内閣府や厚生労働省などの審議会委員もしていますが、特に、法制審議会で民法立法作業をしています。法制審議会は、民法などの基本法の改正を担う組織ですが、これまでも成年後見法、遺言法、生殖補助医療親子法などいろいろな民法改正を手伝ってきました。中では、夫婦別姓等の婚姻法改正法案作成に5年も費やしながら、結局流れてしまったことはとても残念でしたね。民法は実学ですから、このような立法という直接的な仕事だけではなく、判例評釈やさらに論文執筆も、実際には、法曹実務を動かす一員としての役割を果たしていることだと思っています。