Interview
Interview 水野紀子 東北大学大学院法学研究科教授

社会をフェアに、幸福に動かしていく志を持って研究できる学問分野

――民法に興味を持たれた契機は何でしょうか。

 少女時代から一生、仕事をしたいと思っていました。女性ですから企業に勤めるよりは資格を取って、医者か弁護士になるのがいいかなと。物理が苦手だったこともあり、法学部に入学しました。それで、司法試験をめざして法律、とりわけ民法の勉強を始めたら、とても面白くなってきたのです。
 法律学は一番古い人文社会科学と言えますので、歴史があるだけ概念にしても洗い抜かれていて面白い。結局は、言葉の学問なのです。人間は言葉の奴隷であると思えるようになりましたね。言葉で認識して、言葉で考えて、言葉で社会を作っていくわけですから。「社会ある所、法あり」と言われるように、法律は、社会を作っていくために言葉を道具にした一番古い学問です。法概念はどれも歴史あるしたたかな概念ですし、しかも絶えず概念で事実と向き合い、事実によって微妙に修正を加えて現実に適用する実学なのです。権力者の人治で社会を統治するのは危険で、法治による社会統治、つまり正義は言葉によるルールを適用することでなければならないと考えます。過去と一貫性を持ち、将来のあらゆる事態に正義が行われるような、言葉の総体なのです。それを、緊張感を持ちながら、誠実に積み上げていった、何千年にもわたる人類の知恵の集積のような感じがします。近代民法は、ヨーロッパ起源のものですが、ヨーロッパ人に限らず、全人類に共通する、フェアに共存していくための言葉の概念の構築物だと思えるようになりました。つまり、法学は、言葉を使って人間社会を平和理に運営するための誠実な学問という気がしてきて、非常に魅力を感じました。もし、これを研究することが職業になればいいという思いに至ったのです。
 指導教官は東大の加藤一郎先生で民法がご専門でしたが、先生に相談に伺ったら、それなら研究室に残りなさいと言って下さったのです。当時は、弟子に女性はとらない先生も多い時代でしたのに。


――民法の研究を始めた時、先生にとってはどういう手応えだったのですか。

 高校や大学入学当初は、習って覚えて試験で吐き出す勉強の繰り返しでした。 でも、大学のゼミで初めて、かなり原材料を読み込んでアタマに入れて自分なりに考えるようになりました。 狭いテーマなら既存の参考資料がほとんど読めますから、その先を考え、新しい整理の仕方や議論の切り口への着想などを創り出すようになりました。 ああでもない、こうでもないと考えることが、とても楽しくなったのです。
 もっとも学生時代には、財産法では、A説があり、それを批判するB説、さらにそれに異議をはさむC説があるとすれば、それを読むとそのたびに説得されてしまう感じでした。でも家族法に関しては、誰も異論をはさんでいない説だとしてもどこかおかしいと学生時代から思えました。極端に言えば、既存の学説は、A説、B説、C説ともいずれも納得できませんでした。そういう意味では、若い頃から主張したいことがたくさんありましたね。


――それはなぜでしょうか。

 視座の置き方でしょうか、理由はよくはわかりません。ただ、研究室に残ってから外国のものを研究すると、私の意見と一致するのです。特にフランスの家族法などは非常に納得できました。日本の家族法の条文は、フランスとドイツのものを導入して作りましたが、肝心な要が抜けていたりします。その元になる母法の資料を読んでみて、「だから、そうなんだ」とわかりましたね。
 要になる部分が無い、つまり民法の力がないと、世界観の対立になってしまうのです。例えば、家制度を保守する立場と、それを反対する立場といったことです。理念の対立となると、民法学ではなく哲学、社会観、世界観の対立になってしまいます。もちろん、民法学の背景には、哲学も必要ですが、むしろ実学としては、親子の対立、夫婦間の対立などいろいろある状況の中で、当事者すべての利益を実現することはできないことから、どこかで妥協の線引きをしなければなりません。人の欲望に対して、また国家権力の行使に対して、あちこちで線を引く学問なので、世界観の対立では線が引けません。吟味しながら妥協線を引くわけですから、ある意味では大人の学問と言えます。線を確実に引くことによって、確実に人を守れる。細かく線を引くことによってルールを作り、正義を貫くことが、民法にとっては肝要なのです。
 財産法の場合は、線の引き方についての議論でしたが、家族法の場合はそうではなく世界観の対立に対する議論だったことが何か変だと思えたのです。なので、家族法にきちんと線を引きたい、確実に弱者の保護を守れる家族法にしたいと考えたことが、私の研究の方針でした。


――法律学の研究で大事にしたいことはどのようなことでしょうか。

 私が20歳そこそこの時に恩師の加藤先生から、「法律学は技術的な学問と思うかもしれないが、優しい人が書いた論文は優しいというように、論文にはその人らしさが出るものです。私は、人間らしい論文がいいと思いますし、そのためには背景に人間的な生活、つまり家庭を持つことが必要です。君は女性だから大変だろうが、頑張りたまえ」と言われたことが、とても印象に残っています。私は結婚し、二人の子供を育てながら研究を続けて来ました。そうした生活で実感してきたことが、研究にさまざまな視座を与えてくれたと思います。想像力を駆使して研究をしていますが、実体験を通した考え方は厚みがありますし、想像力にも幅ができたとも考えます。結局、著者の人間性が論文に表れるので、専門論文を読むのも人間研究という側面があり、面白いものです。

――次世代の研究者の方にアドバイスをお願いします。

 とにかく勉強することですね。勉強することで、自分の思いつきや考えが如何に薄っぺらいものかを思い知るものです。歴史にしろ、比較論にしろ、多くを読んでたくさん仕入れてほしいです。関心を持った問題に関して膨大な資料がありますから、たとえ間口が狭くても、日本の文献に限らず外国のものもどんどん読破してほしいと思います。語学が苦手な方は外国の文献はとっつきが悪いかもしれません。でも、法律学は2000年の歴史の中で洗い抜かれた概念、洗い抜かれた体系のボキャブラリーなので、厳密で客観的な法律用語をいったんモノにしてしまえば、これを駆使して議論すると、とても面白くなります。論理的に考え抜かれた議論ができますから。

――法律学の魅力について、高校生に何かメッセージをお願いします。

 社会を考えると、言葉が人間の道具として大きな力を持ちます。人間は、言葉で観念とルールを共有して、群れを作ったので、地球上で一番最強の存在になれたのです。人間に興味があれば、人間社会のあり方ははずせませんし、そのルールづくりに役立つ法律学は、社会を良くする、幸福に動かすしくみづくりに貢献できる学問分野です。法律用語は一般的な言葉と違いますから、最初のうちは読んでもなじめないかもしれません。ですが、言葉に慣れれば、そのつまずきは乗り越えていけますし、その先に広がる人智の結晶である法律学の地平は無限の魅力を内包しています。