|
古インドアーリア語の研究を中核に、世界でも最先端の研究水準を維持。
――ご専門のインド学とは、どういう学問なのでしょうか。
日本では、インド学というより、インド哲学という言葉を耳にする機会が多いと思います。それは、日本のインド研究が、インド哲学という狭義の名前を冠して始まったことに起因しています。インド学は、言語や文法の分析を基盤にした学問で、研究方法の基本は文献を読み解いていくことです。サンスクリットなどの古代インドの言語をはじめ、仏典の言語であるパーリ語などの中期インド語、チベット語などで書かれた文献を読み、バラモン教や仏教、ヒンドゥー教などの思想、宗教、哲学はもとより、歴史や生活、制度、技術や科学知識などを解明するという、幅広い分野を包含しています。
――研究の対象となる主要な文献、また言語の変遷について教えてください。
紀元前1500年頃から、現在のアフガニスタンのカーブル峠を越えてインド亜大陸に、「アーリア」と自称した人々が入ってきました。彼らの言語を「古インドアーリア語」と呼んでいますが、この系統の言語の古い段階です。これから発展、分岐した、初期仏典やジャイナ教の言語、アーショカ王の碑文で使われた言語などは、「中期インドアーリア語」に分類されます。さらに、ヒンドゥー、ウルドゥーなどの「現代インドアーリア諸語」に発展していきました。
最も古い時代の文献は、『ヴェーダ』文献と総称されるバラモン教の宗教テキスト群です。その中でも最古のものが『リグヴェーダ』で、紀元前1200年頃に編集された讃歌集です。また、『ブラーフマナ』という古い散文文献がありますが、これは思想史的にも、言語・文体の上でも、その後の展開の基盤となったものです。その他、『ウパニシャド』や、「叙事詩のサンスクリット」で編まれた『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』があります。文法書は紀元前4世紀まで遡りますが、哲※『リグヴェーダ』本文学、文学、法律、科学などの古典文献は、紀元後になって書き始められました。
その言語が「古典サンスクリット」です。
―― 古代インドの文献を研究する意義について、教えてください。
古代インドの文献は、単に地域に限った特殊な問題を扱っているのではなく、人類に普遍的な問題に取り組んでいるのです。特に仏教が生まれるまでの歴史的展開には、祭式理論を軸として世界の理解に挑戦した、密度の高い知的営為が見られ、その世界観にはめざましいものがあります。ギリシャや中国に先立って、文明史上特別な展開が起きたのです。
また、文献で使われている「古インドアーリア語」は、インド・ヨーロッパ語族のインド・イラン語派に属します。インドに入ったアーリア人の言語は、イランの言語と共通の時代を経ています。ちなみに、イラン人は自らを「アリヤ」と呼んでいたのです。イランの偉大な宗教改革者ゾロアスターが開いたマズダー教の文献『アヴェスタ』やアケメネス朝ペルシャ諸王の碑文の言語は、「古インドアーリア語」に近い姿をしています。これらの言語は、ギリシャ語、ラテン語、英語、ドイツ語などと、起源が共通していて「インド・ヨーロッパ語族」と名づけました。これを歴史的に研究する分野ということで「インド・ヨーロッパ語比較言語学」と呼んでいますが、インドの古い文献はこの研究の基礎的資料として重要視されます。
―― 先生ご自身は、どんな研究に取り組んでこられたのですか。
一言で説明しにくいのですが、まず『ヴェーダ』文献を中心とした古代インドの言語、文献、思想の研究です。それから、『アヴェスタ』、アケメネス朝碑文など古イラン語の文献研究や、動詞の形態と機能とを中心としたインド・ヨーロッパ語比較歴史文法に力を入れてきました。つまり、私の研究はインド学、インド・イラン学、インド・ヨーロッパ語比較言語学の3領域にわたり、それらを重なり合った、いわば一つの対象として研究しています。
|