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ダーウィン以来解明できなかった現象を明らかにし、確かな手応えを。
――ご専門の学問分野について、教えて下さい。
有機化学は、もともと天然物を対象にして始まりました。例えば、草を噛んだ時に感じる苦味は何かを突きとめて、その成分の構造を調べて人工的に作る。そのようなことから、有機化学が生まれました。
この有機化学を日本で最初に始めたのが、実は東北大学理学部なのです。その端緒は、故眞島利行先生が漆にかぶれるのはなぜか、ということで、その成分を調べられた研究でした。私の研究室はその系譜を継いでいるわけです。眞島先生は、外国と同じ研究テーマでは勝てないということで、漆に目を向けたそうです。日本は自然に恵まれ、天然の有機物を研究することは大事であるとされました。
日本ではこの分野の研究が盛んで、新しい分子を探してくる分野はアメリカよりも優れていて、おそらく世界一だと思います。日本は、山あり、海あり、気候も亜熱帯から亜寒帯まであり、植物、動物の種類が豊富だという地の利も大きいです。
私が興味を持っているのは、植物の生理現象をコントロールする化学物質です。いろいろ不思議な現象がありますが、それを制御しているのが、例えばホルモンのような化学分子です。それを植物から取り出して、その現象への働き方を解明しているのです。といっても、手探り状態ですから、言わば謎解きのようなものです。
――どんな研究テーマに取り組んでおられるのですか。
研究テーマは大きくは二つありまして、一つはオジギソウなどの眠る植物と、もう一つはハエトリソウなどの食虫植物です。
――まずは、眠る植物に関する研究について、教えてください。
眠る植物ということでは、ダイズやニセアカシヤなどマメ科の植物はほとんど眠ります。テレビCMで「この木、何の木」と言われているアメリカネムノキも、葉を閉じて眠ります。
眠る現象が起きるのは、植物の中に葉っぱを眠らせる成分と起こす成分の2種類があるからです。それが一定のリズムを持ち、昼間は植物の体の中で起こす物質が増え、夜は眠らせる物質が増えて、そのバランスで葉を開閉する運動が起きます。2種類の物質が、葉っぱの付け根にある細胞を膨らましたり、縮ませたりして、誘導しているのです。生物時計、つまりバイオリズムに合わせて、その物質の量がコントロールされているということもわかりました。概日性周期と言って、大体24時間、1日の周期で、ある時間になると酵素が働いて、物質の量がコントロールすることで運動を制御しているのです。この酵素(グルコシダーゼ)の働きで、それぞれの物質の濃度が一定のリズムを刻んでいます。これは簡単な化学反応でして、葉っぱを眠らせる成分にはブドウ糖がくっついていて、酵素はブドウ糖の部分をつけたり、はずしたりして、ONになると眠り、OFFになると起きる、を反復しています。こんな簡単な化学反応で、10mレベルの生物の生態がコントロールされているのです。そういうしくみを、私たちの研究室で解明できたのです。
――それは、光が影響しているのですか。
光は作用していないのです。もともと就眠運動という現象は、人間をはじめとするすべての生物がもつ「バイオリズム」の発見の契機になったのです。フランスの学者、ドメーランが17世紀に、オジギソウが 24時間周期で葉を開閉するという現象が、暗闇の中でも2、3日は続くということで、生物は固有のリズム(体内時計)を持っていると世界で初めて実証したのです。この眠る現象も、体の中に光の影響を受けない時計を持っていて、この時計によって酵素の活性がコントロールされているのです。
非常に大きな生物が、時計に合わせた簡単な化学反応で制御されているということを、私たちが世界で初めて解明したのです。

――着想から解明まで、どのぐらいかかったのでしょうか。
メドが立ったのは3年位で、おおよその解明までには5年位でしょうか。何しろ植物を入手するのも難しく、しかも植物をアルコールにつけてそのエキスを抽出し、そこに存在する何万種の化学物質の中からめざす物質を抽出するのに根気が必要でした。
――物質を特定するのは大変面倒でしょうが、何か工夫されたのですか。
何を指標にして分析するか、が大事なのです。就眠運動を行う植物の葉は、枝から切りとって水につけておいても、24時間周期で開閉運動を行います。これに、葉を開かせる物質を含んだエキスを入れると、24時間眠ることなく起き続けることを発見したのです。逆に葉を閉じさせる物質を入れると、昼間でも閉じたままになります。これを手がかりにして、この現象を示す成分を絞り込んでいったのです。
この研究には世界のいろんな研究者が挑戦していました。大昔で言えば、ダーウィンもその一人でした。しかし、解明できなかったのは、植物には眠らせる物質、起こす物質の両方が含まれており、お互いが効果を打ち消しあうことで、現象が見えにくくなることに起因しています。私どもは、葉が開いている昼間にエキスを作った時と、葉が閉じた夜に作った時では、エキスが示す活性が違うということを発見したのです。時間によって効果が違う、その中にある物質も違う、ということで、それを分けることができたのです。
眠りを制御する物質は1種類だけと昔の方は思っていたのですが、私たちは2種類あるということを発見して、着想の転換を図ったことが功を奏しましたね。
――この2種類の物質をコントロールする酵素は、どのように発見されたのですか。
物質を発見して構造がわかった段階で、次に何をやるのかと学生と話し合った時に、不思議なのはなぜリズムがあるのかだ、という意見がでました。ある時、昼と夜で抽出液の活性が逆になるということがわかって、調べてみると、眠らせる物質と起こす物質の含まれる量に差があることを見つけた学生が居ました。それなら分解酵素のようなものが働いているのではないかと調べてみたら、実際に酵素が見つかったのです。このように出てきたデータを次にどう活かすか、ということで掘り下げていく。それで、私たちは研究を進めているのです。
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