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植物の研究は、生物の普遍的な原理を発見するのに重要です。
――ハエトリソウに関しては、どのような研究なのでしょうか。
ダーウィンが、ハエトリソウは世界で最も不思議な植物、と言って、ものすごく興味を抱いていたようです。実際、虫を食べることも不思議ですが、実はさらに不思議なことに、原始的な「記憶」と言っても良い現象が見られます。
ハエトリソウの葉の表面には3本のトゲがあって、このトゲに2回触らないと、ハエトリソウの葉は、決して閉じないのです。つまり、1回目に触られたことを覚えているわけです。そのしくみを誰も解明できなかったのですが、私たちはこの現象を見た時に化学物質が関係していると考えたのです。なぜなら、1回目に触れられた時に葉を閉じさせる物質が少し出て、2回目の時にまた出て、それらを合わせて一定量を越えた場合に葉が閉じると考えると、この「記憶」を説明できると考えたからです。実際に、ハエトリソウの抽出液を調べてみたら、やはり考えた通りで物質も特定できました。初めて、記憶現象が物質でコントロールされていることが判明したのです。
この物質が一定量蓄積することで、イオンチャネルというタンパク質が活性化され、活動電位という電気が流れることで葉の開閉が起きると考えられます。物質が一定量蓄積することで、活動電位が発生するという現象は、人間の神経伝達や記憶に見られるしくみとまったく同じなのです。遺伝的に全く異なるホ乳類などと食虫植物の間にこのように極めてよく似たしくみがみられることから、ハエトリソウの「記憶」は、この高等動物の神経伝達や記憶のプロトタイプである可能性もあります。
このように、植物の研究は、基礎生物学に大いに貢献しています。植物は生物学の基本的な概念の発見に適していて、例えば、細胞単位がコルクから見つかり、遺伝もメンデルがエンドウマメから見つけました。また、生物時計がオジギソウから見つかったことは先ほど申し上げたとおりです。実は、植物の研究は、生物の普遍的な原理を発見するのに非常に重要なのです。
――遺伝子の研究が進展し、機能のしくみの解明などにもアプローチしているようですが、それらを踏まえて先生の研究のポジショニングについて教えてください。
私たちは物質を見つけると、光をあてるなどいろいろ試して、どこでどのようにどのタンパク質と相互作用しているか、調べていくことができます。いわゆる「生理活性天然物」を生物から取りだして来さえすれば、それを手がかりに芋づる式に、その標的細胞や標的タンパク質など、周辺のことがわかっていきます。それで生物を調べていくのが私たちのやり方で、遺伝子で見落とされていることや不明のことを解明することも可能です。遺伝子研究者なら、ノックアウトという手法で眠らない植物を作って、そういう突然変異の原因遺伝子変種を調べていって、なぜ眠らないのか、解明するやり方をします。しかし、私たちの研究でわかったことは、マメ科の植物は眠らないと死んでしまうということで、このような致死的な変異を持つ突然変異体を作ることはできないわけです。
最近は、ゲノムがわかると生物全部がわかるというわけではない、ということを皆、わかってきました。実際に働いているのはタンパク質や生理活性天然物のような小さな分子であり、それがどういう働きをしているのか、を探究することが重要視されてきています。ニセアカシアやアメリカネムノキの場合も、ミクロなnm(ナノメートル)単位のものが10m以上の生物を動かし、動かす時にはいろんな反応が起きています。それをどうやって解き明かすか、と言えば、私たちは分子というツールを使って芋づる式に解明し、そうすると生物の現象が個体レベルにつながっていくことが段階的にわかっていくのです。私たちの研究は、そこが非常に面白い所です。
ある現象に関係する遺伝子がわかっても、その遺伝子がどのようにして生物現象を引き起こすのかを完全に解明するのは難しいと言えます。ですので、トンネルの向こう側から遺伝子の研究によって掘り、こちら側から私たちが掘るということで、両方からのアプローチを持ち寄ることで、より深く生物を理解できると思っています。
――就眠運動に関する研究成果は、どのような技術に応用できるのでしょうか。
マメ科の植物は、眠らないと死んでしまうのですが、これを応用する考え方も生まれます。実は、分類の属ごとに全部、就眠運動を制御する化学物質が違うので、ある特定の属だけを選択的に枯らすこともできます。
例えば、マメ科の作物としてダイズがあります。ダイズと同じマメ科に属する難防除雑草としてアメリカツノクサネムがあり、これは、他の雑草がすべて枯れるような処理をした遺伝子組み換えダイズの畑の中でも平気で生き残ります。2m位の高さがあるので、広大なダイズ畑で一本一本引き抜くのは大変な手間です。
私たちの研究成果を活かした技術を使えば、同じマメ科のダイズに全く被害を出すことなく、属の異なるアメリカツノクサネムを「不眠症」にすることで、選択的に枯らすこともできるのです。環境調和型の農薬として活用できるわけです。
つまり、生物の生理現象をコントロールする物質を持っていれば、それを自由に操ることができるので、生き物の行動を人為的にコントロールできるのです。まぁ?、自然へのいたずらになってしまいますが。
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