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教育における新たな「知」の可能性  生田久美子教授
Staff Activity No.013  教育における新たな「知」の可能性  
 
2006/9/27
 「教育哲学」という学問領域で、私がこれまで関心を向けてきたことは教育における「知識」に関わる問題です。教育における「知識」の問題は、しばしば「知育」や「知識教育」といった狭い事象に結びつけられて論じられますが、私の関心はむしろ、「知識」についての様々な捉え方が教育の営みにどのような影響をあたえているか、ということにあります。 たとえば、「知識」についての問題提起はプラトンの時代にまで遡ることができますが、そこでは、人間の「知識」は、「事実に関する知識」に限定して捉えられ、「技能」や「実践」という身体に関わる事象は「知識」のカテゴリーに入れられて問題にされることはありませんでした。今でこそ「実践知」や「技能知」について語られることが多くなりましたが、これまでの伝統的な知識観の下では、 「技能」や「実践」は、「事実に関する知識」に対してあくまでも二次的なもの、従属的なものにすぎなかったのです。こうした人間の「知識」についての捉え方は必然的に教育に影響していきます。すなわち、「事実の教育」と「技能の教育」との間に明確な境界を設けること、そしてそれぞれ独自の目標に向かって進めていく実践が正当化されることになります。このように、教育の営みは「知識」をどのようなものと捉えるかに大きくかかっていると言ってよいのです。
  こうした伝統的な「知識」の捉え方に対して、拙書『わざから知る』(1987東京大学出版会)の中では、古典芸能などの「わざ」の世界における教育の営みに注目して、その実践を支えているところの独自の「知識観」を明らかにすることを試みました。そして、「事実の知識」のカテゴリーにも「技能」のカテゴリーにも明確な形では入れることのできない新たな「知」の可能性について論じました。現在は、さらにそのような新たな「知」の可能性を、「デジタル化」という切り口から、神楽などの民俗芸能の「わざ」の伝承事例を通して考察を深めています。
 
 

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