2013年3月29日 第90回サイエンスカフェ
深海でさぐる巨大地震のなぞ
講師:
日野 亮太 東北大学大学院理学研究科 准教授
久利 美和 東北大学大学院理学研究科 助教
日野先生 プロフィール
理学研究科・地震・噴火予知研究観測センター准教授。東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士課程修了.博士(理学)。東北大学理学部助手を経て現職。海底地震観測によるプレート境界域の地震活動ならびに地下構造に関する研究を進めるとともに、海底地震・地殻変動観測に関する技術開発に携わってきた。宮城県沖地震における重点的調査観測のとりまとめを担当。統合深海掘削計画(IODP)の地震発生帯掘削計画(南海トラフ・日本海溝)にも立案段階から参画。
久利先生 プロフィール
筑波大学大学院地球科学研究科修了。博士(理学)。防災科学技術研究所、筑波大学VBL、産業技術総合研究所地質調査所(現:地質調査総合センター)、東北大学大学院理学研究科などで、マントル対流や火山の研究、および質量分析計を用いた仕事に従事。現在は理学研究科教育研究支援部アウトリーチ支援室助教として、科学を伝えることと、科学を伝える場を作ることを担当。2012年5月5日より12日まで、地球深部探査船「ちきゅう」による東北地方太平洋沖地震の断層掘削調査への同行取材を実施。
開催情報
開催日:2013年3月29日(金)18:00~19:45
会場 : せんだいメディアテーク
概要
東北地方太平洋沖地震について、なぜあれほどの巨大地震がおこったのか?への答えを求めて、どのような地震だったのかをさぐるため、震源直上の海底での地震・地殻変動観測、地震断層への深部掘削調査による研究成果と、観測・調査の現場について、紹介します。
Q&A
Q1 「ちきゅう」の建造にかかった費用は?
「ちきゅう」の建造費は約600億円です。
Q2 「ちきゅう」による掘削調査にかかる予算は?
統合国際深海掘削計画(IODP)で実施する調査に要する経費は、掘削船保有国が負担する運用費の他に、IODPに参加する各国(日本、米国、ヨーロッパ各国…)が分担して拠出している資金が使われています。昨年の日本海溝緊急調査掘削には、我が国の震災復興特別支援枠予算(約10億円)の一部も充てられ、調査掘削航海が実施されました。
Q4 ドリルの直径は?
使用するドリルビットは調査計画によって大きさが異なります。「ちきゅう」が実施した東北地方太平洋沖地震調査掘削(JFAST)では、直径10-5/8インチ(約25センチ)のコアビットと、8-1/2インチ(約21センチ)のドリルビットを使用しました。
Q5 掘削同時検層のデータはどうやって船上に転送しているの?
音波を使ったディジタル無線通信を使います。検層センサーを「ちきゅう」をつないでいるドリルパイプの中(水で満たされています)に電波を使った通信(地上デジタル放送など)と同様の原理で符号化したデータを音波にのせて、「ちきゅう」へ伝送します。ただ、電波に比べると送信できる情報量が少ないので、全部のデータをリアルタイムで送ることができないため、検層センサーそばの記録装置にも記録して、検層終了後に回収します。
Q6 「ちきゅう」に全く新しい技術を導入するとしたら?
IODPは常に新しい技術開発に挑戦しています。現時点では、マントルまで掘り抜く能力を得ることが最大の目標です。より多くのより良質の岩石試料が得られるための技術革新や、掘削孔内の状態を監視するツールの高機能化、孔内で長期間地震や地殻変動などを観測するための技術開発も進んでいます。国際宇宙ステーションで化学や生物学の実験をやっているように、地下深部に小さな実験室をつくるという構想もあると聞いていますが、実験室に薬品などを供給するところがとても難しいようです。
でも、「全く新しい技術」ですよね? 参加者の皆さんの柔軟な発想でご提案いただけると嬉しいです。
Q7 「ちきゅう」の乗船者の割合は?
定員200名のうち、JAMSTEC船上代表他スタッフが約10名、掘削技術の乗組員が約50名、船員が約50名、研究者や研究テクニシャンが約50名、その他に各工程で作業を行う技術者という内訳になります。
Q8 「ちきゅう」での岩石サンプルの回収率はどの程度ですか?
掘削調査をする地質状態によってサンプルの回収率は10%以下から100%まで大きく異なります。「ちきゅう」が実施した東北地方太平洋沖地震調査掘削(JFAST)では プレート境界断層帯からのサンプルを採取するため1か所で掘削を行い、サンプルの回収率は約40%でした。掘削孔全体の回収率よりは、研究上で重要な深度からのサンプルを出来るだけ回収することが求められます。
Q9 ドリルパイプが掘削の途中で折れてしまったら?
掘削孔内で折れたドリルパイプを引き上げる措置を行います。パイプを回収できない場合は、孔内をセメント等で保護して廃坑にします。
Q10 回収サンプルの摩擦強度は?
実験条件によっても異なるようなので、詳しいことは整理中ですが、地震によるような速いすべりを与えた場合の摩擦係数が非常に小さくなることがわかってきています。通常の岩石同士の接触面の摩擦係数は岩石に関係なく0.6~0.85であることが知られていますが、日本海溝の試料を使った実験ではその数分の1程度の値が得られることがあります。ちなみに、凍結路面と靴底の間の摩擦係数は0.1程度だそうです。
Q11 検層データへの原発事故による放射性物質放出の影響は?
原発事故で放出された放射性物質の影響が掘削地点の海底に及んでいる可能性は十分にあると思います。しかし、海底下深くに放射性物質が短時間のうちに浸透することはないので、検層のデータに影響を及ぼすことはないでしょう。
Q12 今後の掘削研究の予定は?
すぐに掘削を始めるべき課題として、「温度」に着目して今回の調査は企画・実施されました。ですが、一カ所の掘削で東北沖地震の発生にまつわる謎をすべて解明できるわけではありません。多くの研究者が、次の掘削計画を考え、提案の準備をしています。
すべりが大きくなかったところとの比較はとても重要だと思います。海底に近くの地層には、過去の地震による強い振動や地殻変動の影響が残されている可能性があるので、地層サンプルの詳しい解析から巨大地震が発生した過去の歴史が解明できると期待されます。別の質問への答えと関連しますが、計測装置を断層直近に置くことで、東北沖地震が起こった後断層がどんな変形をしているのかを直接測定することは、その影響を評価する上で貴重なデータになるはずです。
一方で、こうした深海での掘削ができる船は多くありませんから、「ちきゅう」は世界中でひっぱりだこです。提案が受け入れられても、実際の掘削が開始できるのは数年先になるかもしれません。
Q13 余震はなぜ起こるの?
大きく分けて2つの原因が考えられます。一つは地震発生後も断層はゆっくりと動き続けていて、この動きによって断層上の残った小さな「ひっかかり」が遅れて壊れることで地震が起こる、というもの。もう一つは、大きな地震が起こることで震源の周りの力の場が変化して、その新しい力の場に地球内部が適応しようとする中で、周囲のさまざまな断層が動くために地震が起こる、というものです。
Q14 地震を起こしやすい断層周辺の材質は?
岩石同士の摩擦抵抗は比較的大きいので、地震が起こりやすい場所には、摩擦抵抗を下げる要因があるだろうと思います。そのひとつは「水」です。水が断層にどのように供給されるかは、環境によりまちまちです。海底下で水を含んだ地層から絞り出されたり、プレートが高温高圧の地下へ沈み込むことで生じる化学反応により鉱物中に取り込まれた水が放出されたりします。こうした水が断層の近くにとどまると、地震が起こりやすくなるでしょう。
一方で、断層の動きが「安定すべり」になると地震が起こりにくくなります。温度が上昇すると「安定すべり」が起こりやすくなることがわかっているので、地下でもごく深部に行くと地震が起こらなくなります。温度が低くても「安定すべり」を起こす性質がある物質があることも知られています。粘土も「安定すべり」を起こすものの一つですが、条件によっては地震性の「不安定すべり」を起こすことが知られるようになってきました。まだまだ、研究の余地がたくさんあるようです。
Q15 地震で解放されるエネルギーはどれくらい?
マグニチュード9の地震から放射されるエネルギーは2×1018Jです。ちょっとピンときませんね?これは日本中で消費する電力エネルギーの1年分ほどです。東北沖地震はこれをたった数分で一気に放射しました。地震のマグニチュードが1増えるたびにエネルギーはおよそ30倍になりますから、マグニチュード8(2003年十勝沖地震クラス)の地震は、全国電力消費量の12日分のエネルギーを放射します。
HPなどで検索すると、地震のマグニチュードをエネルギーに換算する式を見つけることができます。上記もそれで計算しました。ただ、ここでいうエネルギーには、震源から地球全体に地震の揺れ(地震動)として放射されたエネルギーしか含まれません。地震が起こると、地殻変動が発生し、海底に震源があれば津波も発生します。断層面では摩擦熱も発生します。こうした地震に関連するさまざまな現象を引き起こすために、上記よりずっと大きなエネルギーが地震によって解放されているはずですが、全エネルギーの正確な見積はとても難しく確定的なことがわかっていません。
Q16 日本中での非常に活発な地震活動はどう解釈すれば良いか?
余震が起こる理由をQ13への答えで書きました。東北沖地震を契機に2つの要因が同時に起こっています。東北沖地震の震源からみて南北側(青森・岩手県沖,茨城県沖)の日本海溝沿いでは、プレート境界断層でのゆっくりしたすべりが誘発する地震活動が活発化しています。一方で、広範囲で力の場が変化したので、それに日本列島が適応しようとして東日本の内陸部でも各地で地震活動が活発化しています。その中には比較的大きな地震も含まれ、その地震を本震とした余震活動が起こりますから、連鎖反応的に地震活動が活発化している状況です。ですから、ひとことで言ってしまえば、すべての地震活動の活発化原因は東北沖地震にあるということです。
Q17 断層での歪の蓄積をリアルタイムで知る方法は?
断層そのものにセンサーをおくことができれば、そこでの変形を測ることで歪が蓄積する様子がわかるでしょう。掘削孔を用いた観測装置の開発が進められています。一方で、断層からはなれた地表面でも、断層が固着したりすべったりすることで変形が起こります。現在でも日本国土を覆うGPS観測網によって、その様子が捉えられていて、こうしたデータを解析することで歪蓄積を監視する技術も間もなく実用化するでしょう。
東北沖地震や、南海トラフで発生することが危惧されているプレート境界型大地震については、震源に近い場海底での地殻変動観測がとても重要です。その実現には多くのの技術革新が必要ですが、その開発が急ピッチで進められるとともに、観測体制が徐々に整いつつあります。
Q18 日本海溝と南海トラフでの地震の起こり方の違いは?
プレート境界型地震に絞って説明します。
日本海溝での地震の方が、南海トラフ沿いに比べて地震が起こる頻度が高い傾向にあります。
その原因の一つは、海洋プレート(日本海溝では太平洋プレート,南海トラフではフィリピン海プレート)の沈み込む速さが異なるためです。日本海溝では年間8cm程度の速さでプレート運動が進行していますが、南海トラフでは年間4cm程度です。海洋プレートの動きが遅くなれば、その分歪がたまるのもゆっくりになるので、地震が発生する間隔が長くなります。
もう一つの原因は、日本海溝の方が、断層面の性質がより複雑であることによると考えています。日本海溝沿いには、「安定すべり=非地震性すべり」をおこす場所と「不安定すべり=地震性すべり」を起こす場所が複雑に入り組んでいると考えられています。「地震性すべり」を起こせる場所が「非地震性すべり」の発生域に取り囲まれていると、周囲がどんどんすべってしまうために、短い時間で歪が集中してしまってすぐに地震が起こります。そのかわり、周囲に「非地震性すべり」領域があるので大きな地震には成りにくい。つまり、あまり大きくない地震が頻繁に起こる、という性質を日本海溝はもっています。
逆に、南海トラフでは昭和の東南海地震・南海地震の発生後、顕著なプレート境界での地震活動は起こっていません。このことから、南海トラフ沿いのプレート境界の広い面積が「非地震性すべり」を起こすことなく、次の大地震にむけて歪を蓄えていると考えられています。
こうした断層面の性質の違いが、なぜ日本海溝と南海トラフとの間にあるのかは、まだよくわかっていません。
Q19 地下から採取した岩石を用いたすべり実験の意義は?
断層を構成する岩石を使った実験は、地震を起こす断層の性質を解明する上で直接的な方法の一つです。
多くの場合、実験に用いる岩石試料は地表近くに現れた断層から採取されるものですが、本当の震源は地下深くにあります。地下深くにあった断層が地殻変動によって地表面に現れたところから実験試料を得ているのです。しかし、地下深くにあった断層が地表に現れるまでに非常に長い時間がかかります。つまり、大昔に地震を起こしたはずの岩石をつかって実験していることになります。大昔の地震なので、岩石試料をとった断層で実際にどんな地震が起こったのかを推測するのは容易ではありません。
一方で、ごく最近に地震を起こしたとわかっている断層の岩石を使うことができれば、岩石の性質と実際に起こった地震との関係が明確ですから、岩石実験から地震発生のメカニズムを考える上でとても重要な情報を与えてくれると期待できるのです。
生物の研究をする上で、化石を使って大昔の生物を研究しているのか、現代の生物標本をつかって研究しているのか、の違いと例えても良いかもしれません。
Q20 地表の岩石とプレート境界近くでの岩石の違いは?
地表近くにある岩石は常に風化作用に曝されていて、その性質がどんどん変わってしまいます。かつてプレート境界近くにあった岩石だったとしても、もともと持っている性質とは変わってしまっている可能性があります。また、地下深部から地表まで運ばれてくる途中にも複雑な変形を受けたはずです。
Q21 地震の大きさや固着の強さに違いが起こるのはなぜ?
地震の大きさ、地震のときに動く断層の面積で決まります。大きな地震ほど、広い面積の断層がずれ動きます。でも、地震による断層のずれ動き(破壊)が始まるのは、断層面上のどこか一点です。それが、ドミノ倒しのように拡がって地震が成長するのですが、拡大を邪魔するものがあると、そこで破壊が止まってしまいます。破壊があまり拡がらないで止まったものが小さな地震になり、なかなか止まらなければ大きな地震になります。ですから、地震の大小は、破壊の拡大を邪魔するものが断層にどのように分布しているかによります。邪魔ものがたくさんあれば、大きな地震が起こりにくいことになります。
固着の強さは、断層がどれくらいの力がかかるまで動き始めずに(固着したまま)持ちこたえることができるか、と言い換えることができます。「固着」がおこるためには、「不安定すべり(地震性すべり)」特性を持っていることが前提です。非常に細かく見ると、「固着している」のは、断層を挟んで両側の岩石の凹凸が「かみ合っている」ためです。「かみ合い」の強さはさまざまな条件で変わります。両側の岩石を強く押しつけあわせると、強くかみ合うようなります。凹凸の形状が滑らかな場合は、かみ合わせが弱くなります。断層の中に水などが入りこむと、凹凸のかみ合わせを妨げるので、固着が弱くなります。
Q22 今回の調査でわかったことは?(これらの研究は地震の原因解明と地震予知どちらに重点をおいているのか。)
今回の調査がめざしているのは、なぜ日本海溝の近くで非常に大きな断層の動きが起こったのか、を解明することです。つまり、原因究明です。
掘削で得られた試料やデータの解析はまだまだ進行中で、「これがわかった」と明言するまでもう少し時間がかかるでしょう。ですが、これまで「歪をためることができない」と思っていた日本海溝近くの領域で、実際には歪の蓄積があり、その歪みが、東北沖地震発生時に断層面での摩擦抵抗が極端に低下したために一気に解放されてしまった、というところまでわかってきました。
地震の起こり方は非常に多様です。観測体勢が充実すればするほど、地震の新しい側面を知ることになります。今回の場合には、それが海溝軸近くでの大すべりということです。なぜそうなったのかを、地震学の理論で新発見を説明することを試み、説明できなければ、理論に対する修正が必要となるでしょう。
今の地震学の理論で、地震現象の多様性をすべて説明することは、残念ながらできません。このことは、将来起こるであろう地震がどういうタイプになるかを、正確に予測することが難しいということを意味します。今回の掘削研究のような活動を積み重ね、地震学の理論に磨きをかけることなくして地震予知は実現しません。
今回の調査は、地震予知のための調査、という位置づけではありませんが、地震予知の実現にむけて大きな波及効果があると期待しています。また、超巨大地震がおこった場所の特徴を詳しく知ることは、これから同様の地震が起こりうる場所を探す上で重要な手がかりを与えてくれます。
当日の様子