2009年1月30日 第43回サイエンスカフェ
音が出てくる、ダンス細胞がある不思議な私たちの耳!
講師:和田 仁 東北大学大学院工学研究科 教授
プロフィール
元々の専門は機械工学の振動でしたが、娘が3歳の時の中耳疾患以来、聴覚に興味を持ち、研究を続けています。これまで、聴覚の生理的および工学的見地からの研究、具体的には内耳増幅機構・外有毛細胞の可動性・耳音響放射・中耳機能の解明・診断装置の開発等に従事して来ました。最近では、外有毛細胞側壁に存在すると推察されているタンパク質モータPrestinに興味を持っています。
開催情報
開催日:2009年1月30日(金)18:00~19:45
会場 : せんだいメディアテーク
概要
Q&A
タンパク質モータプレスチンは、なぜ高速で振動が可能なのか。又、工学的な応用は、何か考えられるか。(微小、高速モーター等)
プレスチンがどういう仕組みにより高速で動くことができるのかということは不明であり,現在世界中で盛んに調べられているところですが,ひとつの説明として次のようなことが言えます.生体内に動く細胞はたくさんあります.例えば筋肉の細胞です.筋肉の場合,アクチンやミオシンというタンパク質がたくさん連なってできた繊維が,すべり運動をして縮みます.その際,細胞内ではカルシウムイオンがスイッチの役割を果たしています.このように,筋肉ではアクチン,ミオシン,カルシウムイオンなど,たくさんの分子が相互に作用して動きます.それに対して,ダンス細胞では,そのモータであるプレスチン1個の分子が大きくなったり小さくなったりして動くと考えられています.この時,スイッチの役割をするのは電気刺激です.プレスチンはこのようにシンプルな動きをするため,筋肉とは異なり非常に高速で動くことができるのかも知れません.ある程度プレスチンが動く仕組みが分かってきたら,例えば水や体の中で動く小さなロボットや機械のモーターの部品として応用したいと考えています.
可聴域をこえた超音波によってもダンス細胞は動くのか。また、鼓膜にはどのような影響を与えるのか。
ヒトのダンス細胞の実験ではありませんが,可聴域が200 Hz ~ 45 kHz [1] のモルモットのダンス細胞の動きを計測すると,100 kHzでも動いたという報告があります [2].ヒトのダンス細胞も20 Hz ~ 20 kHzの可聴域を超えた速い刺激でも動くと予想されます.また,超音波が入ってきたときも鼓膜は揺れると考えられます.ではなぜ,ヒトは超音波を聞くことができないのでしょうか.それは,耳の中には音を感知する細胞とそれを支える組織が一列に並んでおり,その列の中で場所によって感知する音の高さが違っていることと関係があります.ヒトの場合には20 Hz ~ 20 kHzの音に対応できる組織が並んでおり,それ以外の高さの音は聞くことができないのです.
なぜ耳音響反射という現象があるのか?音を相対的に感知しているのかな、と思いました。
哺乳類が音を聞くとき,耳の中では感覚器官が音によって揺れています.小さな音が耳に入ってきたときは,この揺れがとても小さく,うまく音を捉えることができません.そこでダンス細胞がブランコをこぐように,タイミングを合わせて動き,感覚器官の揺れを大きくしています.その結果,耳の中でダンス細胞が動く音が発生するのです.耳音響放射という現象は,耳が小さな音を聞き取ろうとして,ダンス細胞が頑張って働いた結果生じる,いわば副産物といえるかもしれません.
噂話や悪口など、普段の会話や距離では聞こえないと思われる場面でもそれが聞こえるのはなぜですか?何か特別な聞こえ方をするのでしょうか?
多くの人がばらばらに話しをしているパーティーの会場でも,注意して耳を澄ませば,少し離れたところの小さな声の話も聞くことができます.これをカクテルパーティー現象といいます.この現象は,ダンス細胞がある末梢ではなく,中枢の脳の働きによるものです.脳が音(声)の発生している位置,音(声)の高さや質に基づいて聞きたい音だけを選び取り,それを処理して情報を理解していると考えられています.この際,脳は捉えた音だけでなく,聞きたい音(声)の特徴や,話の内容についてあらかじめ知っている知識も動員して,情報を理解していると考えられています.自分の名前など本人にとって重要な情報は脳によって選択的に注意が向けられます.そのため,騒がしい場所でも自分の話がどこかでされていると,その内容が聞こえてくることがあるのです.[3]
参考文献
[1] Fay, R.R. and Popper A.N. (eds), Comparative Hearing: Mammals, Springer-Verlag, pp. 136-137, 1994.
[2] Frank, G., Hemmert, W. and Gummer, A.W., Limiting dynamics of high-frequency electromechanical transduction of outer hair cells. Proc Natl Acad Sci U S A, Vol. 96, pp.4420-4425, 1999.
[3] 大山,今井,和気編,新編 感覚・知覚 心理学ハンドブック,誠信書房,pp. 234-237,1994.
当日の様子