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【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.004 日本学のグローバルな展開ー蛸壺からの脱却ー

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

日本学国際共同大学院プログラム長 尾崎 彰宏 教授

日本学国際共同大学院プログラム長 尾崎 彰宏(おざき あきひろ)教授

2019年4月、日本学国際共同大学院プログラムが船出しました。9つある国際共同大学院のなかでは唯一文系のプログラムです。日本学と国際共同という言葉の組み合わせには、意外さを感じる人も多いかもしれません。このプログラムの設立目的について、同大学院プログラム長の尾崎さんは、日本人による日本研究が自分たちのまわりに築いてきた壁を壊し、グローバル人材の養成を目的としたプログラムだと語ります。

同プログラムが標榜する日本学は、イコール日本研究ではありません。従来の「日本研究」は、たとえば奈良時代の仏像を研究するにあたっても、鋳造に使われた金属に関する研究だったり、仏師に関する研究など、特定の関心事に関する深掘り型の研究が主流で、あくまでもローカルな研究でした。尾崎さんの印象では、そうした研究によって権威になったとしても、海外の仏教美術研究者と共通の場で議論を交わしたり、共同研究を発展させることはできません。これが、日本における日本研究の特殊事情でした。

グローバルな視点に立つなら、東洋美術、仏教美術の流れの中で、その研究がどのような関連性をもつのかが問われます。その視点がないと、問題意識の共有や発展的な議論が成り立ちません。同プログラムの目標は、資料の発掘や実証性を重んじる日本特有のやり方のみにとらわれない研究ができる人材の養成です。

世界に通用する学問

欧米の日本学研究者は、互いの問題意識を交換するネットワークを形成することで議論の場を共有しています。そうした場で交わされている内容を、日本の研究者は、実証的な研究ではないジェネラルな話と受け取って軽視しがちです。しかしそこで交わされている議論は、個々の研究課題が現代社会においてもつ意味です。なぜこの研究をしているのかを問わない研究、現代社会におけるその研究の意義を問題にしない研究は浮世離れした研究であり、世界では重要視されないのです。

わが国の日本文化の研究者は、自らの思想信条を研究に反映させるのを嫌う傾向があります。しかし世界に出るとそれでは通用しません。自分を語らない研究は信用されないといいます。日本学がグローバル化するためには、日本の特殊事情を打ち破り、現代に生きる研究者の思想信条に立脚した問題として研究に取り組む必要があります。それでこそ、海外の研究者の理解を得ることが可能となると、尾崎さんは語ります。

たとえばと、尾崎さんはこんな例を引き合いに出します。ペンが飛んできてぶつかったとします。理系の研究ならば、初速度や軌跡、衝突の衝撃を調べれば共通の理解が得られます。しかし文系の研究では、誰がどういう目的で投げたのかを問う必要がある。そこを明らかにしないと、何のための研究か理解されないというのです。

尾崎さん自身は西洋美術の研究者です。なかでもレンブラントが専門ですが、日本人として西洋美術を研究するという立ち位置は、海外の日本研究者と鏡像関係になります。その経験が、日本学をグローバル化するという問題設定につながっています。

尾崎さんは、かつてオランダ留学時に、レンブラントの作品は、「火・風・水・土」を四大元素とする古代ギリシャ思想に発する四大気質で分析できるという仮説を提案しました。ストーリーとしておもしろいと評価されたものの、その時点ではまだ証拠が足りませんでした。それと、今の時代にレンブラントを分析することの意味といったテーマ設定の段階での問題意識の共有もできていませんでした。しかしやがて受け入れられ、この仮説に立った研究を発表する欧米の研究者が出てきました。この経験から、世界に通用する研究であるためにはストーリー性と、現代に生きるわれわれにとって説得力のある研究かどうかが問われることを実感したそうです。

尾崎さんによれば、日本における文系の学問領域は、19世紀ヨーロッパでできた区分を基にしています。しかしその分け方は、欧米ではすでに時代遅れとなっています。ここにも、日本の人文学の閉鎖性が見て取れます。文系の研究が閉鎖的になりがちなのは、共通の価値感を欠く場合が多いからです。海外では、個々の研究をつなぐためのネットワークが作られ、価値観の共有が図られています。

ヨーロッパから見れば、日本研究は、オリエント学の中の周辺領域という位置づけです。日本学をグローバルにするには、欧米の中心的研究領域の研究者も巻き込む必要性もあります。

プログラムの学際性と国際性

そこで同プログラムでは、東北大学と海外の連携大学とを結ぶ独自の日本学ネットワークとして「支倉(はせくら)リーグ」――江戸時代に藩主伊達政宗の命でヨーロッパに赴き、ローマ法王にも謁見した支倉常長にちなむ命名――を結成し、海外から広い分野の研究者を招へいするほか、学生、教員の相互交流も進めています。さらに学生には半年間以上の海外研修を課し、海外の大学で指導を受けてから帰国して博士論文を仕上げてダブルディグリーを取得させることで、国際性を醸成します。修了生には、現代の課題に取り組むことのできる国際感覚を備えたリーダーを目指すことが期待されています。

幅広い交流を進めるためにも、日本学=日本研究ではなく、分野横断的な研究を奨励します。学生の受講科目には、表象科目(イメージを第1次資料とする美術・芸術史およびその歴史、文化史、人類学、考古学などの分野)、共感科目(言語や文献を第1次資料とする言語学、思想・哲学、歴史学、文学およびその歴史、宗教学などの分野)、資本科目(データを第1次資料とする政治学、経済学、経営学、社会学、行動科学、心理学などの分野)と多様な分野をそろえたのはそのためです。

学際性を推進するには、学生の履修科目の整備だけでなく、指導教員が個別の方法論を構築し、学生もそれに応える必要があります。そこで「メソドロジー科目」なるものが組み込まれています。このメソドロジー科目では、「地域研究としての日本学」と「視点と方法としての日本学」という両面に関する具体的な講義が実施されます。

こうした多彩な取り組みについて、尾崎さんは、同質なものだけでなく、異質なものをも取り込んだ新たなる知のフロンティアへの船出と表現しています。その目指すところは、社会と関わり、幸福な社会の実現に貢献する学問領域の開拓です。

文責:広報室 特任教授 渡辺政隆

第7回支倉セミナー コーネル大学から招いたジャンルカ・プルソーニさんによる「映画的肖像」に関する講義。プログラムではイメージ資料の活用を重視している。

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問い合わせ先

東北大学総務企画部広報室
E-mail:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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