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【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.005 ショウジョウバエのお尻グルグル―細胞の移動による形態形成の謎に迫る―

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

生命科学研究科 倉永 英里奈 教授

生命科学研究科 倉永 英里奈(くらなが えりな)教授

生きもの好きと言っても色々なタイプがいます。たとえば、アオムシが美しい蝶に変わる変態を見て、華麗な変身をただただ愛でたいと思うタイプ。かと思うと、変態が進行している蛹の殻の中で何が起こっているのかすごく気になるタイプ。さしずめ後者は研究者向きかもしれません。倉永さんはまさに後者のタイプです。なにしろ実際に蛹の殻をむいて中身を覗いてしまったのですから。

この目で不思議を確かめたい

倉永さんの研究材料はショウジョウバエです。台所の生ごみのまわりを飛び回っている、俗に言う「小バエ」です。ショウジョウバエは、1世紀ほど前から遺伝学の研究材料として使われてきました。DNAレベルの研究が可能になってからは、発生学の研究でも活用されています。

倉永さんは、大学の卒業研究と大学院修士課程では、哺乳類の繁殖生理にかかわる研究をしていました。それはそれでやりがいがあったそうですが、哺乳類では1個の遺伝子異常の影響が体全体に出ます。ところがショウジョウバエでは、たとえば交尾行動が1個の遺伝子で制御されていたりします。そのことを知ってショウジョウバエの研究に興味が湧いた倉永さんは、大学院博士課程は、ショウジョウバエを材料に細胞死(アポトーシス)が起こる仕組みを研究する研究室に所属を変更しました。細胞死というのは、不要になった細胞が自から壊われることで体の機能を維持する正常な仕組みです。起こるべき細胞死が起こらないと、形態形成に異常が生じます。そういう変異体を調べると、逆に細胞死が起こる仕組みを突き止めることができます。

ショウジョウバエの幼虫は、プヨプヨした蛆(うじ)です。蛆はやがて蛹となり、ハエに変身して殻から出てきます。ハエの外表皮の細胞は、外骨格とも呼ばれるとおり、板のように硬い細胞です。弾力のある蛆の細胞が蛹の殻の中でどのようにして硬い細胞に置き換わるのか、倉永さんはライブイメージングという手法で蛹を観察しました。目印となる細胞を蛍光タンパク質で光らせて目立つようにしたのです。

その結果、蛹の殻の中では劇的なことが起こっていることがわかりました。成虫の表皮細胞が増えるにつれて、そこに接する幼虫の表皮細胞が縮小しつつ内側に滑り込み、そこで特殊な細胞に食べられる細胞死が起こっていたのです。それはまるで、成虫の表皮細胞が領地を拡大するにつれて、幼虫細胞が陣地をおとなしく明け渡していくかのようでした。詳しく調べると、幼虫の細胞に細胞死を起こす信号が成虫の細胞から送られていることがわかりました。

蛹の中での変身は、完全変態昆虫では共通していますが、ショウジョウバエでは奇妙な現象が知られています。オスの生殖器だけは、形態形成の過程で360度ぐるりと回転するというのです。これは、ハエや蚊など、双翅目と呼ばれるグループ特有の現象で、グループ内でも種類ごとに、回転角度が異なっています。ちなみに蚊では180度の回転だそうです。

しかし、実際に回転する様子の詳しい観察はありませんでした。しかも、細胞死を引き起こすある種のタンパク質がはたらかなくなると、回転の角度が狂うという報告もありました。そんな不思議なことがほんとうにあるのか、倉永さんは半信半疑で、ともかくそれを見てみることにしました。細胞死も関係しているとなれば、なおさら興味が募ります。

蛹のお尻の殻をむいて顕微鏡のレンズの下に固定し、1時間おきに撮影してみたのです。その結果、ほんとうに回っていることが確認できました。そこで、得意のライブイメージング手法を用いて本格的な研究に着手することにしました。

細胞のつなぎ替え

形成途中のオスの生殖器は、たしかに、およそ12時間で時計回りにぐるりと一回転していました! 倉永さんの研究チームは、それを鮮明な画像で追跡することに成功しました。同じ報告は、残念ながらフランスの研究チームに一歩先んじられました。しかし、フランスチームの観察方法は、お尻の周囲の殻をはがした蛹を寒天に埋め込み、水につけた状態のものを顕微鏡で観察するというもので、蛹の成長はそこで止まってしまい、成虫にはなれません。倉永さんたちの、お尻の先端だけをきれいに向いた蛹をスライドグラスに両面テープで貼って観察するという方法だと、蛹は正常に成長して成虫になります。しかも撮影された映像も鮮明でした。手先の器用さがものを言った結果です。

回転は確認できましたが、問題はその仕組みです。研究を続けた結果、生殖器の回転には、形態形成全体にも係る仕組みが関係していることがわかってきました。蛆が蛹に変身する際の上皮細胞の移動と同じ現象が鍵を握っていたのです。

生殖器の周囲を取り囲む上皮細胞の動きには、3通りのパターンがあることがわかりました。内側の細胞層は、生殖器本体の回転と同時に同じ速度で時計回りに動きだす。その外側の細胞層は、途中から遅れて時計回りに動き出し、180度回転したところで止まる。中間層の細胞は、一応は動くのだが、途中で細胞死してしまう。生殖器本体の回転速度は、最初はゆっくりで、外側の細胞が遅れて動き出した時点で加速され、やがて減速して360度回転した時点で止まる。一方、上述したように、細胞死が起きない変異個体では生殖器は180度しか回転しない。

以上の結果から、どのような仕組みが考えられるでしょう。生殖器を取り囲む細胞で細胞死が起こることでその周辺の細胞が滑るように時計回りに移動し、それに引っ張られるかたちで生殖器が回転する。それだけだと180度しか回転しないのだが、遅れて移動する細胞が途中から回転を加速させ、さらに180度分の勢いを供給する。ちょうど、動く歩道の上を歩くと移動速度が加速されるのと同じことではないのか。これが、倉永さんが入浴中に思いついたという説明です。アルキメデス並みのひらめきでした。

その後研究はさらに進み、上皮細胞集団の動きは、互いの接着面を伸縮させて次々とつなぎ変えながら、まるでファスナーの歯(務歯)がスライドしていくように移動していることを突き止めました。細胞の接着面の伸縮には、サイドキック(Sdk)の名で知られていたタンパク質が関与していることも発見しました。ショウジョウバエのお尻グルグルには、形態形成の謎に迫る、思いのほか重要な仕組みが隠されていたのです。

倉永さんは、九州の片田舎でのびのびと育ちました。ファーブル昆虫記が好きだったそうですが、虫が好きだったわけではなく、ファーブルが行っていた実験にワクワクさせられたといいます。自分でも、アリの行列やオジギソウを相手に、素朴な疑問を確かめる実験をしていたそうです。現在もその好奇心が研究の駆動力となっているようです。

文責:広報室 特任教授 渡辺政隆

オスの蛹の生殖器原基を蛍光タンパク質で光らせたライブイメージング画像。
蛹になって24時間後からおよそ12時間をかけて1回転する。赤紫色はすべての細胞の細胞核、緑色は腹部体節の境界部の細胞の細胞核を光らせたもの。

オスの生殖原基が回転する様子をとらえた動画:東北大学Youtube外部サイトへ

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東北大学総務企画部広報室
E-mail:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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