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【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.007 ロボット研究で宇宙へ―少年時代の夢を実現―

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

工学研究科 吉田 和哉 教授

工学研究科 吉田 和哉(よしだ かずや)教授

虫を採り、鉱物を集め、恐竜の化石発掘を夢見ていた和哉少年は、天体望遠鏡で星も見ていました。恐竜学者か天文学者になる夢を秘かに育みながら。しかし中学、高校へと進み勉学に追われるうちに、いつしか初心を見失っていました。夢がよみがえったのは、天文研究者の出前授業がきっかけでした。その講演を聴いた晩、押し入れの奥にあった天体望遠鏡を引っ張り出し、久しぶりに夜空を見上げたのです。

チームHAKUTOの結成

アメリカのX PRIZE財団は、2007年にGoogle Lunar XPRIZEを開始しました。これは、不可能とも思える技術に挑戦することで新たなブレークスルーを誘発するために同財団が実施するコンテストの一環です。その内容は、2015年12月31日(最終的には2018年3月31日に延長)までに「無人探査機を月面に軟着陸させ、着陸地点から月面上を500m以上走行し、高解像度の画像データを地球に送信する」ことに成功したチームに最高賞金2000万ドルを授与するというものでした。

当初、世界中から34チームが名乗りを上げました。その中の1つWhite Label Spaceは、ヨーロッパと日本の混成チームでした。ヨーロッパのチームが月面着陸機を開発し、吉田さんを中心とした日本チームが月面探査車(ローバー)を開発するという分担でスタートしたのです。しかしヨーロッパチームは2013年に開発を断念。日本側はチーム名をHAKUTO(白兎)に変更し、探査車のみの開発に的を絞り、月面探査用ローバーSORATO(宙兎)の開発を進めました。

ローバーはゼロからの開発ではありませんでした。それ以前からローバーの研究開発は進めており、技術では自分たちが先頭を走っていた、着陸さえできれば500m走行の自信はあったと、吉田さんは語ります。それもあって、2015年1月には、中間目標を達成したチームに与えられるマイルストーン賞を受賞し、賞金50万ドルを獲得しました。

宇宙にロボットを送るうえでの難題は、宇宙の厳しい環境でも確実に動作させること、そしてひとたび地球を離れると何が起きても修理ができないことです。しかし吉田さんの研究チームは、2009年以降の10年間で10機もの超小型衛星を開発・打上げし、宇宙機を軌道上で正確に稼働させるためのノウハウと実績を蓄積してきています。地球から3億km離れた小惑星イトカワの試料を採取して帰還した「はやぶさ」の開発にも関わってきました。

生活圏を宇宙に広げる

月面の多くは、レゴリスと呼ばれるとても細かいパウダー状の砂で覆われています。その砂粒は、宇宙から高速で降り注ぐ隕石や微粒子の衝突によって形成されたとされています。地球の砂は川や海、あるいは風の浸食によって摩耗されていますが、月には大気も川や海もないため、レゴリスは摩耗されておらず、尖っています。そのため、月の表面は新雪のようにふかふかなのですが、踏むとギュッと締まります。1969年に月面着陸したアポロ11号の宇宙飛行士が月面にくっきりと残した靴跡は印象的でした。

ローバーは、打ち上げにかかる費用などを考慮し、超小型・軽量です。苦心を重ねた末、本体のサイズは、縦幅58cm、横幅54cm、高さ36cmで、炭素繊維強化プラスチックを使用することで重量4kgを実現させました。そこに必要最小限の機能を搭載させています。小さくても、大きなローバーに負けない走行性能を得る工夫も凝らされています。月の重力は地球の6分の1です。車輪を回転させてもレゴリスをかき上げるだけに終わって牽引力をロスしないために、砂をしっかりと把握するための板状の突起(グラウザー)を備えた特殊な車輪を採用し、砂丘などでの走行実験によって改良を重ねました。

月面上では極端な温度差への対応も難題です。昼と夜では250℃もの温度差があるのです。もちろん、大気のない月では空冷装置は使えません。そこでローバーの外面は、太陽光を反射しやすい銀色のテフロン加工を施しました。このように、月面ローバーSORATOは、これまでの経験に裏付けて仕上げた逸品なのです。

しかし、月着陸船への相乗りを予定していたインドチームが2018年1月に挑戦を断念したことから、チームHAKUTOの月面探査レースも終わりを告げました。レース全体も、ファイナリストとして残った5チームのいずれもが期限内の月面到達に成功せずに終わりました。

ただし吉田さんたちの挑戦がこれで終わりを告げたわけではありません。このレースはきっかけにすぎないからです。チームHAKUTOを運営する目的で設立した宇宙ベンチャー企業ispaceは、自前での月着陸船の開発を進めており、2021年を目標として1号機の月面着陸を目指しています。アメリカのスペースX社のロケットで打ち上げられた後、月までの38万kmを航行して月周回軌道に入り、月面に軟着陸してローバーを走らせる予定です。

その先の計画も視野に入っています。無人ローバーを活用し、月の北極と南極にあるとされる水資源の探査を行おうというのです。利用可能なほどの埋蔵量があれば、月面有人基地の建設・運営に現実味が出ます。そうなれば、さらにいろいろなタイプのロボットが必要になることでしょう。

宇宙は、いうなれば極限状態の環境です。その技術は、人が立ち入れない場所で活躍するロボットの開発にも応用できます。事故を起こした福島第一原子力発電所原子炉建屋の初動調査では、東北大学も参加して開発した災害対応ロボットQuince(クウィンス)が活躍しましたが、吉田さんは、Quinceの放射線対策面で協力しました。ロボットに使用されている半導体デバイスには放射線に弱いという特性があります。実は事故直後の建屋内の放射線量は、宇宙空間の放射線量とほぼ同じレベルだったため、吉田さんらが養ってきた技術が役に立ちました。

X PRIZE財団の月面探査レースは勝者なしで終わりましたが、吉田さんたちが開発した月面ローバーSORATOは、2019年10月に、アメリカのスミソニアン航空宇宙博物館に寄贈されました。民間主導の月探査計画による技術開発の成果として評価された結果です。同博物館は、「宇宙飛行の未来」と題した新しい展示施設を2024年にオープンする予定で、SORATOはそこに展示されることになっています。

現在、国際協調のもとで月周回軌道上に有人の月軌道プラットフォーム・ゲートウェイの建設が計画されています。そこをベースとして月面との間を宇宙飛行士が往復したり、火星探査への中継点とすることも検討されています。日本もJAXAを中心に同計画に参加しているほか、JAXA独自の月ミッションも計画されています。2020年代は、JAXAをはじめとする各国の宇宙機関の着陸船や、ispaceのようなベンチャー企業の着陸船、さらには国際協力による月面探査や月面開発が活発になることが期待されています。

高校時代に星空への夢を復活させた吉田さんでしたが、そこから宇宙まっしぐらというわけではありませんでした。工学部に入学し、天文同好会に所属することで細々と夢をつないでいたのです。転機が訪れたのは、大学院での研究テーマ選びの際でした。ロボット工学系の研究室に進学したのですが、指導教授から、宇宙が好きなら宇宙開発用のロボットをテーマにしてはどうかと助言されたのです。宇宙が目の前に広がった思いでした。そこからスタートした吉田さんの挑戦が、人類の生活圏を宇宙に広げるという形で実現するのも、そんなに遠い未来ではないはずです。

文責:広報室 特任教授 渡辺政隆

月面探査ローバーSORATOの開発モデル
月の表面の状況を模擬するため、国内の砂丘で走行実験を繰り返したほか、様々な角度からの日照条件を模擬するため、夜間に人工光源を用いた実験を行った。

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問い合わせ先

東北大学総務企画部広報室
E-mail:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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