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スピントロニクスで脳型コンピュータ向け新素子~ニューロンとシナプスの機能を一体化~

【本学研究者情報】

〇電気通信研究所 教授 深見俊輔
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • ニューロンとシナプスの機能が一体化されたスピントロニクス素子技術を開発
  • 連結されたスピントロニクス振動子(ニューロン)間の同期発振の起きやすさをメモリスタ(シナプス)により不揮発に制御することに成功
  • リザバー計算機やイジングマシンなどの脳型コンピュータの開発を新たな章へ

【概要】

脳の仕組みに学んだコンピュータ 「脳型コンピュータ」 の実現に向け、脳神経回路で重要な役割を担っているニューロン(注1)とシナプス(注2)を模した人工素子が開発されています。東北大学電気通信研究所の深見俊輔教授、金井駿助教、大野英男教授(現東北大学総長)、ヨーテボリ大学(スウェーデン)のJohan Åkerman教授らの共同研究チームは、スピントロニクス(注3)技術に基づくニューロンとシナプスが統合された人工構造を作製し、脳における「同期の制御」の機能を初めて実現しました。

共同研究チームは、ニューロンの機能を果たすスピントロニクス振動子(注4)を数珠状に連結し、その連結部分にシナプスの機能を果たすメモリスタが配置された一体化構造を作製しました。そしてこの振動子がスピントロニクスの効果により位相を揃えて振動する「同期発振(注4)」の起こる条件を、連結部分のメモリスタで自在かつ不揮発に制御できることを実証しました。

振動子が連結された構造はリザバー計算機(注5)やイジングマシン(注6)などの脳型コンピュータの構成要素としての利用が有望視されています。今回の実験では従来の研究とは異なり、ニューロンとシナプスが統合された構造での機能が実現されており、小規模ながら脳神経回路の動作様式を比較的忠実に再現しています。すなわち、脳の柔軟性と効率性に迫る脳型コンピュータの実現に向けた開発を新たな章へと導く成果と位置付けることができます。

本研究成果は2021年11月29日付(英国時間)で英国の科学誌「Nature Materials」でオンライン公開されました。

図1) 本研究で開発したニューロンとシナプスの一体化構造の模式図(a)と走査電子顕微鏡像(b)。W(タングステン)、CoFeB(コバルト鉄ホウ素)、MgO(酸化マグネシウム)、AlOx(酸化アルミニウム)からなる積層膜が4つの狭窄部を持つようにパターニングされており、それがSiNx(窒化シリコン)で覆われ、狭窄部と狭窄部の間にはTi(チタン)とCu(銅)からなる上部電極が形成されている。W/CoFeB積層構造に電流(ISHNO)を導入すると、スピンホール効果などによって狭窄部でCoFeBの磁化が発振し、振動子として動作する(このことから電子顕微鏡像ではスピンホールナノ振動子(SHNO1,2,3,4)と表記されている)。またTi/Cuからなる上部電極に電圧(VM)を印加すると、その履歴に応じて直下のMgO/AlOx/SiNxの電気抵抗が不揮発に変化する。すなわちメモリスタとして動作する。

【用語解説】

注1)ニューロン(神経細胞)
神経回路網を構成する細胞の一つ。人間の脳には 1000億個以上のニューロンがあると言われている。入力信号に応じた出力信号を生成する。入力信号強度と出力信号強度の間に非線形性があること、状態が短期的に保持されること(短期記憶)、などの特徴が知られている。スピントロニクス振動子(注4)はこの非線形性や短期記憶を模擬できる。

注2)シナプス
神経回路を構成するニューロン間の接合部の構造のこと。シナプスの信号伝達特性の変化により、ニューロン間の信号の伝達のしやすさ(結合強度)がアナログ(連続)的に変化する。またこの結合強度は一定期間保持され(可塑性を有する)、これが人間の記憶情報と対応している。人間の脳には100兆個以上のシナプスがあると言われている。

注3)スピントロニクス
電子の持つ電気的性質(電荷)と磁気的性質(スピン)を同時に利用することで発現される物理現象を明らかにし、工学的に利用することを目指す学術分野。従来は不可能であった磁気的性質や磁化方向の電気的な検出や制御、電気伝導特性の磁場や磁化による制御などが可能となる。

注4)スピントロニクス振動子(オッシレータ)、同期発振
ナノスケールの磁性体に電流が導入された際、スピントロニクスの効果によって磁性体の磁化にトルクが働き、一定周波数で定常的に振動するように設計された素子をスピントロニクス振動子(あるいはスピントロニクス発振器、スピントロニクスオッシレータ)などと言う。振動子を複数連結すると、それらの間の相互作用によって発振の位相が揃う(同期する)ことが知られており、この同期現象がスピントロニクス振動子を脳型コンピュータで利用する上での基礎となる。スピントロニクス振動子の具体例として、磁気トンネル接合から構成され膜面直方向に電流を導入するスピントルクナノ振動子(Spin-Torque Nano Oscillator:STNO)と、Wなどの非磁性重金属とCoFeBなどの強磁性層の積層構造で構成され膜面内方向に電流を導入するスピンホールナノ振動子(Spin-Hall Nano Oscillator:SHNO)などがある。今回の研究では後者が利用されている。これまでにヨーテボリ大学のグループにより100個程度の振動子での同期発振が実証されている。

注5)リザバー計算機
リカレントニューラルネットワークの一種であり、入力層、リザバー層、出力層からなる。リザバー層は複数のニューロンが比較的"疎"に結合したネットワークからなり、状態を短期間記憶する機能、同じ入力に対して同じ出力を出す機能(コンシステンシー)、異なる入力を区別する機能などが求められ、それを実現するために非線形性があり、かつ短期的な状態の記憶が可能な物理系を用いることが好ましい。スピントロニクス振動子からなるネットワークはこのリザバー層への適用が有望視されており、これまでに簡易的な音声認識の原理実証実験などが行われている。

注6)イジングマシン
強磁性体や反強磁性体の磁気秩序の発現機構を記述するイジング模型を用いて情報処理を行う計算機の総称。磁性体では個々のスピンが交換相互作用により結合しており、これは脳神経回路において個々のニューロンがシナプスを介して結合しているのと類似していることから、脳型コンピュータの一種と見なすこともできる。

詳細(プレスリリース本文)PDF

問い合わせ先

研究に関すること
東北大学電気通信研究所
教授 深見俊輔
電話 022-217-5555
E-mail s-fukami*riec.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

報道に関すること
東北大学電気通信研究所 総務係
電話 022-217-5420
E-mail  riec-somu*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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