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大強度加速器×超高精度"温度計"で原子核を作る力に迫る ―風変わりな原子からのX線の測定精度を飛躍的に向上―

【本学研究者情報】

〇電子光理学研究センター 大西宏明
研究センターウェブサイト

【発表のポイント】

  • X線測定では、一般的に検出効率と分解能はトレードオフの関係にあります。その中で、世界最高精度の"温度計"を利用する「超伝導転移端型マイクロカロリメータ」は検出効率と分解能を両立するX線検出器として近年注目されています。
  • 我々はJ-PARCの大強度ビーム中という過酷な放射線環境下において「超伝導転移端型マイクロカロリメータ」を世界で初めて動作させました。そして、電子の代わりに「K-中間子」と呼ばれる負の電荷を帯びた粒子が入った風変わりな原子「K中間子原子」から放出される僅かなX線を従来と比べて10倍良い精度で測定することに成功しました。
  • K-中間子」には自然界にある4つの力の1つである「強い相互作用」も働き、その性質は「K中間子原子」のX線エネルギーに影響します。「強い相互作用」は、陽子や中性子を繋ぎとめて原子核を作る力で、原子力エネルギーの源でもあり、本成果はその定量的な解明へ向けた重要な基礎データとなります。
  • 本成果で実現したX線測定技術は、「強い相互作用」の研究に限らず、加速器ビーム実験・宇宙観測などのさまざまな放射線環境下におけるX線測定にもブレークスルーをもたらすと期待されます。

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄)先端基礎研究センターハドロン原子核物理研究グループの研究副主幹 橋本直、学校法人中部大学(理事長:飯吉厚夫)工学部創造理工学実験教育科・ミュオン理工学研究センターの准教授 岡田信二(理化学研究所 客員研究員)らの国際共同研究グループは、大強度陽子加速器施設 J-PARC(※1)で供給される世界最高強度のK-中間子ビームと超高精度"温度計"を用いて、K中間子(※2)に働く「強い相互作用」の測定精度を飛躍的に高めることに成功しました。

現代の物理学では、自然界には「重力相互作用」「電磁相互作用」「弱い相互作用」「強い相互作用」の4つの力があることが知られています。このうち「強い相互作用」はクォーク(※3)間に働き、クォークから陽子や中性子、中間子などを形成し、さらには陽子と中性子を繋ぎ止めて原子核を作る、いわば我々の身の回りの物質の起源を司る力です。

我々が着目した「K-中間子」は原子核中に入ると「強い相互作用」によって複数の陽子を強く引きつけ、通常の原子核密度を超える高密度を形成する可能性が指摘されています。そのため、地球上には存在しない高密度核物質を生成する鍵として近年注目を集めています。K-中間子に働く「強い相互作用」を詳細に調べる有力な方法の一つとして加速器施設から供給されるK-中間子を取り込んだ風変わりな原子「K中間子原子(※4)」を生成しX線のエネルギーを測定する方法があります。しかしこれまでの実験では、K-中間子ビームの強度が限られるのでX線信号を多く得られない、加速器を使用した実験では高放射線環境下になるのでX線検出器の性能が低下する、といった困難があり、測定精度は充分とは言えませんでした。

本研究では、優れたエネルギー分解能と検出効率を併せ持つX線検出器である「超伝導転移端型マイクロカロリメータ」を導入しました。この検出器は極低温技術による高感度な温度計を利用したものでX線のエネルギーを熱に変換して高精度に測定します。この検出器は外乱を受けやすいため、多数の粒子が飛び交う加速器ビームラインでの利用は難しいと考えられていました。しかし、我々はそのような放射線環境下であっても実験装置全体やデータ解析手法の最適化により性能を十分に発揮させる手法を確立しました。その結果、K中間子原子から放出されるX線のエネルギーをこれまでの10倍の精度で測定する事に成功しました。

本成果は、K-中間子に働く「強い相互作用」に関する重要な基礎データとなります。今後、同様の手法で高精度なデータを積み重ねていくことで、現在全く未知である高密度領域まで含めた「強い相互作用」の解明、そして物質の起源の解明へと繋がっていくと期待されます。また、本成果で確立した手法は、「強い相互作用」の研究での利用に限らず、ミュオン原子X線測定などの加速器ビーム実験、X線天文衛星による宇宙観測などのさまざまな放射線環境下におけるX線測定にも飛躍的な進歩をもたらすと期待されます。

本成果は、米国物理学誌『Physical Review Letters』における出版に先立ち、3月18日(米国時間)にオンライン掲載されました。

図1: K-中間子ビーム中にはK-中間子(図中の赤色粒子)以外の粒子(図中の黄色粒子)も多く含まれており、非常に多くの荷電粒子が飛び交い放射線強度が高くなります。本研究では、このような過酷な放射線環境下にて、K中間子原子から出てくるX線のエネルギーを、極低温で動作する超高精度温度計を利用したX線検出器によって精密に測定しました。

【用語解説】

1 大強度陽子加速器施設 J-PARC
茨城県東海村にある大強度陽子加速器と利用施設群の総称。世界最高レベルの強度の陽子ビームで生成する様々な二次粒子ビームを利用して、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用が行われている。その中のハドロン実験施設では、高エネルギー陽子ビームを金の標的に当ててK中間子やπ中間子などの二次粒子ビームを生成し、素粒子や原子核ハドロンの実験的研究が行われている。J-PARCJapan Proton Accelerator Research Complexの略。

2 中間子、K-中間子
クォークと反クォークが、強い相互作用で結びついた状態が「中間子」である。4種類あるK中間子のうち負電荷の「K-中間子」は、ストレンジクォークと反アップクォークで構成される。

3 クォーク・反クォーク
クォークは、物質を構成する最小単位「素粒子」のひとつで、六種類存在し、三つの世代を形成する。安定に存在するのは質量の最も軽い第一世代のアップとダウン、次に第二世代のチャームとストレンジ、第三世代のトップとボトムと続く。これら全てのクォークについて、対応する反粒子(電荷などの正負の属性が逆の粒子)も存在し、これを反クォークと呼ぶ。

4 K中間子原子
通常の原子は、原子核の周りを電子が回っているが、電子の代わりに負電荷のK-中間子が回っている原子。K-中間子と原子核は通常の原子と同様に電気的な力で束縛しているが、それに加えてK-中間子と原子核の間に「強い相互作用」が働く。

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問い合わせ先

(研究について)
東北大学電子光理学研究センター
大西 宏明
TEL:022-743-3400(代表)
Mail:ohnishi*lns.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

(報道担当)
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Mail:sci-pr*mail.sci.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

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