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【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.018 スピントロニクスによる省エネ社会への貢献を目指して

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

東北大学電気通信研究所 深見 俊輔 教授

東北大学電気通信研究所 深見 俊輔 (ふかみ しゅんすけ)教授

スピントロニクスとは、これまで独立に活用されてきた、電子が備える電気的な性質(電荷)と磁気的な性質(スピン)を同時に利用しようという分野です。前世紀後半に芽が出たこの研究分野は大野英男東北大学総長らが中心的な役割を果たし、この30年ほどで大きく発展してきました。この分野は、以前は米欧日が先導的な立場にありましたが、最近では中国、インド、韓国、台湾などからの論文・学会発表、特許出願も急増しており、基礎・基盤的な研究からその学理・技術に立脚した製品開発まで目覚ましいスピードで進展しています。加えて、最近では、スピントロニクスの新たな可能性を模索する動きも出てきています。

スピントロニクス研究の新世代に属する深見さんは、2022年3月、稲盛財団の長期かつ大型の研究助成プログラム、稲盛科学研究機構(InaRIS)フェローシップのフェローに選出されました。この助成プログラムは、研究者が「好奇心の赴くまま、存分に壮大な研究に取り組む」ために10年間の支援をするというものです。深見さんが採択された研究テーマは、「人工制御による物質・材料の「知能」の発現とコンピューティングへの展開」です。

物質がとる状態は与えられた問題への解答

深見さんは、これまでスピントロニクス技術を用いた高性能不揮発性メモリや、既存のデジタル情報処理を飛躍的に発展させる素子の開発、新規材料の創製などに関する研究を行ってきました。今回のInaRISフェローシップへの提案も、一見すると突飛なタイトルですが、これまでの研究の中で発酵させてきたアイデアの発展だそうです。

物質・材料は、与えられた「条件」の中で、その内部に存在する様々な物理の原理に起因した「相互作用」を満たす、最も安定な状態をとります。一例として水をはじめとしたあらゆる物質は、温度や圧力などの条件に応じて、原子・電子間の相互作用や熱・統計力学の法則に従い、固体、液体、気体という3つの状態をとります。深見さんはこれを、「最も居心地のよい状態」と表現します。研究者が観測するのはその状態で、そこから微視的な相互作用を知ることができます。「条件」と「相互作用」を人為的に操作すれば、物質・材料がとる状態を変えることもできます。

ここで発想の視点を変えると、物質・材料がとった状態は、与えられた「条件」の中で様々な「相互作用」を満たす問題を解いた結果と解釈することも可能だというのです。それを知能とか計算などと呼ぶかどうかはさておき、相互作用やエントロピーから来る要請を満たす解を求めよ、という複雑な問題に解答していると捉えられなくもないはずです。この考えに基づくと、相互作用を人為的に制御できるような人工構造を用意し、社会に存在する多くの複雑な問題をその相互作用として人工構造に投影し、人工構造が「計算」して導き出した状態を観測することで、複雑な問題を解くことに使うのも夢ではありません。

現在のデジタルコンピューターは、情報を0と1の二進数で表し、決定論的かつ逐次的に情報を処理しています。しかし、物質・材料がこうした決定論的な状態をとり、逐次的に演算を行っているはずはありません。ならば、物質・材料から着想を得て、アナログ的あるいは非決定論的な情報表現も活用し、同時進行的に情報処理を行うことで、コンピューティングの柔軟性が広がる可能性があります。

これはまだ、漠然としたアイデアで、具体的にどうするかはこれから学生を含めた研究室メンバーといっしょに考えていきます、と深見さんは語ります。そもそもInaRISフェローシップは、不確かな課題に壮大な夢を描くことを奨励する挑戦的なプロジェクトなのです。

ただしもちろん、まったくの夢物語というわけでもありません。これまでも、神経回路網を専門とする研究者との共同研究を進めてきました。反強磁性体と強磁性体を積層させた構造を用いて、電流の大きさに応じてアナログ的に情報を記憶させられることを発見しました。そしてこの性質が、記憶と学習に関与している脳のシナプスの性質と類似していることに着目し、この構造を人工シナプスとして利用した人工神経回路網(アーティフィシャル・ニューラル・ネットワーク)の作製に活用できました。スピントロニクスを応用した脳型コンピューターの原理実証ができたのです。これ以外にも、スピントロニクス素子の熱による確率的な振る舞いを積極利用した疑似的な量子アニーリングマシンの原理実証にも成功しています。

これまで、情報技術という大きな枠組みにおけるスピントロニクス、さらにより広くは物性物理学、材料科学、電子工学分野の研究では、どちらかといえば、大きな設計指針があらかじめ存在し、それに適した材料・素子を作るという側面が主でした。そつなく、てきぱきと動く公務員的な素子の開発が求められてきたのです。深見さんが目指すのはそうではなく、これまでの設計指針では不良とされてきた性質や機能をもつ芸術家的な素子もうまく使うことで、新しいコンピューターができないかという道を探ることなのだそうです。そのためには、新たな共同研究も必要です。これまでは半導体集積回路分野の研究者との共同研究が主でしたが、これからは、脳科学、情報理論、数学、機械工学などの研究者との共同研究も視野に入れているそうです。

たまたま辿り着いた現職

深見さんは、自分のキャリアパスには、インタビューの記事になるような面白いエピソードはないですよ、と笑います。何か劇的なことがあってスピントロニクス研究に導かれたわけでもなく、そこまで強い意志も働いていないものの、学生や若い研究者といっしょに新しい時代を作っていく今の仕事にはやりがいを感じているそうです。

名古屋で生まれ育った深見さんは、普通の公立学校を経て名古屋大学工学部物理工学科に入学しました。その動機も、なんとなく数学と物理が好きという程度のことだったそうです。卒業研究のための研究室選びをすることになった2000年代前半は、ナノテクが登場した頃でした。半導体研究の分野は、微細化技術の限界が見え始め、いわゆるムーアの法則の終焉が噂されていました。そんなこともあって深見さんは、ナノテクという響きに魅力を感じ、そこまで深く考えずに研究室を選んだそうです。

スピントロニクスに出合ったのは、修士課程を修了してNECに就職した後でした。スピントロニクス関係の研究開発部署に配属されたのです。2010年からは現本学総長の大野教授らとの共同研究が始まり、2011年に東北大学に出向して助教に着任しました。そうこうするうちに、日本企業では半導体開発、デバイス系の開発が縮小され始めました。そんなこともあり、2016年にNECを退職し、東北大学の専任教員となったそうです。

現在の日本は、半導体製造において遅れをとっています。企業出身の深見さんならずとも、なんとも歯がゆい状況です。深見さんは、少なくとも自分が関連する領域では、かつてはうまくいっていた、大学の基礎研究と企業の応用開発との接続がうまくいかなくなっているという感触をもっています。企業は、ほぼ完成した近い将来の採算の目途が立つ技術しか受け取らず、一方で大学は技術として十分に完成させられなくても、資金確保のためには新たな学理の開拓に繋がる研究に移行せざるを得ないというのです。

2022年4月、東北大学では、国際集積エレクトロニクス研究開発センターの遠藤哲郎センター長(工学研究科教授)を中心に、文部科学省の10年間の委託事業として、「スピントロニクス融合半導体創出拠点」がスタートしました。日本、それも特に東北大学が先導してきた省電力化の切り札となりうるスピントロニクス技術を中核に据え、革新的省エネ半導体創出と高度人材育成を進めることを目指す事業です。深見さんは、挑戦的な夢の研究も視野に入れつつ、半導体技術の国内復興を目指すこの事業への貢献も心に誓っています。

文責:広報室 特任教授 渡辺政隆

真空中で薄膜を形成・加工するための超高真空スパッタリング装置

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東北大学総務企画部広報室
E-mail:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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