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過酸化脂質の蓄積が細胞死を起こす仕組みを新たに解明 神経変性疾患や虚血性疾患など多様な疾患の発症機構解明に繋がる発見

【本学研究者情報】

〇大学院薬学研究科 衛生化学分野
教授 松沢厚
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 細胞膜(注1)に存在するメカノセンサー分子(注2)Piezo1(注3)・TRPチャネル(注4)を、分子によって制御される細胞死(注5)の1つフェロトーシス(注6)の新規実行因子として発見しました。
  • Piezo1・TRPチャネル分子は、過酸化脂質(注7)の蓄積に伴って開口し、カリウム・ナトリウムイオンの流出入により、フェロトーシスを促進することを解明しました。
  • フェロトーシスによる細胞の壊死(注8)・炎症が関与する神経変性疾患等の様々な疾患発症機構の解明および新規創薬に繋がることが期待されます。

【概要】

フェロトーシスは分子によって制御される細胞死の1つで、過酸化脂質の蓄積に伴って炎症誘導性の壊死が引き起こされます。神経変性疾患や虚血性疾患などの様々な病態の発症・増悪に関与することが知られていますが、どのような仕組みで脂質過酸化が壊死を引き起こすのかは、謎に包まれています。

東北大学大学院薬学研究科の平田祐介助教、斎藤芳郎教授、松沢厚教授らの研究グループは、カナダ・トロント大学生化学部門との国際共同研究により、細胞膜上に存在するメカノセンサー分子Piezo1やTRPチャネルがフェロトーシスの新規実行因子であることを発見しました。これらのチャネル分子は、これまで実体が不明であった過酸化脂質の新たな標的であると考えられ、過酸化脂質の蓄積をメカニカルストレス(注9)として感知して開口し、カリウムイオンの細胞外流出、ナトリウムイオンの細胞内流入を引き起こすことで、フェロトーシスを促進します。本研究は、フェロトーシスの分子機構の全容解明の足掛かりとなる重要な基礎的知見として、関連疾患の発症機構の解明および新規創薬に貢献することが期待されます。

 本研究の成果は、3月9日午前11時(米国東部標準時間)に米国科学雑誌Current Biologyに掲載されました。

図: メカノセンサー分子Piezo1・TRPチャネルを介した新規フェロトーシス誘導機構
 定常状態では、細胞はNa+/K+ ATPaseの働きによってナトリウムイオンを排出し、カリウムイオンを取り込むことで、これらのカチオンの濃度勾配を形成している。また、GPX4により過酸化脂質を消去することにより、生存が維持されている。
 一方、GPX4の活性低下に伴い過酸化脂質が蓄積すると、Na+/K+ ATPaseが不活性化される一方、Piezo1・TRPチャネルなどの細胞膜上のメカノセンサー分子がそれを感知して活性化し、イオン濃度勾配に応じてナトリウムイオンの流入、カリウムイオンが流出することで、細胞の膨張を伴ってフェロトーシスが起きる。

【用語解説】

注1 細胞膜
細胞の内外を隔てる生体膜のこと。脂質二重膜によって構成されている。

注2 メカノセンサー分子
力学的な刺激(圧力、張力、剪断力など)を感知する分子のこと。生体内には、Piezo1やTRPチャネル等の様々なメカノセンサー分子が存在し、外界からの力学的刺激を感知し、その種類や強度、持続時間などの情報を生物学的情報に変換することで、多彩な生命活動の制御や調節を行なっている。

注3 Piezo1 (Piezo-type mechanosensitive ion channel component 1)
メカノセンサー分子の1つとして有名なカチオンチャネル。細胞膜に機械的な力を感知して開口し、カルシウムイオン、カリウムイオン、ナトリウムイオンなどの様々なカチオンを、非選択的に、濃度勾配に応じて通過させることで、機械的な力の情報を生物学的情報に変換し、細胞内に伝達する。血管形成や免疫応答など、様々な生体機能の調節を担っている。2021年には、同分子を発見し、メカノセンサーとしての役割を解明したアメリカのArdem Patapoutian教授らに、ノーベル医学・生理学賞が授与された。

注4 TRP (transient receptor potential)チャネル
Piezo1と同様にメカノセンサー分子として知られるカチオンチャネルファミリーで、約30種類の遺伝子が存在する。分子によって応答する刺激は異なるが、力学的な刺激だけでなく、温度、触覚、痛みなどの多様な刺激に応答して開口し、カルシウムイオン、カリウムイオン、ナトリウムイオンなどの様々なカチオンを、非選択的に、濃度勾配に応じて通過させることで、細胞内に情報を伝達する。同分子を発見し、その機能を解明したアメリカのDavid Julius教授が、2021年にPatapoutin教授らとともに、ノーベル医学・生理学賞を受賞した。

注5 分子によって制御される細胞死
多細胞生物において、様々な分子の制御下で引き起こされる細胞死のこと。約50年前に、アポトーシスと呼ばれる、自発的な非壊死性の細胞死が見つかって以降、ネクロプトーシス、ピロトーシス、フェロトーシスなどの壊死性の細胞死が次々と発見され、生体内の様々な分子によって、そのON/OFFのスイッチや、強度、持続時間などが、厳密に制御されていることが分かってきた。

注6 フェロトーシス
2012年にBrent R. Stockwellらによって発見された、分子によって制御される細胞死の一つ(Cell, 149(5), 1060-1072, 2012)。鉄依存的な過酸化脂質の蓄積に伴って、最終的に、細胞膜の破裂を伴う壊死が引き起こされる。当初、Ras変異を有するがん細胞を選択的に殺傷するための機構として発見された経緯もあり、鉄や活性酸素を特に豊富に含むがん細胞が、一般にフェロトーシスに高い感受性を示すことから、有力な新規がん治療戦略の1つとされ、その臨床応用が期待されている。また神経変性疾患や虚血性疾患など、非常に多くの種類の疾患の病態発症・増悪に寄与することが報告されており、関連疾患の発症機序の解明、新規治療法開発の観点からも、非常に着目されている。

注7 過酸化脂質
脂質が過剰な酸化を受けたもの。フェロトーシスに関与する過酸化脂質は、その中でも、リン脂質中に含まれるアラキドン酸のような高度不飽和脂肪酸が過酸化されたものであると考えられている。

注8 壊死
広義にはネクローシスと同義で使用されるが、ネクローシスは細胞内外の環境変化によって偶発的、受動的に起きる細胞死として定義されるため、細胞膜の破裂を伴わない自発的な細胞死であるアポトーシスと対極的な意味合いで使用されることが多い。今回本文で用いている壊死は、より狭義の、細胞が細胞膜の破裂を伴って死ぬことを示しており、フェロトーシスをはじめとしたいくつかの分子によって制御される細胞死では、壊死性の細胞死が起きることが知られている。

注9 メカニカルストレス
細胞や組織が体内で受ける機械的な刺激のこと。具体的には、伸展、圧縮、ねじり、剪断、曲げなど、様々な物理的な力のことを指し、日常的な活動や運動の中で発生するこれらの力を、細胞や組織がストレスとして絶えず受けている。

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問い合わせ先

(研究に関すること)

東北大学大学院薬学研究科
教授 松沢 厚
TEL: 022-795-6829
E-mail: atsushi.matsuzawa.c6*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)

東北大学大学院薬学研究科・薬学部 総務係
TEL: 022-795-6801
E-mail: ph-som*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

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