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ケンカのゆくえはグリアしだい 小脳グリア細胞が攻撃行動制御に果たす役割を解明

【本学研究者情報】

〇生命科学研究科 教授 松井広
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 動物の社会行動(注1)の一端は、小脳(注2)のグリア細胞(注3)の活動によって調整されることが示されました。
  • 2匹の雄マウスを一緒にすると10秒程度のケンカ(注4)が約1分おきに生じます。
  • 小脳に刺入した光ファイバーを用いて脳内環境を光計測(注5)したところ、ケンカの優勢・劣勢に連動してグリア活動が変化することが示されました。
  • 小脳のグリア細胞を光で活性化する(注6)とシータ波(注7)が生まれ、ケンカ解散までの時間が早くなることが示されました。
  • 小脳グリア細胞活動を機能操作することで、過度な攻撃衝動を抑えられる可能性が示唆されました。

【概要】

近年、動物やヒトの社会性の行動に小脳が影響を与えていることが示唆されてきました。東北大学大学院生命科学研究科の淺野雄輝大学院生(日本学術振興会特別研究員)、松井広教授らのグループは、雄マウス2匹を同じケージに入れた時に勃発するケンカに注目し、小脳の活動を解析しました。ケンカ解散時、小脳で特有の神経活動が生じ、シータ波の局所フィールド電位(注8)が記録されました。また、光遺伝学を用いて小脳グリア細胞を光刺激すると、小脳でシータ波が生じるとともに、ケンカ解散までの時間が短くなることが明らかになりました。さらに、ケンカが優勢・劣勢になると小脳グリア細胞内のカルシウム濃度が減少・増加したため、小脳グリア細胞は、マウスの攻撃性を調整するボリュームの役割を果たすことが示唆されました。マウスもヒトも集団で暮らすからには、円滑な社会生活を営むことが望まれます。過度な攻撃衝動を制御するには小脳グリアの働きを理解することが有用と思われます。

本研究成果は2023年11月29日付で著者校正版が脳科学分野の専門誌Neuroscience Researchに掲載されました。

DOI:doi.org/10.1016/j.neures.2023.11.008

図1. 小脳グリア細胞による攻撃性調整機能。二匹の雄マウスを引き合わせるとケンカが誘発されます。小脳のグリア細胞を光刺激すると、ケンカの解散が早くなったため、小脳グリア細胞には、マウスの攻撃性を調整する役割があることが示唆されました。

【用語解説】

注1. 社会行動: マウスもヒトも集団で暮らす場面が多いため、同じ種の間での社会性をともなう行動をすることが知られています。同腹で一緒に飼育された兄弟ではない見知らぬ雄マウス同士の場合、同じケージに入れるとケンカに至ることが多いことが観察されています。

注2. 小脳: 大脳の尾側、脳幹の背側に位置し、脳全体の神経細胞の約半分が存在することが知られています。

注3. グリア細胞: 脳を構成する細胞の種類で、神経細胞とは異なるものは総じてグリア細胞と呼ばれます。従来、グリア細胞は、脳の隙間を埋めるノリのような存在と考えられてきましたが、グリア細胞には脳内のエネルギー代謝やイオン環境を制御する機能があることが示されてきました。さらに、神経細胞とは異なる方法で、脳内情報処理に関わることも次々と明らかにされてきており、脳と心の機能におけるグリア細胞の役割に大きな注目が集まってきています。

注4. ケンカ: オス同士のマウスを同じケージに入れると、お互いに攻撃行動が引き起こされることが知られています。攻撃行動の優勢と劣勢は、ビデオ解析によって、比較的容易に区別することができます。優勢のマウスは、劣勢のマウスの陰部に向って攻撃することが多く、劣勢のマウスは、優勢のマウスから逃げる行動をするため、背後から陰部を攻撃されることが多くなります。

注5. 光計測: 脳深部に光ファイバーを刺し入れて、蛍光信号を計測する方法をファイバーフォトメトリー法と呼びます。本研究では、細胞内のCa2+やpHに応じて、蛍光特性が変化する蛍光センサータンパク質を、脳内アストロサイトに人工的に遺伝子発現させたマウスを用いました。当研究室では、細胞内Ca2+をセンス(検出)するように設計された蛍光センサータンパク質でもpHの影響を受け、局所血流量の変動はあらゆる蛍光に影響を与えることを示してきました。本研究では、これらの影響を選り分ける工夫が施された新手法が用いられています。

注6. 光で活性化: クラミドモナスという藻に発現する光感受性の膜タンパク質でチャネルロドプシン2(ChR2)と呼ばれるものがあります。ChR2遺伝子を、マウスの脳の特定の細胞で発現するように組み込むと、その細胞でChR2が発現されます。光ファイバーなどを使って、生きているマウスの脳を局所的に光照射すると、ChR2を発現する細胞だけが刺激されて興奮します。このように、光を使って特定の細胞の機能を操作する手法をオプトジェネティクス(光遺伝学)と呼び、開発当初はChR2を神経細胞に発現する方法が主に用いられてきました。今回の実験では、ChR2をグリア細胞のうち、アストロサイトに発現させています。また、当初、ChR2は光感受性の非選択的陽イオンチャネルと捉えられてきましたが、このChR2は水素イオン(H+)を良く通すため、当研究室では、細胞内を人為的に酸性化するツールとして使っています。グリア細胞の酸性化が引き金となって、グリア細胞からグルタミン酸等の伝達物質が放出されることが示されてきました。

注7. シータ波: 多くの脳神経細胞の電気的な活動が電極まで伝わって記録されるものを脳波、もしくは、局所フィールド電位と呼びます。脳波の周波数を解析することで、睡眠や覚醒、てんかん等の脳病態等に相関するいくつかの脳状態を高精度に測定し、診断をすることができることが知られています。今回、小脳に挿入した電極から記録される局所フィールド電位の波形に含まれる4-6 Hzの周波数成分に注目しました。この周波数成分は、シータ波と呼ばれます。

注8. 局所フィールド電位: 本研究では、近接する2本の電極を小脳に挿入し、このふたつの電極間の電位差を増幅することで、小脳での局所フィールド電位を記録しました。局所フィールド電位では、小脳の電極近傍の多くの脳神経細胞の電気的な活動による影響が合わさったものが記録されているため、個々の神経細胞の活動は計測されません。電極近傍での神経の集合的な活動状態を知るひとつの指標として用いられています。

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問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
教授 松井 広(まつい こう)
TEL: 022-217-6209
Email: matsui*med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか(たかはし さやか)
TEL: 022-217-6193
Email: lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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