東北大学100周年記念式典 総長式辞
本日、ここに東北大学100周年記念式典を挙行致しましたところ、このように各界を代表する方々にご出席賜りましたことは、本学の光栄と致すところであり、心よりお礼申し上げます。本日は、海外からも、本学と大学間交流協定を締結している大学や、本学の海外同窓会の代表など、200名以上の方がご参列下さっています。又、駐日本国南アフリカ共和国特命全権大使ングバネ閣下、駐日本国イラン・イスラム共和国特命全権大使モーセン・タライ閣下をはじめとする各国大使館の代表にも多数ご臨席頂いております。誠にありがとうございます。
本学は、今から100年前の1907年(明治40年)の6月22日に、仙台の理科大学と札幌の農科大学との2分科大学から成る東北帝国大学として創設されました。これは、日露戦争が終わって2年後のことであり、明治の初め以来40年間「富国強兵」を目指して突き進んできた日本社会が、ようやく芸術・文化・学問にも大きな関心を向け始めた時期に当たっております。ところで帝国大学の創立と申し上げましたので、初めから大規模な大学があったとご想像になったかも知れませんが、実態は大分違っております。当時の記録を見ますと、理科大学の授業が、片平の旧第二高等学校の敷地の片隅に立てられた貧弱な校舎で、僅か 25名の学生と50数名の職員とを以て始められたとあり、誠にこぢんまりとした出発でございました。
しかしその後、急速な発展を見ます。すなわち、農科大学が北海道帝国大学として本学から分離独立する一方、東北帝国大学には、創設から15年間で、医科大学、工学部、法文学部が次々と増設され、大正時代のうちに総合大学としての体制を整えました。やがて昭和に入り、長い戦争の時代を経て、第2次世界大戦後の1949年に、本学は、旧第二高等学校・旧宮城県女子専門学校などを包摂すると共に、東北帝国大学の名称を東北大学に改め、新制大学としてのスタートを切りました。これは、敗戦を経験した日本国民が平和で民主主義的な社会の建設を始めた時期に当たります。それ以来、本学は、日本社会の再建と発展の先頭に立つ有為の人材の育成に努める一方、世界的な研究の遂行に励み、戦後日本の科学技術立国と経済成長に貢献して参りました。
2004年4月、東北大学は、他の日本のすべての国立大学と同様、国立大学法人として国から独立した経営体になりました。こうして本学は、グローバリゼーションが進行する現代において、「日本における東北大学」としてばかりでなく「世界における東北大学」として、ますます激しさを増す競争環境の下で、一層の発展を図ることになりました。
さきほど申したように、本学は25名の学生と50数名の職員から始まりました。それから1世紀が経った現在、本学は17,808名の学生――その中 6,895名は大学院生ですが――と5,376名の教職員を擁し、10学部、15大学院研究科、3専門職大学院、5附置研究所、附属図書館、病院等を備えた、日本を代表する総合大学の一つになっております。
それでは何がこのような大きな発展をもたらしたのでしょうか。私は、まず、本学の「研究第一主義」の伝統を挙げたいと思います。本学の創設時に理科大学の初代教授に就任した、本多光太郎、 真島利行(まじまりこう) 、林鶴一(はやしつるいち)をはじめとする若き俊秀は、真理探究の情熱に燃えて、常に世界の学界の最前線で独創的研究に打ち込むと共に、その世界最先端の研究成果を学生に対する教育にも直接に生かすという伝統を培いました。それ以来、「研究第一主義」の精神は、本学が世界に誇る研究・教育を生み出す内的原動力として働き続けております。
本学の発展は亦、設立当初から、旧制高校卒業生以外からも広く学生を求めたという「門戸開放」の精神によってももたらされた所が大であると申せましょう。殊に特筆すべきは、本学は、日本で初めて女性の入学を認めた大学である点です。すなわち1913年に、黒田チカ、丹下ウメ、牧田らくの3名が東北帝国大学に入学し、日本初の女子大学生になりました。こうして、本学は「門戸開放」を貫いた結果、早くから、全国各地、さらには海外からも、優秀で意欲あふれる若者が集まり、その結果、良き学生、良き卒業生に恵まれることになりました。
さらに本学は、最先端の研究成果を社会の発展や人々の日常生活に役立てる「実学尊重」の伝統も育んで参りました。代表例をあげれば、戦前から、本多光太郎教授が東北金属工業株式会社を興して地域産業の近代化に尽力したり、八木秀次(やぎひでつぐ)教授が、現在も使われているテレビアンテナやレーダーの基となった「八木・宇田アンテナ」を発明したりしました。戦後もいち早く、熊谷岱蔵(くまがいたいぞう)教授がX線間接投影による集団検診を普及させて結核の予防に大きな貢献を果たし、「家族法の父」と呼ばれる中川善之助(なかがわぜんのすけ)教授は、学生とも協力して市民のための「無料法律相談所」を開設しました。このような「実学尊重」の実践によって、本学は、社会との間に強い絆を結ぶことができ、本学の発展に必要な社会からの支援を獲得する道も拓くことができました。
社会からの支援と申せば、実は、本学は開学以来、社会から多大の援助を蒙っております。そもそも東北帝国大学の創設は、政府からの資金に加えて、古河家及び宮城県・北海道からの巨額の寄附金を頂いたことによって可能になったものでございます。その後も本学は多方面からの援助を仰いでおります。中でも、住友家、斎藤報恩会の援助は戦前における本学の発展に寄与するところが誠に大きく、戦後においても、創立50周年を記念して川内記念講堂が建造された際に松下電器産業株式会社から多額の寄附に与ったのをはじめ、本学は多くの方々からの様々な支援に支えられて発展して参りました。
私は、ここで、本学の100年にわたる輝かしい伝統を築いて来た先達の功績に深い敬意と感謝を捧げたいと思います。又、本学の発展に対して多大のご支援を賜った、文部科学省をはじめとする国内外の政府機関・自治体及び民間の各方面の方々に、改めて心よりお礼申し上げます。
さて、本日は、本学のこれまでの100年を振り返る日であると共に、次の100年に向かう新たな出発の日でもあります。
私共は、創立100周年を迎えて、次の100年においては、本学のこれまでの誇るべき伝統を基に、世界最高水準の研究・教育を創造して社会の発展に一層貢献するとの決意を固めたところでございますが、本学の将来に関し、ここでは特に3つのことを申し上げたいと思います。
第一に、本年3月、本学は、早期に「世界リーディング・ユニバーシティ」としての地位を確立するための具体的アクション・プランである「井上プラン 2007」を発表致しました。このプランにおいては、教育、研究、社会貢献、キャンパス環境、組織・経営の5つの柱のそれぞれで、「世界リーディング・ユニバーシティ」を実現するために私の総長任期中に取り組まなければならない課題と具体的方策を掲げております。今後、本学の教職員と学生は一丸となって、社会のご理解・ご協力を得ながら、着実に本プランを実行して参る所存でございます。
第二は「青葉山新キャンパス」構想でございます。昨年、宮城県及び関係者のご尽力により、青葉山ゴルフ場跡地が県から譲渡され、現在は、環境アセスメントが行われております。近々、ここに新キャンパスを建設するための工事に着工できる見通しで、2011年には、第1期の工事が完成する予定でございます。私共は、この新キャンパスに、新たな学問領域を扱う研究・教育施設を配置すると共に、自治体や産業界とも協力して、新技術・新産業の創出拠点となるサイエンス・パークを建設したいと考えております。さらに、「杜の都・仙台」のシンボルとして市民に親しまれてきた青葉山の豊かな自然環境を生かした「環境調和型キャンパス」を実現し、数年後に完成した後には、散策場所として市民の皆様に大いに活用して頂きたいと願っております。
第三に、現在、本学は「100周年記念事業」を進めております。そしてこの「100周年記念事業」の中心を成すのが、「東北大学基金」の創設と、100 周年記念建造物である「東北大学二の丸ホール」(仮称)の整備でございます。この中、「東北大学基金」は、本学が「世界リーディング・ユニバーシティ」にふさわしい研究・教育・社会貢献活動を遂行するのに必要な、自主財源づくりを目指すものでございます。又、「二の丸ホール」は、川内記念講堂を本格的な国際会議場及び日本有数のコンサート・ホールとして利用可能なアカデミック・ホールに改修するもので、来年秋の竣工を計画しております。
このような「100周年記念事業」に要する費用は、多くの個人・団体から寄せられた「100周年記念募金」によって賄われております。本日の記念式典には、本記念募金に多大のご協力を賜った企業の代表の方々や個人の皆様にも大勢ご出席頂いております。又、本募金活動の先頭に立って推進して下さった卒業生の方々にもご参列頂いております。ここに厚くお礼申し上げると共に、皆様から頂いた募金を、本学及び社会の発展のために最大限に生かすよう全力を尽くすことを、改めてお約束申し上げます。
本日は、次の100年に向けての「船出」の日でございます。私事ではございますが、私は子供の頃、海辺で育ったこともあり、船乗りになるのが夢でございました。今、私は、本学の新たな航海にいわば「船長」として乗り組むことになった次第で、いささかの興奮と嬉しさを感じておりますが、それ以上に大きな責任感に身の引き締まる思いが致しております。
東北大学の「ミッション・ステートメント」は、「東北大学は建学以来の伝統である『研究第一』と『門戸開放』の理念を掲げ、世界最高水準の研究・教育を創造する。又、研究の成果を社会が直面する課題の解決に役立て、指導的人材を育成することによって、平和で公正な人類社会の実現に貢献する。」と謳っております。私共は、次の100年において、このような使命を果たすために、全力を尽くして参ります。本日、ここにご列席の皆様におかれましても、どうか、私共に一層のご支援・ご協力を賜ります様改めてお願い申し上げます。
それでは、試練と希望に満ちた次の100年への航海に、本日、出発致します。
平成19年8月27日 東北大学総長 井上 明久
(於:仙台国際センター)