告辞に代えて ~卒業生・修了生の諸君へ~
このたびの東北地方太平洋沖地震等で被災されたすべての方々に心よりお見舞い申し上げますとともに、被害を受けられた方々のご回復と被災地域の復興を哀心よりお祈りいたします。
歴史上かつてない未曾有の大災害に直面し、被災者がなお艱禍の最中にあり、いまだ見つけられない多数の命の情報に思いを致し、また、余震が続く中での式典の安全や交通手段の確保等を勘案して、本学では学位記授与式の中止という苦渋の決断をするに至りました。学生諸君にとって、学位記授与式が大切な式典であることは承知しており、私たち東北大学にとっても、諸君とその喜びを分かち合いたいという気持ちを強く持っております。それでも今回の大震災がこれまでにない尋常ならざる事態であり、私たち一人ひとりが共助の心をもってその痛みと重荷を分かち合わなくてはならない状況をご理解くださったものと確信しています。
学位記授与式は中止されましたが、東北大学を代表してここに学位を授与された諸君に対し、これまでの研鑽の努力に心より祝意を述べるとともに、新たな旅立ちのこの時だからこそメッセージを残しておきたいと思います。
東北大学は明治40年(1907年)の建学以来、「研究第一主義」の伝統、「門戸開放」の理念及び「実学尊重」の精神を基に、研究の成果を人類社会が直面する諸問題の解決に役立て、指導的人材を育成することによって、平和で公正な人類社会の実現に貢献してきました。その歴史は、東北大学に関わる人びとのたゆまぬ挑戦の歴史でもあります。
現代社会はその変化が速くかつ不連続であり、これまでの常識を覆すような事態が次々と起こる予測困難な時代です。地球温暖化に伴う気候変動など自然破壊現象が相次ぎ、医療問題、エネルギー問題、食糧問題など人間の生存と尊厳を揺るがす深刻な問題に直面しており、政治、経済、産業のいずれにおいても先行きの不透明なまま大きく揺れ動いています。そして今回の大震災の悲惨な現実を直視したとき、この現代社会、そして未来を担う諸君は、何を思うのだろうか。
誤解を恐れずに言えば、私は痛烈にこう思っています。『いかに悲惨な現実でもそれを直視しなければこの先に道はできない。命とは何なのか。自然とは何なのか。科学の進歩とは何なのか。大学とは何なのか。日本人とは何なのか。地球人とは何なのか。この地球で生きるというのは何なのか。今ここで生きている自分は何なのか。自分に一体何ができるのか。この痛ましい状況を悲観して立ちすくんでいる余裕はない。』と。今まさに、生かされている幸せを感じとってまず「行動を始める」から始めることです。
東北大学は、これまでも、今も、そしてこれからも、常に垂直登攀に挑戦し続ける大学です。大震災の衝撃と悲嘆の中でも被災地や日本を襲う困難に向き合って、大震災の状況に対する献身的な貢献活動と同時に、地域社会の復興・発展に向けた悲しみを希望に変える活動に総力をあげることを決断しました。加えて、本学の教育力、研究力、そして社会貢献力を大きく飛躍させて、世界リーディング・ユニバーシティとして人類社会に貢献していくことも本学の役割だと考えています。
本日ここに学位を授与された諸君は、その東北大学で、「Challenge (挑戦)」、「Creation (創造)」、「Innovation (革新) 」という3つのキーワードを基軸に行動する研究マインドをもって、それぞれの専門分野において深い研鑽を積み、高い学識を修得しました。本学で学んだ若き俊英には、私たち東北大学の一同とともに、悲惨な現実の悲しみを胸に、東北大学で学んだことに確信をもち、社会に貢献するために何をすべきかをよく考え、それぞれの活躍の場で、これからの日本の復興・飛躍あるいは地球社会の最前線を担っていただきたい、そのように願っています。
そうした諸君に、私はこの新たな旅立ちに向けて、特に伝えたいことを2つの言葉を借りて贈ることにします。
第一に、「随所作主」(随所に主たれ)いう言葉を贈ります。
諸君はこの4月から様々な進路を歩まれることになります。人は様々であり、それ故様々な人生があり、様々な人の歩む道があります。諸君のかけがえのない道は、他の人には歩めない、そして二度と歩めない、自分だけの道です。その道を切りひらいて歩むことは、決して容易なことではありません。それぞれが真剣な思いで真剣な努力を重ねていかなければなりません。他人任せでは道はひらけませんし、思索にくれて立ちすくんでいても道はひらけません。
「随所作主」(随所に主たれ)は、中国・唐時代の臨済宗の開祖、臨済禅師の言葉です。どんなところでも自分が主役になれ、という意味ではありません。どんなところでも自分のアイデンティティーをもって精一杯全力を尽くせ、という意味だと理解しています。つまり、どのような道、どのような仕事であろうとも、その先々で懸命に勉強して、その分野に関してのすべてを、そしてすべてについての何かを学び、誰にも負けないプロフェッショナルになることなのです。人生の途中では自分の思いどおりにならないことが多く、専門外の仕事を担当させられることもあるでしょう。しかし、それこそ素志貫徹によって新たに専門性を究め、幅を広げて自分を成長させるチャンスなのです。『たまには踏みならされた道を避けて、森の中に入りこむのがいい。今まで見たこともないものを発見できるに違いないからだ。』このグラハム・ベルの言葉には、時には寄り道や冒険をすることも必要であり、どんな寄り道でも最善を尽くすことで新たな道がひらける・・・そのような意味が込められています。歴史を変えるような偶然の発見・発明も、最善を尽くして準備をしない者に微笑むことはないのです。これが「随所作主」ということです。
私は長い間、金属材料の研究を続けてきました。若くして教授や助教授になる人もいましたが、私は下積みが長く、少ない予算しか持たずに研究を続けました。しかし、不利な環境下でも、研究課題を辛抱強く追究することで、それが材料開発の新合金創成へ発展したという経験があります。勤勉の徳は、何にもまして尊いものです。言い訳ばかりしないで、今できることから始める。「随所作主」という臨済禅師の言葉をかみしめ、いかなる場でも自分のアイデンティティーをもって、一ミリずつでも懸命にたゆまず歩み続けてください。
第二に、「野ごころ」という言葉を贈ります。
諸君にとって、東北大学とはどのような場であったのでしょうか。
「杜の都」仙台の中心部に位置しながら、喧騒とは隔絶された緑の木々に囲まれ、四季の気配を色濃く映すキャンパスは、学びの舎として理想的な環境を備えていることに、私たちは誇りを抱いています。諸君は移ろう季節とともに、この自然溢れるキャンパスで、優れた教職員によって、優れた学友と学びました。思い出してみてください。この緑に恵まれたキャンパスで培った学友との友情と師弟の絆は、諸君の大切な財産となるでしょう。東北大学は、これからも、いつでも、諸君に扉を開いています。諸君のこれからの人生にとっていつまでも人生の羅針盤の様な存在であり続けたいと思います。
この東北大学の建学の時代、旧制第二高等学校の校長を勤められた三好愛吉先生がその校風を表すために使われた言葉に「野ごころ」があります。辞書には「野に遊びたく、野に慕う」とありますが、校風としての「野ごころ」を「広々とした野に出たときに感ずる、とらわれぬ闊達な心」と諭されています。世界のウィルス研究の先駆者であり、本学第15代総長である石田名香雄先生は、この「野ごころ」を東北大学の校風を表す言葉として紹介し、「研究者が感ずる、世俗にとらわれない心、しかも自分の学問を何かしら景仰する心」と解釈しました。さらに、「東北大学の教官も学生も何か野ごころと称して良い、おおらかな心を抱いているように思われた。いわば東北人の存在感を表現している」と述べておられます。
東北大学の卒業生・修了生の所作や考え方を思い出すと、諸君のそれに重なるように感じています。諸君はこの東北大学で「野ごころ」の校風をしっかり受け継いでくれたのだと思います。東北大学から旅立っても、コミュニティの一員です。ここが私の母校と誇りをもってそう言える、諸君が育んだこの「野ごころ」という言葉を記念に贈ります。
以上が、本日ここに学位記を授与された諸君に対する、私からのメッセージです。諸君一人ひとりが学問に対し、そして東北大学に対し、いつまでも変わらぬ愛をもち、それぞれの未来に向かって飛躍されることを願ってやみません。
東北大学は、世界各国からの学生が学ぶ大学です。留学生の諸君においては、言葉、文化、習慣などの壁を克服し、学位を取得された努力に対して深く敬意を表します。大正11年(1922年)に日本を訪れたアルベルト・アインシュタインは、「日本 ~この国を愛し、尊敬しないではいられない。」と語っています。留学生の諸君には、この日本を、そしてこの東北大学を第二のふるさととして、母国と日本の架け橋になっていただきたいと切に希望します。
ここで、英語により送別の言葉を述べたいと思います。
I, as president of Tohoku University, sincerely hope that your experiences and achievements in Tohoku University shall help you contribute to the development of your countries and to the world peace through your forthcoming activities.
The line between successful person and unsuccessful person is paper thin. The difference is tenacity and perseverance. Even when a task seems impossible, we must tenaciously and diligently persevere in our efforts to succeed. Then, I believe you can make your dream come true. Heaven will not ignore sincere effort and true determination.
Finally, I wish to reiterate my hearty congratulation to all of you, and wish you every success in your future endeavors.
本日ここに学士の学位を授与された2,423名の諸君、修士の学位を授与された1,707名の諸君、専門職の学位を授与された142名の諸君、課程修了により博士の学位を授与された436名の諸君、そして論文提出により博士の学位を授与された32名の諸君、今日は本当におめでとう。
平成23年3月25日、学位記授与式はやむなく中止されたものの、諸君にとって大変意味のある一日です。東北大学の歴史に確実にこの日が刻まれます。諸君が東北大学で学んだことを大きな誇りとして、高い志をもって不断の努力を惜しむことなく、人生を最高に旅することを心より祈念し、はなむけの言葉といたします。
平成23年3月25日
東北大学総長 井上 明久