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令和2年9月東北大学学位記授与式告辞

【はじめに】
 このたび、晴れて学士の学位を授与された70名の皆さん、修士の学位を授与された165名の皆さん、専門職の学位を授与された27名の皆さん、そして博士の学位を授与された185名の皆さん、おめでとうございます。東北大学を代表して、心よりお祝いを申し上げます。
 また、この間、皆さんが本日を迎えることを心待ちにし、支援をしてくださったご両親、ご家族、関係者の皆様に、心よりお慶びを申し上げます。
 日本を含め世界44カ国・地域から本学の門を叩いた皆さんは、今年に入り新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界に衝撃を与える中、大きな困難を乗り越えて、本日の学位記授与式に臨むことになりました。その努力に改めて敬意を表すると共に、ここに、国際色豊かで、多彩なバックグラウンドをもつ皆さんを本学から送り出すことができることをたいへん嬉しく思います。
 本日は、感染症拡大が継続する現状に鑑み、卒業生・修了生ならびに関係各位の安全安心に配慮し、代表者のみの臨席のもとで学位記授与式を挙行し、インターネットによる映像配信を行うことといたしました。

【パンデミックとデータの世紀】
 さて、21世紀はデータの世紀です。本学は新入生全員を対象として、現代のリテラシであるAI・数理・データ科学(AIMD)教育を開始しました。奇しくもそれと同じタイミングで、私たちは、データの重要性と威力を、世界的な感染症拡大、パンデミックへの対応の過程において切実に感じることになりました。世界保健機関(WHO)も、十分な情報が得られていなかった初期には、ヒトからヒトへの感染の明らかな証拠はないとしていましたし、マスクの有効性についても後になってから認めた経緯があります。世界は日々変化する不完全な情報、データをもとに、一刻も早い対応を迫られる困難に直面し、その困難は現在も継続しています。
 一方、限られた情報やデータしか得られない状況であっても、重要な知見と効果的な対策指針を見出すことができた例もあります。本学医学系研究科の押谷仁教授らは、特定の場所や条件、いま私たちが「三密」と呼んでいる、密閉・密集・密接の状況下で感染拡大の危険性が高まることに着目し、それを避けることで感染が抑制できると提唱しました。その正しさは、現在、広く認められています。
 パンデミックにいつか終わりが来るのは間違いありません。しかしその後のポストコロナの世界は、皆さんが知っていた世界とは確実に異なるでしょう。パンデミックを通して、格差や分断をはじめとする世界的課題が急速に深刻化しています。これまで当たり前のことと考えられてきた社会的な枠組みや秩序が、大きく変わろうとしています。世界各国において、政治的な対立が勢いを増し、国家間の軋轢もかつてないほど深刻化しつつあります。
 それでは、十分な情報やデータがあれば、私たちは課題に対する合理的な解を見出すことができるのでしょうか。今回のパンデミックが改めて教えたことの一つは、情報やデータが同じであっても、人間が下す判断には大きな幅があり、その反応も千差万別であるということです。ソーシャル・メディアの普及をきっかけとして、ついに誰もが世界に対して自由に発信できる時代が到来したと喧伝されました。しかし、その後現れつつあるのは、まさに「人は欲しているものを信じる」というジュリアス・シーザーの言葉(ガリア戦記第3巻18節)の極限とも言うべき、党派的分断の世界ではないでしょうか。いかにデータが正確であったとしても、科学的なものの見方と対話の叡智が欠けていれば、私たちは見たいものしか見ないのです。

【データの世紀の羅針盤 ~ 大変革の世界へ】
 現在、「デジタル・トランスフォーメーション(Digital transformation: DX)」が急速な勢いで進展しています。IoTおよびAIの浸透は人々の生活をあらゆる面で改善する方向に変化させることが期待されています。しかし、テクノロジーの向かう先は、人間の意思に大きく依存していることを忘れてはなりません。
 皆さんはこれから、社会の枠組そのものが急激に変化する世界に漕ぎ出すことになります。そこでは、情報・データから価値ある事実を蒸留し、答えのない不確実な状況に向き合い、それらをもとに判断を下すための深い教養が求められます。皆さんは、東北大学で専門的な教育を受けましたが、その専門性の背景には、広い意味での科学的なものの見方、考え方があります。深い教養を支えるこの「知の基盤」こそ、今後も皆さんが道を探す手がかりとなり、社会にそして世界に貢献するための、データの世紀の羅針盤となるのです。

【東北大学の歴史】
 東北大学は、今から113年前の1907年の建学以来、「杜の都」あるいは「学都」と呼ばれる仙台の地にあって、「研究第一」、「門戸開放」、「実学尊重」の理念のもとに、多くの指導的人材を輩出し、イノベーションを駆動する世界的研究成果を挙げてきました。皆さんの母校は、持続可能な世界の実現に向けて先駆的に行動する世界有数の研究大学です。2011年に発生した東日本大震災からもうすぐ十年を迎えます。これまでに全学を挙げて被災地の復興を後押しし、その教訓をもとに、「防災ISO」国際規格の提案をはじめとして、世界の防災減災に大きく貢献してきました。さらに、2017年には、世界の有力大学と伍していくことを使命とする「指定国立大学法人」の最初の三校に選ばれました。これも、長年にわたる教育研究の成果に裏打ちされてこそ、実現したものです。
 皆さんは、今日からその系譜に名を連ねることになります。これまで研鑽を積んで来られた皆さんは、変わり続ける世界に進み出て、その変化をリードする準備ができています。自分こそ新たな未来の担い手であることを胸に刻んでください。

【萩友会、世界ネットワーク】
 これから皆さんは、世界中の人々と協働して新たな社会を創っていくことになります。そのとき、東北大学コミュニティの一員であることが、皆さんにとって大きな力となるでしょう。全学同窓会である「東北大学萩友会」のもとには、国内外に多数の同窓会があります。そのネットワークを大いに活用し、世界により良い変化をもたらし、皆さん自身も豊かな時間を過ごしてください。今後、世界に広がる同窓会ネットワークを一層強化したいと計画しています。そこでまた、皆さんとお会いできる日を、心から楽しみにしております。

ここで、日本語を母国語としない卒業生、修了生のために、英語でお祝いの言葉を述べます。

Since we also have many non-Japanese speaking members, I want to take this opportunity to address our international students and congratulate them on their successful graduation.

Because your safety is of utmost importance to us, we decided to hold this closed-door event with only a few student representatives instead of the usual ceremony. Although the COVID-19 pandemic created serious and complicated conditions, all of you were able to overcome the difficulties and conclude your studies, which in and of itself is a remarkable accomplishment.
 The current circumstances also show the challenges of the modern world.
 It is said that the twenty-first century is the century of data. But data alone does not lead to appropriate decisions or a competent judgement. More and more frequently data is being distorted and misused to fit individual or political agendas.
 As Julius Caesar wrote in Commentaries on the Gallic War, "Men willingly believe what they wish to be true." The best data in the world is worthless if you do not possess the ability to deduce the right, logical conclusions, even if they do not fit your personal opinion.

During your time here at Tohoku University, you have obtained not only a more fundamental understanding of the world, but also means to distill information and knowledge from given data, expand your intellectual horizon and provide wisdom and a voice of reason for the benefit of others.
  I would like to encourage you to continue your activities as valued member of our university, since there are never enough voices of reason.

Also, please keep in mind that the bond you formed over the years with other members of our university does not dissolve today. We have a global alumni network managed by our alumni association 'Shuyukai' where you can connect with your alma mater and be informed about the most recent advancements of Tohoku University.
 "Social distancing" might be a popular catchphrase nowadays, but distancing does not mean isolation. It means having thoughtful interactions as a socially responsible member of the community.
 We are still here as friends and family to help each other and you are always welcome.

Congratulations on your graduation, all the best for your future, stay safe and see you again.

あらためて、本日は誠におめでとうございます。
 皆さんが今後、世界に向けて大きく飛躍することを心から期待して、私の式辞といたします。

2020年(令和2年)年9月25日


東北大学総長

大野 英男

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