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オンライン生成不安定原子核の電子散乱に初めて成功 -SCRIT法を人工生成した不安定核に適応-

【本学研究者情報】

〇電子光理学研究センター 教授 須田利美
研究室ウェブサイト

【概要】

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター実験装置開発部の大西哲哉部長、京都大学化学研究所の若杉昌徳教授、立教大学理学部物理学科の栗田和好教授、東北大学電子光理学研究センターの須田利美教授らの共同研究グループは、不安定原子核(不安定核)の静止標的を用いた「スクリット法(SCRIT法)[1]」による高エネルギー電子散乱実験[2]に初めて成功し、不安定核の陽子分布[3]が直接決定できることを実証しました。

本研究成果は、理研仁科加速器科学研究センターにおける重要なプロジェクトの一つで、新しい原子核モデルの構築につながるものと期待できます。

不安定核の陽子分布は、構成する陽子の波動関数[4]が重ね合わさったものであり、不安定核の特異な内部構造を反映する重要な物理量です。この分布を直接観測できる電子散乱実験が長い間待ち望まれてきました。従来の電子散乱の手法では、1020個もの不安定核を使った静止標的が必要だったことから、共同研究グループはSCRIT法を開発し、2017年に微少量(107~108個)の原子核による電子散乱実験が可能なことを実証しました。

今回、共同研究グループは不安定核をほぼ100%パルスビームに変換する技術を開発し、SCRIT法により不安定核静止標的を実現し、不安定核の電子散乱実験を成功させました。本実験では、電子ビームをウラン標的に照射して生成した約107個の不安定核セシウム-137(137Cs:陽子数55、中性子数82)を電子蓄積リングSR2[5]内のSCRIT装置[1]に入射しました。入射不安定核はSCRIT法により浮遊静止標的として働き、約200~300mAの周回電子ビームを使って電子散乱事象を起こしました。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(8月30日付)に掲載されました。

今回の実験手法のイメージ図

【用語解説】

[1] スクリット法(SCRIT法)、SCRIT装置
SCRIT(Self-Confining RI Ion Target)法は、電子ビームを用いた新しい標的作製手法であり、SCRIT装置は、SCRIT法を用いた標的トラップ装置である。細く絞られた高エネルギー電子ビームは負の電荷の流れである一方、標的となるイオンは正の電荷を持っている。従って、電子ビームのそばに標的イオンを近づければ、イオンが電子ビーム流の中に引き込まれる。引き込まれた標的イオンは逃げることができずに、電子ビームの通り道に集中して浮遊した状態となる。この浮遊イオンがそのまま電子散乱の標的として働くので、自動的に電子散乱事象が起きる。電子ビームはできるだけ大きな電流の方が良いので、電子蓄積リングを使用する。ただし、トラップされたイオンが電子ビームの飛行方向に拡散しないよう、ビーム方向に静電バリア電圧を掛けておく。SCRIT装置とは、このバリア電圧を形成するために、電子蓄積リング内に設置した電極システムのことを指す。

[2] 高エネルギー電子散乱実験
物質の性質を調べるには、物質に対して刺激を与え、その応答を観察するのが一般的である。その一つとして、電子ビームをプローブとして物質に衝突させ、散乱した電子を観測する手法を、電子散乱と呼ぶ。対象とする物質の大きさに応じて、電子ビームのエネルギーを最適化する必要があり、原子核のような極微小な物体を観測する際は、100メガ電子ボルト(MeV)以上のエネルギーが使われる。このような高いエネルギーの電子ビームを使う散乱実験を、高エネルギー電子散乱実験と呼ぶ。

[3] 不安定核の陽子分布
原子核は陽子と中性子から構成されており、個々の粒子の波動関数の重ね合わせとして、原子核の密度分布が得られる。平均的な陽子および中性子の密度分布は、中心部から表面にかけて一定であり(原子核密度の飽和性)、表面付近で急激に小さくなっている。不安定核ではこのような飽和性が一部崩れており、大きく外側に染み出していたり、中央部の密度が従来の原子核と異なっているなどの理論的予測がなされている。そこで、密度分布を精密に調べることが重要である。電子散乱は、電荷を持つ陽子の密度分布を詳細に調べることができ、不安定核研究では、長年待望されてきた実験である。

[4] 波動関数
量子力学において、ある状態の確率を示すもの。ここでは、粒子がある位置に存在する確率を示す。原子核を構成する粒子の波動関数を重ね合わせることで、原子核内部における全粒子の分布を示したものとなり、原子核の形を反映するものになる。

[5] 電子蓄積リングSR2
電子蓄積リングは、リング状の真空チューブの中を電子ビームが高速で周回するもので、加速器としても、トラップ装置としても働く装置である。電子蓄積リングでは、1秒間に1,000万周回するため、少数の電子が蓄積しても大電流が得やすく、維持するエネルギーは小さくて済むという利点がある。SR2はSCRIT-equipped RIKEN Storage Ring の略。

詳細(プレスリリース本文)PDF

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学 電子光理学研究センター
教授 須田 利美 (すだ としみ)
TEL:022-743-3420
E-mail:toshimi.suda.d4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
TEL: 022-795-6708
E-mail:sci-pr*mail.sci.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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