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【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.003 ミルクが教える免疫の不思議ー母乳の潜在力に迫るー

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

農学研究科 野地 智法 准教授

農学研究科 野地 智法(のち とものり)准教授

牛乳あるいは乳製品を毎日口にしている人は多いことでしょう。あたりまえの話ですが、牛乳は牛のミルクです。しかし、牛乳が実際に生産されている酪農の現場についてはあまり知られていないのではないでしょうか。

乳牛がミルクを作るのは、もともとは子牛のためです。子牛を産まなければ、搾乳すらできません。そこで牛乳生産者は、できるだけ効率よく牛乳を生産するための計画を立てます。一般的なのは、1回の出産で10か月間の搾乳を行い、その後2か月間の休養をはさんで再び搾乳を開始するというスケジュールです。乳牛の繁殖は人工授精によって管理されているので、このスケジュールに合わせて人工授精のタイミングを設定します。搾乳中も妊娠は可能で牛の妊娠期間は280日なので、分娩後しばらくしてから人工授精を行うことになります。乳牛の潜在能力としては、この搾乳ローテーションを1頭につき5~7回(あるいはそれ以上)繰り返せるはずなのですが、実際には、平均すると2~3回しか繰り返せないというのが実状です(つまり2、3回の出産しかさせられない)。その最大の原因は、乳牛が乳房炎と呼ばれる疾病を発症するためです。乳房炎を発症した乳牛は、経済的な理由から淘汰(処分)せざるをえなくなるのです。

乳牛の乳房炎は、乳房内に病原菌が侵入することで引き起こされる感染症です。発症すると治療費もかさむ上に、治療に抗生物質を用いた場合、ミルクの出荷がその後しばらくできなくなり、さらなる経済損失が生じます。乳房炎に伴う経済損失は、日本全体で年間800億円ともされており、牛乳生産者にとっては深刻な問題です。この乳房炎をめぐる問題は、日本のみならず、世界の酪農現場で多発しています。野地さんは、専門である免疫学からのアプローチにより、乳房炎を予防する研究に取り組んでいます。

見えてきた母乳の潜在力

私たちの体には、体内に侵入した病原体などの異物を見つけて排除するための免疫システムがあります。異物(抗原)の存在を検知すると、それと特異的に戦って無力化する抗体という物質を作るのです。基本的には、いったん獲得された免疫の記憶は保存されるため、同一の異物が侵入した際には、それを排除する態勢が速やかに発動されます。

じつは、分娩後の母体の乳房には、このような抗体を作り出す環境ができあがっているのです。そしてその抗体は、母体の乳房を病原体感染から守るだけでなく、母乳を介して子にも受け渡されます。これにより、免疫がまだ十分に発達していない出生直後の子も病原体への感染から守られることになります。それにしても不思議です。出産後の母親は、ミルクの中に含まれる抗体を、どのようにして作っているのでしょうか。

免疫に関わる細胞は骨の中(骨髄)で誕生します。抗体を作るB細胞と呼ばれる細胞も同じです。それが血管やリンパ管を流れて各所に運ばれ、異物の出現を監視し、見つけしだい、抗体を作ることのできる状態へと活性化するのです。

野地さんの研究グループは、子が母親の乳房を吸う刺激が引き金となり、母体の乳房にB細胞が集まってくることを発見しました。つまり子は、ミルクを飲むという行為を通して、母体内のB細胞を乳房に集結させるための信号を母親に送っているということになります。

しかも、動員される免疫細胞の大半は、遠く離れた腸から招集されていることもわかってきました。腸は、体の各器官のなかで特にたくさんの免疫細胞がいる場所なのです。外界から腸に入ってくる膨大な量と種類の異物の監視にあたるべく、腸には特別な免疫機能が発達していることも知られています。その特別な機能が、授乳期の母親の乳房における免疫機能にも深く関わっているのです。

食と免疫

ミルクを作る乳腺は、妊娠・出産・授乳という生殖サイクルを経て初めて機能します。それには、単にミルクの産生だけでなく、効率的な免疫機能の構築も伴っていることがわかってきました。野地さんたちは、この仕組みを突き止めるべく、モデル動物であるマウスを用いてたくさんの研究を実施してきました。しかしマウスだけでなく、乳腺の機能は哺乳類に特有のものであり、多くのことが、ウシやヒトでも共通していると考えています。ヒトの乳腺に関する研究というと、乳ガンに関する研究はたくさん行われてきたものの、授乳に伴う免疫機能に関する研究は、これまでほとんどなされていませんでした。農学領域で生まれた研究のアイディアが、畜産領域のみならず、医学領域にも新たな視点を提供しつつあるのです。

免疫は、かつては全身機能の一つとして理解されていましたが、腸や乳腺などの粘膜組織に特有の免疫機能が発達していることがわかってきたことで、粘膜免疫学という学問が生まれました。また、近年では、粘膜組織に発達する微生物叢(フローラ)と各種病気との関連性に関する研究も大きな脚光を浴びています。

野地さんの研究は、乳腺に発達する粘膜免疫とそれに関わる微生物との関係性を明らかにする方向に発展しています。免疫学と微生物学の知見を活かし、機能性を有した乳生産を可能にする方法が確立できれば、そのミルクを飲む子だけでなく、母体の健全性を向上させることにも貢献できるはずです。そのほかにも野地さんは、医学領域の産婦人科や小児科の医師とも連携することで、哺乳類特有の生命現象である「哺育の科学」を研究課題として設定し、研究をさらに発展させていきたいと考えています。

野地さんが家畜の研究に興味を持ったきっかけは、農学部1年生の頃に、大学の農場で乳房炎を発症した乳牛をたまたま見たことだったそうです。それ以来、乳房炎を予防するための免疫研究に魅了され、日本とアメリカの医学領域の研究室で免疫学の基礎を学ぶための武者修行を経て、母校に戻ってきました。着任の際、それまでは研究一辺倒で教育経験のなかった野地さんは、東北大学新任教員プログラムに参加し、大学教員としての心得をイロハから学びました。また、東北大学のアカデミックリーダー育成プログラムにも参加し、大学人としての組織運営についても学んできました。今はその恩返しとして、自らが新任教員のメンター役を務めています。

大学は、専門分野も年齢も多様な人材が集まる場所です。野地さんは、そうした多様性を研究にも生かしつつ、食と健康の科学を追求しています。

2017年には、東北大学知のフォーラム「農免疫で切開くフードサイエンスの新しい地平」をオーガナイザーの一人として企画実施した。

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東北大学総務企画部広報室
E-mail:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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