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有機分子で初めてスピン移行に成功 ~分子を利用した集積量子演算への第一歩~

【発表のポイント】

  • 磁石の性質を持つ有機分子に対し、スピントロニクスの主要原理であるスピン移行を起こすことに初めて成功した。
  • スピン移行を用いたトルクにより、磁石の性質を持つ分子を電流で制御できる。
  • 本手法は分子を利用した量子演算の初期化に使える可能性がある。

【概要】

東京大学物性研究所の三輪真嗣准教授は東北大学大学院工学研究科の蒲生寛武大学院生、榎涼斗大学院生(研究当時)、好田誠准教授、新田淳作教授、大阪大学大学院基礎工学研究科の下瀬弘輝大学院生(研究当時)、分子科学研究所の南谷英美准教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の塩足亮隼助教、杉本宜昭准教授、高輝度光科学研究センターの小谷佳範研究員、豊木研太郎博士研究員、中村哲也グループリーダーと共同で、白金から磁石としての性質を持つ分子へのスピン移行(注1)を実証しました。青や緑の顔料であるフタロシアニン(注2)は良質な分子磁性体(注3)としても知られています。本研究グループは白金の表面にフタロシアニンを吸着させた細線がスピンホール磁気抵抗効果(注4)を示すことを見出し、白金から分子へのスピン移行が起きていることを確かめました。

スピン移行はスピントロニクス(注5)研究における要素技術の一つであり、不揮発性メモリMRAMの主要原理として応用されています。本成果は、これまで金属磁石でのみ確認されていたスピン移行を有機分子で実証した初めての例になります。また、スピン移行を用いたトルクにより磁石の性質を持つ分子を電流で制御できることを意味します。この技術は将来の分子を利用した集積量子演算の初期化技術として使える可能性があります。

本研究成果は、2019年12月12日にNano Letters誌に掲載しました。

図1 表面に鉄(II)フタロシアニンを吸着させた白金細線
(a) 鉄(II)フタロシアニン分子の構造。(b) 走査型プローブ顕微鏡(注6)により確認した白金表面に吸着した鉄(II)フタロシアニン。凸一つ一つが鉄(II)フタロシアニンの存在を示しており、白金表面に敷き詰められていることが確認された。(c) 細線デバイスの概念図。(d) X線吸収分光結果と (e) 理論計算結果の*印部分の比較により、鉄(II)フタロシアニンが本構造においてスピンを保持していることが確認できた。

【用語解説】

(注1)スピン移行: ある物質から他の物質へ電子の磁石としての性質であるスピンが受け渡される現象を指します。電子における電荷としての性質の流れを電流と呼び、電子におけるスピンとしての性質の流れをスピン流と呼びます。スピン流から磁石へのスピン移行効果を使うと電流で磁石の磁極を反転させることができます。

(注2)フタロシアニン: 新幹線の車体の青色で有名な有機顔料の一種で、平面・環状の構造を持つ分子です。環の中心に様々な元素を取り込んで安定な錯体を形成することができます。中心元素を置換すると様々な性質を持たせることができるため、基礎研究でも広く用いられています。本研究ではフタロシアニン分子が磁石としての性質を持つことに注目して研究に用いました。

(注3)分子磁性体: 有機分子から構成され、スピン(磁石としての性質)を持つ物質です。

(注4)スピンホール磁気抵抗効果: 磁気抵抗効果とは外部磁場を印加すると物質の電気抵抗が変化する現象の総称です。スピンホール磁気抵抗効果は数々あるスピントロニクス現象の一種であり、異種材料を接合させた系に電流を流した時、異種材料間のスピン移行効果に起因して生じます。

(注5)スピントロニクス: 金属磁石を利用するエレクトロニクス技術。電子が持つ磁石としての性質である「スピン」を電荷とともに利用することで、これまでの技術では実現できなかった新しい機能を持つ電子デバイスの創出を目指しています。代表的な電子デバイスとしては超高密度ハードディスクドライブ用磁気ヘッドや不揮発性磁気メモリMRAMがあります。

(注6)走査型プローブ顕微鏡法: 原子レベルに尖らせた探針を試料表面に1ナノメートル以下の距離になるまで近づけて、探針を試料表面に沿って走査することで表面の形状や電子状態をマッピングする手法です。これにより1ナノメートル以下の分解能で物質表面を観察できます。

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問い合わせ先

東北大学大学院工学研究科
教授 新田 淳作(にった じゅんさく)
TEL:022-795-7315
E-mail:nitta*material.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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