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【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.010 アインシュタイン方程式に魅せられて ―ブラックホールの影に迫る―

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

学際科学フロンティア研究所 當真 賢二 准教授

学際科学フロンティア研究所 當真 賢二(とうま けんじ)准教授

一般の人にとって、ブラックホールと言われても、何でも吸い込んでしまう「真っ暗な穴」というイメージくらいしか思い浮かばないと思います。まして、ブラックホールには大きなものと小さなもの2種類があるなどということは思いもよらないはずです。當真さんは、2019年4月に公表されたブラックホールの撮影に史上初めて成功した研究に参加しました。それは、少年時代に抱いた夢の実現でもありました。

ブラックホールの撮影に成功!

発表されたこのニュースに世界は衝撃を受けました。そうです、それがついに実現したのです。それにしても、ブラックホールは、すべての光を吸い込んでしまう空虚な「穴」のはずです。その撮影はどうやって実現したのでしょう。

撮影されたのは、地球から5500万光年の距離にある、おとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心に位置する巨大なブラックホールです。それを、世界各地にある8台の電波望遠鏡を組み合わせて観察し、ブラックホールの周りでリング状に光り輝くガスのようなものを撮影することで、ブラックホールの「影」をとらえることに成功したのです。この成果は、200人以上の研究チームにより7年の歳月をかけて実現しました。

當真さんは、理論解析チームの一員として参加し、撮影された光のリングが、アインシュタインの予言、シミュレーション結果、予想された質量などと合致するかどうかの検証にあたりました。當真さんが映像を初めて見たのは、論文発表の前年の夏でした。もちろん、関係者以外、他言無用でした。ただし、科学者は、得られたデータを疑ってかかるのが商売です。最初は「ほんとかな」という思いを胸に、理論解析を進めたそうです。その結果、数値的にはほぼ予想どおりということになり、ほぼ間違いないだろうということで発表に至りました。

當真さんによれば、今回の成功は、予想外のことではないが、想像でしかなかった画像が初めて撮れたことが画期的な成果だそうです。

アインシュタインは、1916年に提唱した一般相対性理論において、物質があると周囲の時空が歪むことを示す方程式を発表しました。その方程式は、ブラックホールに存在を予言するものでした。物質の存在で重力が発生し、重力が大きくなると光が曲げられ、最後は時空の歪みの中に吸い込まれる、それがブラックホールだというのです。

宇宙には莫大な数の銀河が存在しています。そのすべての銀河の中心にブラックホールがあります。われらが太陽系が属する銀河の中心にもあります。距離的には近いので大きく見えるはずなのですが、サイズとしては小さめのブラックホールなので変動が激しい上に、銀河の内側から見ることになるため、ガスや塵に妨げられてクリアな映像を得るのは容易ではありません。そこで二番目に大きく「見える」はずの巨大なブラックホールとして目をつけたのが、今回撮影されたものです。

これとは別に、大きなものと比べると100万分の1くらい小さなブラックホールも存在します。大きなブラックホールの成因はわかっていませんが、こちらはほぼわかっています。恒星がエネルギーを使い果たして超新星爆発を起こしてできるとされているのです。

今回の撮影成功では、まだ実現していないことがあります。ブラックホールから噴出されているプラズマ(ブラックホールジェット)の映像が撮れていないのです。これは、中心の解像度だけを上げて撮影したためで、今後、観察する望遠鏡の数を増やして広い範囲の解像度を上げることでジェットをとらえる計画だそうです。

すべてを吸い込んでしまうブラックホールからジェットが噴出されるというのも不思議な話です。これは、磁場をもって回転するブラックホールが電池のような作用を及ぼすことで、電子と陽子からなるプラズマという形でエネルギーが放出されているというのが、當真さんを含め、多くの宇宙物理学者の予想です。

當真さんのもともとの専門は、ガンマ線が閃光のように放出される天体現象のガンマ線バーストに関する理論的研究です。ガンマ線バーストはブラックホールの生成やブラックホールジェットとも関係があるとされています。

當真さんは、中学生のときに見た科学番組で、一般相対性理論を表すアインシュタイン方程式を見て、こんなにややこしい式があるのかとびっくりし、そういう研究をしたいと思い込むほどすっかり魅せられてしまったそうです。大学生時代に若干の寄り道はしたものの、結果的には一貫してアインシュタインを追いかけ、ブラックホールやジェット噴出の問題に取り組んできました。

学際研究の強み

いうまでもなく、宇宙は広大です。アインシュタインは例外中の例外ですが、研究者一人で太刀打ちできる相手ではありません。ブラックホールの撮影でも、さまざまな分野の200名以上の研究者が参加しました。最初は小さなブラックホールの研究をしていた當真さんが参加したのは、大きなブラックホールの研究者とも常に話し合いながら研究を進めていたからです。

當真さんが属する学際科学フロンティア研究所には、多様な分野の研究者が集っています。また、外から呼ばれてセミナーをする研究者の専門も多彩です。當真さんが2019年5月に発表した論文は、京都大学の素粒子理論物理学者、藤田智弘さんとの雑談がきっかけでした。

藤田さんの関心分野は暗黒物質(ダークマター)でした。宇宙に存在する全エネルギーのうち、電子や陽子など既知の素粒子が占めているのはわずか5%程度で、約25%は目で見えないダークマター、残る70%弱はダークエネルギーだと考えられています。

ダークマターは、光は出さず、重力しか及ぼさない正体不明の物質です。有力な説の1つは、そこら中に降り注いでいるアクシオンという素粒子がダークマターの正体だというものですが、問題はその存在が観測できないことです。

ガンマ線バーストの偏光現象という話をした當真さんに、藤田さんが声をかけ、天体の偏光を用いてアクシオンを探せないかという話に発展したのです。最終的には惑星形成を専門とする東北大学の田崎亮さんもチームに加わり、生まれたばかりの恒星を中心に形成されつつある惑星系である原始惑星系円盤と呼ばれる天体が発する光の偏光パターンにずれがあるかどうかを調べれば、アクシオンの光に対する微弱な作用の有無が判定できる可能性が見えてきたのです。原始惑星系円盤を用いてアクシオンの存在をとらえようという試みは、これまで誰も想像すらしていなかったことでした。しかもこれが、最も強力なアクシオンの探査法であることがわかりました。これも、異分野の知恵を集めた成果です。

ダークマターとダークエネルギーの正体は何かは、天文学の二大問題といわれています。アインシュタイン方程式に喚起された當真さんの好奇心は、さらなる宇宙の大問題へと広がりつつあります。

文責:広報室 特任教授 渡辺政隆

撮影されたM87中心ブラックホールの画像 (Ⓒ EHT Collaboration)

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東北大学総務企画部広報室
E-mail:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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