2020年 | プレスリリース・研究成果
【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.012 日本の技術力を活かすには ―グローバル化と国際経営学―
本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。
経済学研究科 金 熙珍 准教授
経済学研究科 金 熙珍 (キム ヒジン) 准教授
グローバル化が進むと、世界市場は均一化するのでしょうか。80年代のアメリカでは、いずれ世界市場はすべて収れんしていくという主張が主流でした。マクドナルドやコカ・コーラなどに代表されるメイド・イン・アメリカ製品が世界を席巻していた時代だったからです。しかし、その予想はみごとに外れ、国際経営戦略の変更が迫られることになりました。何が起こったのでしょう。
日系企業のジレンマ
一時期、多国籍企業は安い人件費を求め、こぞって新興国の市場に参入しました。ところが90年代後半を迎える頃から潮流が変わりました。新興国市場の経済成長に伴い、新規需要をめぐる競争が激しくなったのです。
企業が海外展開を決めると、その瞬間からさまざまな問題に直面します。その問題を取り扱うのが、国際経営学です。金さんは、海外に進出した日系企業・韓国企業ををアジアの約10カ国で調査してきました。
当初、日系企業は、中国やインドといった巨大新興国市場への進出に際して、国内販売では型落ちとなった高品質のハイエンド製品を、現地の富裕層相手に売り込む戦略をとっていました。しかしその戦略は、アジアの新興国が順調に経済発展する中で、ボリュームゾーンと呼ばれる中間所得者層が台頭してきたことで狂いを生じました。世界中の多国籍企業が参入して激しい競争を繰り広げる中で、ボリュームゾーンの需要への食い込みで後れをとることになってしまったというのです。
金さんは、祖国韓国の大学生時代、バックパックを背負ってインドやエジプト、アジアの国々を旅していました。様々な異文化の町を歩き回りながら、人々の生活習慣や価値の違いを発見することを楽しんでいたといいます。学部ではデュアルディグリーで英文学と国際学を専攻した金さんは、アジアにおける多国籍企業(2ヵ国上で事業展開を行っている企業)の戦略、なかでも特に日本企業に興味をもったことから、東京大学大学院で国際経営学を学ぶことにしました。
経営学を本格的に学んだことで見えてきたのは、日系企業の戦略が、一般的に現地のニーズ把握とスピード感に欠けていたことです。従来の日本企業は、欧米市場を主なターゲットに、より高い技術と品質の標準製品を世界市場に展開しながら成長してきました。そのせいで、顧客のニーズ、品質やコスト感覚などが先進国市場とは大きく異なる新興国市場への迅速な対応が容易ではありませんでした。一方、インドに進出した韓国系企業、中国系企業は、後発企業である弱みを克服するために現地のニーズに合った製品開発に力を入れていました。それにより、ボリュームゾーンとその予備軍の需要を満たす仕組みづくりに成功し、良い成果を出せました。たとえば、韓国のLG電子がインドの伝統衣装が洗える洗濯機、インド料理の調理に最適化した電子レンジ、インド人が大好きなクリケットのゲーム搭載のテレビなどを次々と市場投入することで、市場シェア1位の座に上り詰めたのは有名な話です。
日頃からそうした製品を愛用していればメーカーへの愛着も湧きます。ハイエンドな製品を買う余裕が出たときも、同じメーカーの製品を買う気になるのが自然です。待っていれば、いずれあこがれの日本製品を買ってもらえるという日系企業の期待は裏切られました。いいものを作っていれば売れるという神話が崩れたのです。その結果、多くの日本企業が戦略の見直しを迫られました。
先進国の国内需要は、買い替えが主で、全体的には縮小しています。したがってグローバル企業にとって、新興国の大きな市場に食い込めるかどうかが切実な問題です。その際、技術力がいくら高くても、現地のニーズに合った製品でなければ売れません。技術を人間と社会につなげられる商品を開発してこそ、価値が生まれるのです。
たとえば、日本企業の成功例として有名な話があるそうです。中国で洗濯機の売れ行きがはかばかしくなかったパナソニックは、一計を案じ、中国人スタッフ20名ほどからなる生活研究所を現地に設立し、対面の市場調査を行ったといいます。その結果わかったのは、中国の多くの家庭では、下着は手洗いしていたという事実でした。その理由は、肌身につける下着は、PM2.5などの大気汚染で汚れた上着などといっしょには洗いたくないからというものだったそうです。そこでパナソニックは、現地の大学と殺菌機能付きの洗濯機を共同開発し、売り上げ向上に成功したというのです。
現在、新興国に進出している多国籍企業は、現地の文化、言語、ニーズを理解できる現地スタッフやエンジニアを積極的に採用するようになっています。ただし、本社が培ってきた技術や経営のノウハウと現地市場のニーズをつなげるうえでは、さまざまな組織的な課題が生じてきます。金さんは、そうした局面で日系企業や韓国企業が抱える諸問題と解決方法の研究に取り組んできました。
具体的には、本社と海外拠点間における知識移転の促進・疎外要因、知識移転のカギとなる現地スタッフの採用・教育を含む人材マネージメントといった問題です。最近は、多国籍企業における言語の問題も扱っています。例えば、海外拠点の場合、主要言語を日本語にするのか英語にするのか現地語にするのかで、組織間の知識移転のあり方が変わってくるからです。
日本のものづくり企業を応援したい
調査研究を進めるうえで、多くの日本企業が協力要請に応じてくれています。日本の経営学は、日系企業から積極的な協力が得られてきたおかげで発展してきたといってもよいくらいなのだそうです。金さんの調査方法は現場に出向いてのインタビューが主体です。経営の最前線で活躍する方々から生きた経験を共有させてもらうことで、新たな経営現象の把握・分析が可能になります。日本のモノづくりを支えている技術者たちは、インタビューに対して情熱的に語ってくれるので、インタビューする側も、調査に力が入ります。
日本の高い技術力は強みであり、それを今後も海外市場のニーズとうまくつなげていくための戦略が問われています。企業は、そうした要請を満たす人材を求めているそうです。金さんは、学生にもそのようなグローバル化の新たな展開と企業戦略に興味を持ってもらいたくて、講義やゼミの内容を工夫しているそうです。たとえば、学部ゼミの合宿では台湾、韓国、中国、タイ、香港などで活躍する日本企業を訪問してきました。また、全国から約30ゼミが参加する論文大会「IB(International Business)インカレ」に毎年参加し、国際経営の研究活動を他大学の学生と競わせています。
昨年までは、夏休みは海外調査に出ていた金さんですが、コロナのせいで今年はそうもいきませんでした。しかし、仙台での暮らしが大好きなので前向きに考えるようにしているそうです。
文責:広報室 特任教授 渡辺政隆
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東北大学総務企画部広報室
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