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世界初の核の自転を利用した熱発電-熱エネルギー利用技術・スピントロニクスに新たな可能性-

【本学研究者情報】

〇材料科学高等研究所 教授 齊藤英治
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 原子核の自転運動である「核スピン(注1)」を利用した熱発電を世界で初めて実証した
  • 200年もの長い間、電子技術に限られていた熱発電に原子核スピンの概念が加わり、これにより絶対零度(−273.15 ℃、注2)に迫る超低温まで応用可能な新しい熱電変換分野の扉が開かれた
  • 磁気共鳴イメージング(MRI)の根幹要素として利用されてきた核スピンが、単なる分析のためのツールではなく、"電気や電流の生成源としての機能をもつ"という新しいパラダイムが生まれた

【概要】

東京大学大学院工学系研究科の吉川貴史 助教、東京大学大学院工学系研究科/東北大学材料科学高等研究所の齊藤英治 教授らを中心とする研究グループは、東京大学大学院総合文化研究科の塩見雄毅 准教授、東北大学材料科学高等研究所の高橋三郎 学術研究員、岩手大学理工学部物理・材料理工学科の大柳洸一 助教らと共同で、原子核の自転運動である「核スピン(注1)」を利用した新しい熱発電を実証しました。

環境の温度差が電気を作り出す現象のことを熱電変換現象と呼びます。熱電変換現象の歴史は古く、1821年のゼーベック効果(図1)の発見以降、200年にわたって世界中で盛んに研究が行われてきました。熱電変換現象を利用すれば、排熱から電気エネルギーを創出する熱発電が可能であり、次世代のクリーンエネルギー技術の基盤要素として注目されています。これまで本現象はパワーデバイス、熱センサー、冷却技術等へ応用されてきましたが、その発現原理は全て物質中の電子が担ってきました。しかしながら、電子に基づく熱電変換は、低温域で電子の動きが凍結することによって、その効率が劇的に抑制されてしまいます(図1)。この問題ゆえに、熱電変換デバイスの適用範囲は高温域(典型的には室温以上)に制限されてきました。

今回、吉川助教らは、物質中の原子核がもつ自転の性質である「核スピン」を利用した新しい熱電変換現象を実証しました。核スピンは、電子の動きが完全に凍結する絶対零度(−273.15 ℃、注2)付近の超低温域でも、電子に比べて極めて小さなエネルギーで熱揺らぎをしています(図1)。この熱揺らぎをスピントロニクス(注3)技術を利用することで電力に変換することに成功しました。この発見により、200年間、電子制御に限られていた熱電変換に原子核スピンの概念が加わり、絶対零度に迫る超低温まで応用可能な新しい熱電変換分野の扉が開かれました。

本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」に2021年7月16日(英国時間)に掲載されました。

図1 熱電変換現象とその高温域・超低温域での振る舞いの模式図
最も代表的な熱電変換現象であるゼーベック効果は、金属や半導体に温度差を与えると、温度の勾配に沿って電流(電圧)が発生する現象である。一方でスピンゼーベック効果は、磁石に温度勾配を付けると、磁石内部の電子スピンの揺らぎが隣り合うスピンに伝わることで、スピン流(磁気の流れ)が生じる現象である。このスピン流が生じている場所に、金属を取り付けると、金属中にスピン流が流れ込み、最終的には、逆スピンホール効果によって電圧に変換されるため、スピン流を利用した熱電変換を実現する。しかしながら、絶対零度(注2)に迫る低温域では、ゼーベック効果の場合は電流を駆動するキャリアが凍結することで信号が消失し、電子スピンゼーベック効果の場合はスピン流を駆動するスピンの揺らぎが凍結することで信号が消失してしまう。一方、本研究で着目した核スピンIは、物質の原子を構成する原子核がもつスピンであり、電子系に比べて極めて低いエネルギーで揺らぐことが可能である。今回の研究により、この核スピンの熱揺らぎ(エントロピー)をスピン流として取り出し、最終的には電圧へ変換する現象-核スピンゼーベック効果-が見出された。

【用語解説】

(注1)スピン(核スピン、電子スピン)
原子を構成している電子や原子核が有する自転のような性質。スピンの状態には上向きと下向きという2つの状態がある。電子スピンの向きが全て同じ方向に揃う(=スピンが偏極する)と、物質は磁石の性質を示す。原子核のもつスピンである核スピンは、エントロピー(揺らぎ)が大きく、スピンの偏極率(偏極の度合い)が小さいため、物質の磁石としての性質には寄与しない。一方で、その低エネルギー性、長いコヒーレンス特性に基づいて、医療現場などで使われる核磁気共鳴画像(MRI)法の根幹要素になっている。

(注2)絶対温度、絶対零度、摂氏
分子や原子の運動が理論上完全に凍結する温度を絶対零度(0 K、ゼロケルビン)と呼び、摂氏(セルシウス温度)に換算すると-273.15 ℃である。絶対温度T (K)と摂氏t (℃)の関係は、T (K) = t (℃) + 273.15で与えられる。

(注3)スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(磁気メモリ、トランジスタ、ダイオードなど)を研究開発する分野のこと。

詳細(プレスリリース本文)PDF

問い合わせ先

東北大学 材料科学高等研究所 広報戦略室
Tel:022-217-6146 Fax:022-217-5129
E-mail:aimr-outreach*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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