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最後に残されたβアドレナリン受容体の立体構造を解明 〜副作用の少ないβアドレナリン受容体標的薬の創製に貢献へ〜

【本学研究者情報】

〇大学院薬学研究科 准教授 井上飛鳥
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 重要な薬の標的分子である3種類のβアドレナリン受容体(注1)のうち、構造が未解明だったβ3受容体と過活動膀胱治療薬ミラべグロンとの複合体の立体構造を明らかにしました。
  • β3受容体の薬剤結合ポケットはほかのβアドレナリン受容体よりも狭く、ミラべグロンは狭いポケットにはまり込むことでβ3受容体選択的に結合できることがわかました。
  • 本研究によって全てのβアドレナリン受容体の立体構造が可視化されたことにより、副作用の少ないβアドレナリン受容体標的薬の開発が加速すると考えらえます。

【概要】

アドレナリンは、Gタンパク質共役受容体 (GPCR) (注2)であるβアドレナリン受容体を活性化することで交感神経を刺激して、心拍数や血圧を上昇させます。βアドレナリン受容体にはβ1-3の3種類が存在しており、β1やβ2を標的とした薬剤は心臓病や喘息の代表的な薬になっています。一方、β3受容体は、脂肪細胞に多く発現しており熱産生や脂肪分解を担っています。β3受容体の遺伝子の多型は基礎代謝を下げ太りやすくなるため、倹約遺伝子(注3)として知られています。また、β3受容体は膀胱の平滑筋弛緩に関与しており、β3受容体選択的刺激薬であるミラベグロン(製品名ベニダス)が過活動膀胱(注4)の治療薬になっています。β1-3受容体は異なる生理作用を示すため、薬剤の各受容体への選択性が副作用の低減に重要です。これまでβ1やβ2受容体の研究は進んでおり、原子レベルの構造もたくさん解明されて、薬の作用機序がわかっていました。しかし、β3受容体の立体構造だけは未解明であり、β受容体刺激薬の選択性への理解は限られたものでした。

今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木教授らのグループは、東北大学大学院薬学研究科の井上飛鳥准教授と共同研究のもと、クライオ電子顕微鏡(注5)を用いた単粒子解析によって過活動膀胱治療薬ミラべグロンが結合した β3受容体の立体構造を決定しました。構造中では、ミラベグロンは細長い形をしており、β3受容体の薬剤結合ポケットの中に垂直に収まっており、ミラべグロンとβ3受容体の相互作用の詳細を可視化しました。β3受容体の薬剤結合ポケットの入口はβ1やβ2受容体と比べて狭く、ポケット全体が直線的な形であることがわかりました。こうしたポケットの形の違いが、ミラべグロンのβ3受容体選択性に重要であることを明らかにしました。全てのβアドレナリン受容体の立体構造が明らかになったことで、各受容体への選択性をより高めた、副作用の少ないβアドレナリン受容体標的薬の創製が期待されます。

本研究成果は、日本時間2021年7月27日に米国科学雑誌「Molecular Cell」に掲載されました。

図1:β3受容体の代表的な機能

【用語解説】

(注1)アドレナリン受容体
主に心筋や平滑筋に存在し、脳や脂肪細胞にもある。アドレナリン受容体は現在α1、α2、βの3種類と、更に3つずつのサブタイプに分類されている。

(注2)Gタンパク質共役受容体(GPCR)
細胞膜に存在する代表的な受容体タンパク質であり、細胞外部分でシグナル分子と結合すると、細胞内部分の構造が変わり、三量体Gタンパク質を活性化する。例えば、β3受容体はGαsとGβ, Gγサブユニットからなる三量体Gタンパク質と結合し活性化させることで、GαsはGβ Gγに解離して下流の効果器へと作用し、二次メッセンジャーであるcAMPの産生を引き起こす。ヒトではおよそ800種類のGPCRが存在しており、さまざまな生命現象に関わっていることから、重要な薬剤ターゲットとなっている。

(注3)倹約遺伝子
人類が飢餓と戦ってきた中で生まれてきた、エネルギーを効率よく脂肪に蓄えるための遺伝子変異。倹約遺伝子を持っている人は、持っていない人に比べて日常生活で使うエネルギーが少ないために、飢餓の時代でも生き残ることができ、生存に有利だった。しかし、飽食と運動不足が慢性化している現代社会では、脂肪がつきやすく肥満や糖尿病のリスク因子である。40種類存在している中で、β3受容体の変異はもっとも代表的な倹約遺伝子であり、遺伝子検査の判断に基準にもなっている。人種間で倹約型変異の比率が大きく異なり、肥満や糖尿病のリスクが相関している。言うまでもないが、遺伝的背景だけではなく、肥満や糖尿病には生活習慣が大きなリスクである。

(注4)過活動膀胱
過活動膀胱は、尿が十分たまっていなくても膀胱が自分の意思とは無関係に収縮する病気である。排尿トラブルの1つであり、頻尿や尿意切迫感といった症状が表れる。発症メカニズムの詳しいメカニズムはわかってないが、神経を通じた脳と尿道、膀胱の筋肉のやりとりが上手くいかなくなることが原因と考えられている、高齢になるほど増加し、過活動膀胱の患者は日本で800万人といわれている。

(注5)クライオ電子顕微鏡
液体窒素(-196℃)冷却下でタンパク質などの生体分子に対して電子線を照射し、試料の観察を行うための装置。タンパク質の立体構造を高分解能で決定する手法として、検出器などにおいて目覚ましい技術革新を遂げており、2017年に、その開発に貢献した海外の研究者三名にノーベル化学賞が贈られた 。

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問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院薬学研究科分子細胞生化学分野
准教授 井上 飛鳥(いのうえ あすか)
TEL:022-795-6861 
E-mail:iaska*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院薬学研究科・薬学部 総務係
TEL:022-795-6801  
E-mail:ph-som*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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