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次世代半導体のための新たな価電子制御法のデザイン〜EX-doping法:母体物質に依存しない汎用的で一般的な価電子制御法の提案〜

【本学研究者情報】

〇電気通信研究所 助教 新屋ひかり
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 第一原理計算※1を用いた計算機シミュレーションによって、超ワイドバンドギャップ半導体※2 における、磁性元素を用いた新しい価電子制御※3法を提案しました。
  • 半導体素子はp型とn型の二種類の電気的性質をもつ試料を組み合わせて作製されます。しかし、高出力半導体デバイスやスピントロニクス※4応用に用いられる超ワイドバンドギャップ半導体の多くは、その単極性※5(p型とn型のうちの一方の作製が難しい性質)を有します。このため、III-V族窒化物半導体では、低抵抗p型試料作製が困難でした。
  • 〈原理の概要〉p型半導体では価電子帯トップの正孔が電気伝導に寄与します。極端に大きなバンドギャップを持つ物質では結晶の安定性のため価電子帯に正孔を導入すると大きなエネルギーの上昇があり、困難でした。そこで、価電子帯のトップに正孔をドープ※6することにより、結晶の共有結合性を強化しました。また、安定状態を作り出す磁性元素をドープすることで、価電子帯の電子を引き抜くことが可能になります。
  • 〈原理の詳細〉Fe,Co,Ni,Mnなどの3d遷移金属磁性元素やEu, Gd, Tbなどの4f希土類磁性元素をワイドギャップ半導体や超ワイドバンドギャップ半導体にドープすることで、磁性元素のもつ多体的な交換相関相互作用※7による大きなスピンの交換分裂によるエネルギーが利得されます。さらに、母体半導体と磁性元素との強い共有結合によるエネルギーも同時に利得されます。これらを併用することにより、母体半導体の広がった価電子帯や伝導帯に正孔や電子を容易にドープすることが可能となり、低抵抗p型化や低抵抗n型化が実現されます。
  • 今回の新たな価電子制御法は、窒化物半導体(AlN, GaN, BN, ...)に限らず、価電子制御が難しい他の超ワイドバンドギャップ半導体、例えば酸化物(SrTiO3, TiO2, Ga2O3,Al2O3, ZnO,MgO,...)や炭素系物質(ダイヤモンドやSiC, ...)のドーピングにおける単極性にも解決の目処を与えるものと思われます。

【概要】

大阪大学大学院基礎工学研究科・スピントロニクス学術連携研究教育センターの真砂啓・特任准教授(常勤)の参加する大阪大学、東北大学、東京大学を拠点としたネットワーク型ラボ研究グループでは、第一原理計算手法を用い、単極性のため低抵抗p型化が難しかったワイドバンドギャップ半導体を低抵抗p型化するための磁性元素を用いた新しい価電子制御法を提案しました。本価電子制御法は、母体化合物に依存しない一般的で、汎用的なものであることから、ワイドバンドギャップを持つ窒化物に限らず、価電子制御が難しい超ワイドバンドギャップをもつ酸化物や炭化物などでのドーピングによる価電子制御における単極性の問題を一般的に解決することができると期待されます。

本研究成果は、応用物理学会欧文誌「Applied Physics Express」に、8月24日(火)18時(日本時間)に公開されました。

図:状態密度による解釈。結晶に広がったN-2p軌道と局在した4f (3d)軌道との強い共有結合性によるp-f (p-d)混成のため、エネルギーの深い位置に局在した4f (3d)電子を主成分とする結合状態(N-2p成分は少ない)が出現し、閉殻構造(4f7や3d5)に近い電子状態をとる。一方、p-f (p-d)混成による広がったN-2p軌道を主成分とする反結合状態が価電子帯上端(VBM)に出現する。 電荷中性を保つため、正孔(h+)が主として広がったN-2pを主成分(4fや3d成分は少ない)とする不純物バンドにドープされるため、4f6 ⇒ 4f7+ h+@VBM、および 3d4 ⇒ 3d5+ h+@VBM、の電子状態が実現される。

【用語解説】

※1 第一原理計算: 第一原理計算は、最も基本的な原理に基づく計算という意味で、その基本原理は開発を行う研究現場で様々に解釈されています。一般的には、実験値や観測値を必要としないように理論体系を組み立てた計算手法です。そのため、既知物質に対する物性の評価だけでなく、未知物質に対する物性の評価も可能です。このような特長は新奇物質設計に大きな役割を果たします。一方で、計算量が膨大となるため、数百を越える原子の集団を扱う計算は、一般的に実行困難です。近年では、これを可能とするため、「京」や「富岳」などの大きな計算能力を持つ大型計算機の開発にも力が注がれています。

※2 超ワイドバンドギャップ半導体: 電子や正孔が価電子帯から伝導電子帯へ遷移するために必要なエネルギーをバンドギャップと呼びます。現在のエレクトロニクスを支えるシリコンは、1.1 eV(エレクトロンボルト)のバンドギャップを持ちますが、窒化ガリウムは3.4 eVのバンドギャップを持ちます。このようにバンドギャップの大きい半導体をワイドバンドギャップ半導体と呼びます。さらにAlNは、6.2 eVものバンドギャップを持ち、ワイドバンドギャップ半導体とも区別して、超ワイドバンドギャップ半導体と呼ばれることがあります。このように大きなバンドギャップを持つ半導体は、絶縁破壊等の悪影響が少なく、大きな電力を扱う半導体素子の材料として期待が集まっています。

※3 価電子制御: 素子として利用される半導体には、電荷を運ぶキャリアとして自由電子が使われるn型半導体と、正孔が使われるp型半導体の二種類があります。これらn型半導体とp型半導体を組み合わせることで、半導体素子としての機能(主にスイッチのオン・オフ)が発揮されます。そのためn型やp型の半導体を設計通りに作製することが求められますが、これを価電子制御と呼びます。一般的に、n型やp型の半導体を作製するには、純度の高い半導体結晶に不純物をわずかに添加(ドープ)することで行われます。

※4 スピントロニクス: 電子は「電荷」とともに自転の角運動量に相当する「スピン」を持っています。スピントロニクス (Spintronics)とは、「電荷」と「スピン」の両方を活用して、新しい機能をもつ物質や材料の設計、デバイス、エレクトロニクス、情報処理技術などに応用しようとする分野です。

※5 単極性: シリコンやゲルマニウムのようなバンドギャップの小さい半導体はアクセプターやドナー不純物をドープすることによりp型やn型の半導体が容易に実現できます。しかし、バンドギャップが極端に大きい超ワイドバンドギャップ半導体では、p型、n型によって、大きく電子の化学ポテンシャルが変化するため、系のエネルギーがp型、もしくは、n型で大きく上昇し、熱平衡状態から大きくずれるため、ルシャトリエの法則により、自己補償効果が生じて電子の化学ポテンシャルを元に戻そうとする熱力学的な補償効果(p型[n型]ドーパントの場合は、n型[p型]の不純物を結晶成長中に自らつくりだし、そのドーパントの電荷を自己補償する)が働きます。これを単極性と呼びます。

※6 ドープ: 半導体におけるドープとは、半導体にキャリア(電荷)を持たせるため、高度に精製された純度の高い半導体に、僅かな不純物を添加することを指します。不純物の種類によって、結晶内での振る舞い(キャリアの濃度、結晶内での拡散速度、n型かp型か)が異なるため、その選択は重要です。半導体作製の黎明期では実験室内でのトライアンドエラーでしたが、近年では計算機シミュレーションが発達したため、より多くの不純物種に対して調査することが可能となりました。

※7 交換相関相互作用: 量子力学の基本法則に基づいた電子間の多体的な相互作用を多電子系の波動関数で記述したとき、電子座標を交換し、入れ替えた場合に生じる相互作用を交換相関相互作用と呼びます。交換相互作用は、電子間の磁気的相互作用を表し、各電子の持つスピンを平行や反平行に整列させる源泉となります。スピンを平行に整列させる場合、これを強磁性的相互作用と呼び、スピンを反平行に整列させる場合、反強磁性的相互作用と言います。

詳細(プレスリリース本文)PDF

問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学電気通信研究所
助教 新屋ひかり
電話 022-217-5075
E-mail hikari.shinya.b5*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学電気通信研究所 総務係
電話 022-217-5420
E-mail riec-somu*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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