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J-PARCハドロン実験施設で奇妙な粒子と陽子の散乱現象を精密に測定 原子核を作る力の解明に大きな前進

【本学研究者情報】

〇大学院理学研究科 物理学専攻 准教授 三輪浩司(みわ こうじ)
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • ストレンジクォークを含む「奇妙な粒子」(注1)と呼ばれるシグマ粒子と陽子を直接散乱させることで、粒子間にはたらく「拡張された核力」(注1)を解明する手法を確立
  • 寿命が非常に短く数cmしか飛行しないシグマ粒子と陽子との散乱現象の精密測定に世界で初めて成功
  • 本成果で確立した実験手法を異なる種類の「奇妙な粒子」と陽子との散乱実験に適用しデータを蓄積することで、拡張された核力の解明が大きく進むことが期待される

【概要】

原子核を構成する根源的な力である陽子と中性子との間にはたらく核力は、陽子・中性子の構成要素であるクォークが関わる非常に複雑な力です。特に陽子・中性子が重なり合うような近い距離で大きな反発力が生じる理由は未だに解明されておらず、クォークが重要な役割を果たすとの指摘があります。そのため、ストレンジクォークを含んだハイペロンと、陽子との間にはたらく力を調べることで、核力におけるクォークの役割を明らかに出来ると期待されています。東北大学大学院理学研究科 三輪浩司 准教授らの研究グループは大強度陽子加速器施設J-PARCのハドロン実験施設(注2)で、ハイペロンの一種であるシグマ粒子を大量に生成し、そのシグマ粒子と陽子の散乱の角度分布(注3)を高精度で測定することに世界で初めて成功しました。今後、クォークの構成が異なる様々なハイペロンと陽子との間の散乱データを蓄積することで、拡張された核力の性質が明らかになってくると期待されます。本成果は2021年10月28日(米国時間)にPhysics Review Cでオンライン公開されました。

図1:陽子、中性子およびストレンジクォークを含む奇妙な粒子は、3つのクォークから構成されています(左図)。この3つのクォークの構成の違いで、様々な種類の粒子が存在します。これらの粒子の間の相互作用は、内部に含まれるクォークが相互作用に寄与するため、非常に複雑になります(右図)。特に2つの粒子が重なり合うような近距離での相互作用にはクォークの効果が強く現れます。核力および拡張された核力においてクォークが担う役割を理解するために、クォークの種類を変化させて相互作用がどう変化するかを調べることが重要になります。

【用語解説】

(注1) 奇妙な粒子と拡張された核力
素粒子であるクォークは6種類ありますが、安定に存在するのは質量が最も軽い世代をなすアップクォーク(u)とダウンクォーク(d)の2種類です。図1(左)に示すように陽子と中性子は、このアップクォークとダウンクォークが異なるクォーク構成で束縛された状態です。すなわち、陽子は2つのアップクォークと1つのダウンクォーク(uud)、中性子は1つのアップクォークと2つのダウンクォーク(udd)からなります。この3つのクォークの構成の違いによって、数多くの粒子(バリオンと総称されます)が存在します。その典型例が、三番目に軽いストレンジクォーク(s)を含んだ粒子です。「奇妙な」という名前がクォークについているため、ストレンジクォークを含んだ粒子(特にバリオン)を奇妙な粒子やハイペロンと総称します。今回測定した負電荷を持つシグマ粒子(Σと表記される)は(dds)からなります。正電荷を持つシグマ粒子(Σと表記される)は(uus)であり、ラムダ粒子(Λと表記される)は(uds)からなります。
陽子・中性子(核子と総称される)の間には、パイ中間子を交換することで核力がはたらくと湯川秀樹博士が予言したのが核力研究の始まりでした。現在では、この核力を、ストレンジクォークを含んだ粒子と核子との間にはたらく力にも拡張し、ストレンジクォークを含んだ中間子を交換する描像(拡張された中間子交換模型)や、さらにクォークの間の相互作用も考慮して統一的に相互作用を記述しようとするのが「拡張された核力」の理論です。この拡張された核力の理論は、ハイペロンを原子核の構成要素としたハイパー核や中性子星などの構造を調べるうえで基盤となる重要なものです。

(注2) J-PARCハドロン実験施設
茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCは、世界最高強度の陽子ビームで生成する多彩な2次粒子を用いて、さまざまな素粒子・原子核物理の研究や物質科学・生命科学の研究が行われています。その中にあるハドロン実験施設では、30ギガ電子ボルトの陽子ビームを金の標的に当ててK中間子やパイ中間子などの「ハドロンビーム」を作り、これを用いて原子核や素粒子の研究が行われています。今回のシグマ粒子は、このパイ中間子のビームをもとに作られる3次粒子のビームと言えます。実験の精度を向上させるためには、出来るだけ大量のシグマ粒子を生成することが重要となります。そのためパルス当たり約107個(5.2秒毎に約2秒間ビームがでる)の世界最大強度のパイ中間子ビームを供給することができるハドロン実験施設は、本研究を行う上で最適な実験施設と言えます。

(注3) 散乱の微分断面積
粒子の間に力がはたらくことで、散乱現象が起きます。この散乱の起きる頻度は、単純に考えると粒子どうしが覆う断面積に対応するので、散乱断面積と呼ばれます。特に、散乱断面積の散乱角度による違いは、散乱の微分断面積と呼ばれます。実際には、散乱は、粒子間にはたらく力によって、散乱の頻度(断面積)や角度依存性(微分断面積)が大きく異なります。実験で微分断面積を測定することによって、粒子間にはたらく力を調べることが可能となります。実際に、核子の間にはたらく核力は、加速器で加速された陽子や中性子(中性子は2次的に生成されていました)を、標的となる陽子に照射し、散乱の微分断面積を詳細に測定することによって調べられてきました。ハイペロンと陽子との間でも同様に散乱実験を行うことが重要だと言われていましたが、ハイペロンがすぐに崩壊してしまうという実験的な困難さから、これまで高精度の断面積測定は実現できませんでした。

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問い合わせ先

東北大学大学院理学研究科物理学専攻
三輪 浩司(准教授)(みわ こうじ)
電話:022-795-6448
E-mail:miwa9*lambda.phys.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr*mail.sci.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

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