2022年 | プレスリリース・研究成果
【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.017 メタバースで世界をつなぐ ―VR技術を活用した国際共修授業―
本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。
東北大学高度教養教育・学生支援機構 林 雅子准教授
東北大学高度教養教育・学生支援機構 林 雅子 (はやし まさこ)准教授
新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、大学の授業はオンラインを主とせざるを得なくなりました。オンライン授業にも良いところはありますが、受講生どうしが交流する機会をもちにくいのが難点です。そうした難点を克服すべく、さまざまなツールを活用した授業の工夫が進行中です。
東北大学では、言語や文化の異なる学生がグループワークでの協働学習を通して交流し、相互理解を深めながら、他者の理解、自己の見つめなおし、新しい価値観の創造を体験する国際共修の機会を提供しています。林雅子さんは、全学部の学生を対象に、アニメやマンガを活用しながら、敬語や文化などを学修する国際共修の授業を担当してきました。本来は対面授業が基本ですが、新型コロナ感染症に対する不安から、登校できない学生や、来日できない留学生も多くいます。そこで2021年度から、先端的なツールをフルに活用した授業に挑戦しています。
対面とオンラインのハイブリッド型授業
2020年度は、新型コロナウイルス感染症COVID-19が猛威を振るう中で新学期がスタートし、緊急措置として授業はオンラインになりました。教職員、在校生はもちろん、新入生にとっては戸惑うことばかりだったはずです。大学が実施したアンケート調査でも、1年生では対面授業を望む声が多く上がりました。
そうした状況を踏まえ、林さんは2021年度から協働型のハイフレックス国際共修授業に挑戦しました。ハイフレックス(HyFlex)とはHybrid-Flexibleの略で、対面でもオンラインでもオンデマンドでも参加できる授業形態です。この形態ならば、対面参加したい受講生は教室で、来られない受講生は自宅からオンラインで、同時に授業に参加できます。さらには、海外にいる受講生ともつながることが可能です。
国際共修授業ではグループワークが重要です。ただしオンラインと対面ハイブリッドでのグループ討論には難題があります。オンライン受講者は対面受講者に心理的な壁を感じたり、カメラをオンにしたがらない学生がいるほか、カメラをオフにしての協働学修に精神的負担を感じる学生が混在することになるなどの問題です。
そこで導入したのが、グループ討論用のソーシャルVR(Virtual Reality)プラットフォーム(メタバース)でした。非営利法人Mozillaが提供しているHubsというバーチャル空間を活用し、そこをグループワークの場としたのです。さらに、オンライン利用者やオンデマンド利用者が臨場感を味わえるように、対面授業を行う教室に360度VRカメラを導入して同時・録画配信することにしました。
林さんの工夫はツール面だけではありません。受講者を日本人学生、正規留学生、交換留学生、研究生から、大学コンソーシアムの留学生、海外協定校の学生などにまで広げることで、交流する学生の多様性を増やしています。受講者の多様性とオンラインツールをあわせることで、いうなれば時空を超えることが可能となったのです。
たとえば「大学生活に役立つ敬語・日本語――留学生の視点から日本語を考える」と題された国際共修授業では、日本語学習者にとっての難関といわれる敬語や擬音語・擬態語について、学生自身がグループごとに課題を見つけて調べてHubsにおいて討論し、全体向けに発表します。ラウンドごとに変えるグループ分けでは対面受講者とオンライン受講者を組み合わせるほか、グループ討論のファシリテータも、授業の前半は日本人学生、後半は留学生が務めるようにしているそうです。
それにしても、日本人学生が敬語をテーマにした授業を受けるメリットはあるのでしょうか。もちろん、多様な留学生と共修できるというのが最大のメリットです。しかしそれ以外に、日本人学生にとっても敬語は難関であり、それを自覚することで学習意欲が湧き、学びにつながるのだそうです。
特に難しいのが謙譲語の使い方。謙譲語はⅠとⅡに分類されるということを、日本人学生は国語の授業では学んでいません。自分から相手や第三者に向かう行為について向かう先の人物を立てて述べるのがⅠで、自分の行為を相手に対して丁重に述べるのがⅡにあたるのです。ふだんは無意識に使い分けられているとしても、改めてその理由を問われると答えに窮します。そのような敬語の違い、正しい使い方、違う理由などを学生自身が調べて発表し合うのが授業の第一ラウンドです。
日本語における副詞の特異性
林さんがいちばん関心をもっている研究テーマは副詞です。日本語の副詞は特殊と言われますが、どのように特殊なのかを追究するための実証的な研究です。そのために、スペイン語との対照研究を行っています。かつて林さんは、国際交流基金から日本語教育の専門家としてチリに派遣され、サンティアゴ大学で日本語教育のアドバイザーの任にありました。
スペイン語の辞書を見ると、副詞は1000語程度です。しかもそのうちの900語は、英語でいう「形容詞+ly」という、形容詞由来の副詞です。それに対して日本語では、そういう語はあくまでも形容詞であり、副詞とは呼びません。日本語にはおよそ1000~2000語近くの副詞があるのです。しかも、「せめて」「せっかく」「どうせ」のように、心情的(モダリティ)要素をもつ副詞が多く存在します。日本人学生も、こうしたことは習っていません。
擬音語・擬態語であるオノマトペの数の多さも日本語の特徴です。英語では動詞で表現するところを、日本語はオノマトペを使います。授業の中で、「日本のネコは副詞(ニャー)で鳴き、イギリスのネコは動詞(meow)で鳴く」という言い方がありますが、そのことを学生が自分で調べて来て発表したときはうれしかったそうです。
学生が「方言周圏論」について発表したときは、その説を提唱した柳田国男の『蝸牛考』を紹介しました。それは、中心地から遠い場所に古語が残りやすく、九州と東北の言葉が似ていたりするという説です。林さん自身、大学1年生のときにこの説を知ったときに覚えたわくわく感を、学生も追体験してくれたことで、うれしさは倍増したそうです。
国際共修では、留学生の母語についても互いに学び合います。日本語を学びたがる留学生の多くはマンガやアニメがそのきっかけです。クール・ジャパンなどと称して、日本の特殊性ばかりが特筆注目されがちですが、世界の多様な文化を学び尊重し合うことこそが真のグローバル化、ダイバーシティでしょう。
COVID-19は世界を襲った災疫です。しかし、それがもたらした不自由を打開するためのオンラインツールを活用した学習法が新たな可能性を開きつつあります。林さんは、コロナ後も見据えつつ、国際共修の新たな形を実現すべく、さらなる壮大な夢を描いています。
文責:広報室 特任教授 渡辺政隆
日本語とスペイン語の副詞の対照研究で付箋だらけになった辞書
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