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固体中の量子情報の保持時間を記述する法則を発見 ~誰でも短時間で量子ビット材料探索が可能に~

【本学研究者情報】

〇電気通信研究所 助教 金井 駿
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 量子ビットとして使われる固体中のスピン中心注1)の性能を決める位相緩和時間(量子情報を保持可能な時間、T2)注2)を支配する「一般化スケーリング則」を発見した。これにより、実用材料中のスピンの量子状態に関する、半世紀にわたる未解決問題の解決に成功した
  • 従来は複雑・大規模な計算により、1つの材料につき最大数日を要したT2予測計算が、関数電卓などのありふれたツールで瞬時に実行可能になった
  • 12,000種を超える候補材料についてT2を調べ、量子ビットの性能を向上することが予測される700種以上の新しい量子材料を予測した
  • 「ニューノーマル」の時代及び「Society5.0」での活躍が期待される、従来技術では困難な問題解決を拓く量子コンピューター注3)などの量子デバイス材料研究を加速

【概要】

固体中のスピン中心は、量子ビット注3)を構成する物理系の1つで、量子テレポーテーションなどが実証された他、一部が室温動作可能であるという特長により大きく注目されています。

東北大学電気通信研究所の金井駿助教と大野英男教授(現総長)は、シカゴ大学及びアルゴンヌ研究所(米国)のDavid D. Awschalom教授を中心とする研究グループとの共同研究により、固体中のスピン中心の量子ビットとしての性能を決める、位相緩和時間(T2)を支配する「一般化スケーリング則」を発見しました。これにより、『実材料のT2を記述することはできるか?』という量子スピン物理研究50年来の問題を解決すると同時に、12,000種を超える材料のT2予測に本発見を応用することで、新たな量子ビット材料の大規模かつ定量的な材料探索を行いました。本研究成果は、次世代の量子材料研究、新奇量子物性の探索に関する研究を基礎・応用の両面から大きく加速させるものです。

本成果は2022年4月6日付で米国の科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」で公開されました。

図1 単一核種により構成される材料におけるT2のスケーリング 有限のスピン量子数を有する125種の核種について計算したT2が核スピンのg因子とスピン量子数により単一のスケール則により表現されることを表した様子。

【用語解説】

注1)固体中のスピン中心、ダイヤモンド窒素―空孔中心(NV中心)
ダイヤモンドは炭素で構成されていますが、ある1つの炭素原子が1つの窒素原子で置き換わり、置き換わった窒素原子に隣接する1つの炭素原子にさらに欠損(空孔)が生じた部分を窒素―空孔中心(省略してNV中心)と呼びます。自然界でもまれに「ピンクダイヤモンド」として析出することがありますが、現在は欠陥を含まないダイヤモンドから効率的に作製する技術が確立されています。
このダイヤモンドNV中心は、(1)基底状態が三重項状態を取る(2)電子スピン緩和時間が長い(3)レーザー光により容易に量子状態を初期化可能 という量子ビット注3)として優れた性質を有しており、これまで最も精力的な研究が行われてきました。こうした単結晶中の原子レベルのごく微小な領域で原子配列が乱れた部分を点欠陥と呼びます。特にダイヤモンドNV中心のように点欠陥がスピン注3)の源となる場合には、これを固体中のスピン中心と呼び、着色の原因となる場合には色中心と呼ぶこともあります。

注2)位相緩和時間
ビット「0」と「1」の状態間に相互作用がある場合、各状態は完全には区別することができません。スピン中心の場合、この状態間、あるいは別の状態を介した相互作用のON/OFFをレーザー光や高周波磁場により高度に制御することで初期化や量子操作を行います。実際の材料では、これらの意図的に与える外場の他、結晶との熱的な相互作用、核スピンとの磁気的相互作用、結晶中の電荷による電気的相互作用などの意図しない相互作用が存在します。これらの相互作用は常に量子状態を混ぜるため、ビットの区別の精度を悪化させます。初期化してから状態が混ざるまでの時間を位相緩和時間と呼び、その時間は主にスピン中心を構成する母体材料で決定されます。位相緩和時間よりも長い時間では、上記ビットの判別可能性の問題により量子計算が不正確になるため、量子操作時間よりも十分に長い位相緩和時間が要求されます。

注3)量子ビット、もつれ、量子コンピューター、スピン、電子スピン、核スピン、g因子
ある物質のサイズを小さくしていくと、量子的性質が発現することがあります。例えば「スピン」と呼ばれる磁性の源の持つ量子的性質はナノメートル(10のマイナス9乗メートル)以下のスケールで顕著に見られ、微細加工技術の進展とともに様々な関連現象が発見されてきました。この量子的性質には古典物性とは異なる様々な特徴があります。その1つに「2つの量子状態を同時に取ることができる」という性質があります。
電子には、磁性の源となるスピンという性質があります。自由電子の場合には上向きと下向きの2つの状態を取ることができ、これがビットの「0」と「1」の状態に対応します。ハードディスクなどの磁性メモリでは、たくさんの自由電子スピンが揃っており、そのスピン方向が古典ビットと対応します。これらのデバイスでは、電子スピンが最低でも数万というオーダーで集まっており、量子的性質は見られません。一方で、孤立スピン中心のように単一か、それに近い数のスピンでは、スピンは上向きと下向きの状態両方を「同時に取る」ことができます。
全ての原子は原子核と電子により構成されます。原子核は中性子と陽子により構成されます。中性子と陽子はそれぞれスピンを持ちますが、この大きさは自由電子のスピンの大きさと比較して約1000分の1です。原子核全体としてのスピンは陽子や中性子のスピンが複雑に合成され、その大きさを表すのがg因子です。
量子ビットの2つのビット状態を「同時に取る」ことが可能な性質を利用し、2状態を重ね合わせた状態を同時に計算するのが量子計算や量子コンピューターです。量子コンピューターは古典コンピューターと比較して桁違いに高速に問題を解決することができる場合があることが示されています。例えば古典コンピューターが苦手とし、現代の暗号通信の基盤となっている素因数分解を高速に計算するアルゴリズムが開発されています。

詳細(プレスリリース本文)PDF

問い合わせ先

【研究に関すること】
東北大学電気通信研究所
助教 金井 駿
電話 022-217-5555
E-mail skanai*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

報道に関すること
東北大学電気通信研究所 総務係
電話 022-217-5420
E-mail somu*riec.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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