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クォーク間の「芯」をとらえた ─物質が安定して存在できる理由の理解に貢献─

【本学研究者情報】

〇大学院理学研究科物理学専攻 准教授 三輪 浩司
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 陽子・中性子はクォークと呼ばれる素粒子が3つ集まってできている。量子力学の基本的な原理であるパウリの排他原理によると、同じ状態のクォークが同じ場所に存在することはできない。これが陽子・中性子間に働く核力の短距離で現れる斥力の原因の一つと考えられているが、未だに実験的な検証がされていなかった。
  • 陽子内のクォークの種類を変化させた新奇な粒子と陽子とを散乱させ、クォークのパウリ原理で禁止される状態を作ることで、粒子間に働く力が極端に強い斥力へと変化することを明らかにした。これはパウリ原理による斥力の起源を検証し、その芯の堅さを実測したことに相当する。
  • 核力は、湯川秀樹博士の中間子論の研究で進んだが、引力だけだと原子核はつぶれてしまい、物質は存在できない。芯の本質に迫る今回の成果で、物質が安定して存在できる理由の理解が進むことが期待される。さらには新しいクォークを含んだ拡張された核力(注1)の解明が大きく進むと期待される。

【概要】

原子核を構成する源の力である核力は、陽子と中性子が比較的離れたときには引力ですが、陽子と中性子が重なり合うような近い距離では大きな反発力(斥力(注2))へと変化します。この神秘的とも言える引力と斥力のバランスのおかげで原子核は自身の引力で潰れることなく安定に存在することができます。しかし、この斥力を生み出すメカニズムの理解は長年の課題でした。

このような短距離では、陽子・中性子の中に閉じ込められた物質の最小単位であるクォークのペアがパウリの排他原理(注3)があるため、同じ量子状態をとるクォーク間に強い斥力が生じると予想されます。このときにクォーク間に強い斥力が生じると予想され、核力の短距離での強い斥力の一因と考えられています。しかし、このクォークのパウリ原理による斥力の強さは現在まで全く不明でした。ストレンジクォークを含む粒子であるΣ+と陽子との散乱では、2粒子内のアップクォークのスピンの向きをそろえパウリ原理の禁止状態を作ることで、このクォークのパウリ原理による斥力を調べることが可能となります。

このたび東北大学大学院理学研究科の三輪浩司 准教授(高エネルギー加速器研究機構 特別准教授)らの研究グループは大強度陽子加速器施設J-PARCのハドロン実験施設(注4)で、このΣ+と陽子の散乱の微分断面積(注5)を高精度で測定しました。微分断面積は、どの角度にどれくらい粒子が散乱されやすいかを示す量であり、これは粒子間にはたらく力を敏感に反映します。散乱する2つの粒子が3割程度重なり合うような場合に、核力はまだ引力であるのに対して、Σ+陽子間の力はすでに核力の2倍程度も強い斥力になっていることが、得られた微分断面積を解析することで分かりました。今まで未知であったクォーク間のパウリ斥力の強さを決定したことで、核力の短距離での斥力の理解が一層進むと考えられます。本成果は基礎物理の学術論文誌Progress of Theoretical and Experimental Physicsの注目論文(Editors' Choice)に選ばれ、2022年9月4日16時(英国時間)にオンライン公開されました。

図1:バリオン間にはたらく力として、核力とΣ+陽子間の力を比べたもの。引力、斥力の強さは色で示している。核力では遠方では引力であったものが、1 fm(f=フェムトは1000兆分の1)以下の近距離において強い斥力へと変化する。一方で、Σ+陽子間力ではほとんど引力がなく、斥力が核力に比べ非常に強いことが予想されている。

【用語解説】

(注1)バリオンと拡張された核力
素粒子であるクォークは6種類ありますが、安定に存在するのは質量が最も軽い世代をなすアップクォーク(u)とダウンクォーク(d)の2種類です。陽子と中性子は、このアップクォークとダウンクォークが異なるクォーク構成で束縛された状態です。すなわち、陽子は2つのアップクォークと1つのダウンクォーク(uud)、中性子は1つのアップクォークと2つのダウンクォーク(udd)からなります。
陽子と中性子以外にも3つのクォークの構成の違いによって、数多くの粒子(バリオン)が存在します。その典型例が、三番目に軽いストレンジクォーク(s)を含んだバリオンです。ストレンジクォークを含んだバリオンをストレンジバリオンやハイペロンと総称します。今回測定した正電荷を持つシグマ粒子(Σ+)は (uus)からなります。負電荷を持つシグマ粒子(Σ-)は(dds)であり、ラムダ粒子(Λ)は(uds)からなります。
陽子・中性子(核子と総称される)の間には、パイ中間子を交換することで力がはたらくと湯川秀樹博士が予言したのが核力研究の始まりでした。現在では、この核力を、ストレンジバリオンと核子との間にはたらく力にも拡張し、ストレンジクォークを含んだ中間子を交換する描像(拡張された中間子交換模型)や、さらにクォークの間の相互作用も考慮して統一的に相互作用を記述しようとするのが「拡張された核力」の理論です。この拡張された核力の理論は、ストレンジバリオンを原子核の構成要素としたハイパー核や中性子星などの構造を調べるうえで基盤となる重要なものです。

(注2)斥力、斥力芯
2つの核子が1〜2fm程度離れた遠距離では、π中間子などを交換することで核力は引力となります。しかし、核子間の距離がおおよそ1fmよりも短くなると、核力は斥力(反発力)へと変化します。そして、核子間の距離が短くなるほど、この斥力は急激に強くなります。この2核子間の芯に生じる強い斥力を斥力芯と呼びます。遠距離での引力と短距離での斥力のバランスのおかげで原子核は安定に存在することができます。

(注3)パウリの排他原理
陽子・中性子や電子のように1/2の大きさのスピンを持つ粒子はフェルミ粒子と呼ばれます。2つの同種類のフェルミ粒子は同じ量子状態をとることが許されません。これをパウリの排他原理やパウリ原理と呼びます。クォークもフェルミ粒子であるため、このパウリ排他原理に従います。

(注4)J-PARCハドロン実験施設
茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCは、世界最高強度の陽子ビームで生成する多彩な2次粒子を用いて、さまざまな素粒子・原子核物理の研究や物質科学・生命科学の研究が行われています。その中にあるハドロン実験施設では、30ギガ電子ボルトの陽子ビームを金の標的に当ててK中間子やパイ中間子などの「ハドロンビーム」を作り、これを用いて原子核や素粒子の研究が行われています。今回のシグマ粒子は、このパイ中間子のビームをもとに作られる3次粒子のビームと言えます。実験の精度を向上させるためには、出来るだけ大量のシグマ粒子を生成することが重要となります。そのためパルス当たり約107個(5.2秒毎に約2秒間ビームがでる)の世界最大強度のパイ中間子ビームを供給することができるハドロン実験施設は、本研究を行う上で最適な実験施設と言えます。

(注5)散乱の微分断面積
粒子の間に力がはたらくことで、散乱現象が起きます。この散乱の起きる頻度は、単純に考えると粒子同士が覆う断面積に対応するので、散乱断面積と呼ばれます。特に、散乱断面積の散乱角度による違いは、散乱の微分断面積と呼ばれます。実際には、散乱は、粒子間にはたらく力によって、散乱の頻度(断面積)や角度依存性(微分断面積)が大きく異なります。実験で微分断面積を測定することによって、粒子間にはたらく力を調べることが可能となります。実際に、核子の間にはたらく核力は、加速器で加速された陽子や中性子(中性子は2次的に生成されていました)を、標的となる陽子に照射し、散乱の微分断面積を詳細に測定することによって調べられてきました。ハイペロンと陽子との間でも同様に散乱実験を行うことが重要だと言われていましたが、ハイペロンがすぐに崩壊してしまうという実験的な困難さから、これまで高精度の断面積測定は実現できませんでした。

詳細(プレスリリース本文)PDF
※9月6日11:00 概要、論文情報を一部修正しました。

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
准教授 三輪 浩司(みわ こうじ)
電話 022-795-6448
E-mail koji.miwa.c4*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話 022-795-6708
E-mail sci-pr*mail.sci.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

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