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記憶に関わる脳内免疫細胞 恐怖記憶学習時のミクログリアの遺伝子発現解析

【本学研究者情報】

大学院医学系研究科 精神神経学分野
講師 兪志前
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 恐怖条件付け動物モデル注1の脳内ミクログリア注2の遺伝子発現を網羅的に解析した結果、恐怖記憶学習時、神経伝達物質注3関連分子が増加していた。
  • 恐怖記憶の形成・消去に伴い、神経細胞で発現することが知られているGABA受容体注4およびシナプシン注5の遺伝子発現がミクログリアで変動することを突き止めた。
  • これまで神経細胞間の情報伝達に重要とされていた分子がミクログリアで発現し、恐怖記憶の制御に関わる可能性が示されたことで、心的外傷後ストレス障害(PTSD)等の恐怖記憶に関わる精神疾患の病態の理解や診療技術の向上への寄与が期待される。

【概要】

脳内の免疫細胞であるミクログリアは、炎症性・抗炎性サイトカイン注6の放出を行うことで、脳内の免疫機能・恒常性を維持しています。その一方で、ミクログリアから放出される炎症性サイトカインは、恐怖記憶の形成および持続にも関与することが報告されています。東北大学大学院医学系研究科の兪志前講師、富田博秋教授らのグループは、恐怖条件付けのマウスモデルを用い、ミクログリアを対象とした遺伝子発現変動を網羅的に解析しました。その結果、神経伝達関連分子および免疫関連遺伝子が顕著に変化していることを明らかにしました。ミクログリアの細胞膜には神経伝達物質の受容体が発現しており、ミクログリアと神経細胞の間には信号のやり取りがあると考えられます。本研究によって、ミクログリアと神経細胞が連動し、ミクログリアの免疫応答の調節が変化することで、恐怖記憶が制御される可能性が示唆されました。

本研究成果は、2022年8月18日付でBrain Research Bulletin誌にPDF版として掲載されました。

本研究は、東京農業大学・福島穂高准教授、東京大学・小山隆太准教授、東北大学・松井広教授、神戸大学・古屋敷智之教授、東京大学・喜田聡教授との共同研究です。

図1.恐怖記憶の形成と消去時のミクログリアの遺伝子発現変動 マウスを用いて、文脈的恐怖条件付け実験を実施し、恐怖記憶が形成されて消去されるまでの過程の各段階において、ミクログリアの形態、ならびに、遺伝子発現変動を網羅的に解析した。記憶の形成・消去の各段階で、ミクログリアの形態的な変化は見られなかったが、神経伝達関連する遺伝子群の発現が恐怖記憶の想起に伴って著しく上昇し、恐怖記憶の消去時には元のレベルまで経時的に回復することが示された。一方、免疫関連遺伝子群の発現は、恐怖記憶の形成に伴い減少し、恐怖記憶消去後にも発現は回復しなかった。

【用語解説】

注1. 恐怖条件付け動物モデル:マウスを特定の実験ケージ内に入れて、マウスが軽い痛みを感じるような一定の強度の電気ショックを与えます。いったんマウスを飼育ケージに引き上げ、翌日、実験ケージ内にマウスを再び入れた場合、昨日の恐怖経験を憶えていれば、マウスはすくみ(フリージング)反応を示します。逆に、すくみ反応があれば、マウスは、実験ケージの環境(文脈、コンテキスト)を憶えていると言えます。このような記憶テストのことを、文脈的恐怖条件付けと呼びます。

注2. ミクログリア:胎生期の卵黄嚢で発生する前駆細胞を起源とする中枢神経系グリア細胞の一種。脳内において免疫を担当する細胞として知られています。ミクログリアは活性化されると、周囲の細胞を貪食(どんしょく)する機能を発揮したり、液性因子を産生・放出したりし、中枢神経系の発達や恒常性を維持する機能に関わります。また、ミクログリアは、その細長い突起を神経細胞のシナプスや軸索に接触させることで、神経細胞の機能を監視・調節していることが明らかになりつつあります。

注3. 神経伝達物質:神経細胞間の情報伝達に関与する物質。神経伝達物質は、信号を送るほうの神経細胞(シナプス前細胞)内で合成され、シナプス小胞に貯蔵されます。シナプス小胞の中身が細胞外に向かって開口放出されると、神経伝達物質は、信号を受け取るほうの神経細胞(シナプス後細胞)に発現している受容体と結合します。神経伝達物質と受容体の種類の組み合わせに応じて、シナプス後細胞に興奮性もしくは抑制性の信号が伝わります。

注4. GABA受容体:抑制性の神経伝達物質として働くGABA(γ-アミノ酪酸)の受容体の一種。GABRB3欠損症は、てんかん、自閉症など多くの神経発達障害に関与することが知られています。

注5. シナプシン:シナプシンは神経細胞末端の他の神経細胞とのシナプス結合をする部位に発現し、放出可能な神経伝達物質のプールの維持・安定化をするために不可欠な分子。神経伝達物質の放出調節のみならず、神経終末の形態変化にも関与します。シナプシン遺伝子が欠失すると、神経細胞の数が減少し、記憶障害が生じることも報告されています。

注6. 炎症性サイトカイン:中枢神経系の炎症反応を促進する物質。細菌やウイルスが体に侵入した際には免疫応答が生じますが、この応答に炎症性サイトカインが関与します。また、急性や慢性ストレス刺激により、いわゆる「炎症」は生じていないにも関わらず、脳内ミクログリアにおける炎症性サイトカインの産生が変動することも報告されています。

詳細(プレスリリース本文)PDF

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科
担当:講師 兪 志前(ゆ しぜん)
電話番号:022-717-7261
Eメール:yu_zhiqian*med.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科広報室
電話番号:022-717-8032
Eメール:press*pr.med.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

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