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【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.020 ネイチャーポジティブへの前向きな取り組み

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

東北大学大学院生命科学研究科
近藤 倫生 教授 ✕ 藤田 香 教授

大学院生命科学研究科 左|藤田 香(ふじた かおり)教授、右|近藤 倫生(こんどう みちお)教授

東北大学は2022年5月、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)フォーラム」に日本の大学としては初めて参画しました。世界的に生物多様性の減少が進行しているという危機感から、様々な国際交渉や、2021年に開催されたCOP15(国連生物多様性条約第15回締約国会議)第1部で、「遅くとも2030年までに生物多様性の損失を逆転させ回復させる」というネイチャーポジティブの考え方が採用されました。それを受けて、企業などにその活動が自然にどれだけ依存しているか、どれだけの影響を与えているかという情報の開示を促し、投資家や金融機関がそれを参考に投融資することで資金の流れをネイチャーポジティブに移行させようという動きが生まれつつあります。その情報開示の枠組をオープンな場で構築しようというのが、TNFDであり、そこに賛同するイニシアティブがTNFDフォーラムです。

東北大学は何を目指してフォーラムに参画したのか、この取り組みを主導する近藤倫生さんと、生物多様性とビジネスの問題に詳しい日経ESG シニアエディターで東北大学のクロスアポイントメント教授も兼任する藤田香さんに語り合っていただきました。

生物多様性と金融ビジネス

藤田:私はもう20年ほど、ビジネスと生物多様性の問題を追いかけてきました。TNFDフォーラムが生まれたことは時代の潮流からいって必然だと思っています。日本の大学としては東北大学が先陣を切って参画したことは大歓迎なんですが、そもそもTNFDフォーラムに参画した理由を改めてお聞きしたいのですが。

近藤:多様な生物がいるけれど劣化している、このままでは続かないぞ、なんとか回復させる必要があるということで出て来たのが、ネイチャーポジティブという概念ですよね。そこでは大学というアカデミアの関与が重要だと思っていました。生態系とか多様性というのは複雑な概念だからです。自然を回復させる、多様性を増やす、というのは本質的に生態系の制御に関わる問題です。複雑なシステムを制御するには、現在の状態、その仕組み、何かをしたらどういう反応があるかを知らなければなりません。それを解明するのが科学者の役目です。生態学に強い東北大学としてTNFDフォーラムに関わるべきだと考えたのです。

藤田:それはとても心強いお言葉です。たしかに生物多様性をなんとかするためには、科学者が関与してデータを収集したり、多様性が劣化した原因を探ることが重要ですから。

近藤:ええ、われわれが貢献できるのはそこだと考えています。それをせずに企業だけになんとかしろと言っても。

藤田:そうなんです。ただ、劣化のそもそもの原因の多くは、人間の活動であり、企業活動です。企業だけの責任ではなく、消費者も責任を負っています。われわれが企業の製品を買うことで、生物多様性に負荷を与えているからです。たとえば食の問題。農業活動も、森林を伐採して農地を開拓することで、しかも大規模耕作により、多様性の劣化を招いてきました。劣化を止めよう、減らそうという活動は、政府や市民、NGOレベルで行われてきました。企業自身も、2006年の生物多様性条約第8回締約国会議COP8や2008年の第9回締約国会議COP9の頃から参画してきました。サプライチェーンで生物多様性への影響を減らすなど、取り組みを進める企業も増えました。しかし、地球規模での劣化が改善されるということはありませんでした。

近藤:そもそも個別の活動では難しいですよね。

藤田:そこで登場したのがTNFDでした。ここに、投資家という新しい役者が登場したわけです。企業は金融機関や投資家から資金を調達して活動しています。投資家が、自然に優しい企業への投資を増やそう、やっていないところへの投資を減らすというスタンスを取れば、企業活動を一気に変えることができます。投資家の影響は大なんです。それまで、国連の生物多様性条約事務局には科学の側から生態学者は参加していましたが、金融機関、投資家の参加はほとんどなかったのではないでしょうか。そこにロンドン証券取引所戦略アドバイザーのデイヴィッド・クレイグなど金融系の人が生物多様性問題に参加して、TNFDができました。それがここ数年の動きでした。

広報室:TNFDについて、もう少し詳しく教えていただけますか。

藤田:そうですね。まず、企業には、自分たちの経済活動が自然にどれだけ依存し、どのくらいの影響を与えているか、それを減らすためにどういう取り組みをしているかを把握し、リスクと機会を開示してくださいという要請をします。その開示情報をもとに、投資家が投融資の判断をします、というのが前提としてあります。しかしバラバラな開示の仕方では判断できないので、公開情報を標準化する枠組みが必要です。その財務情報開示の枠組みを構築するための国際イニシアティブが、TNFDすなわち自然関連財務情報開示タスクフォースです。いわばそのためのプロジェクトチームですね。メンバーは40人で、日本からはMS&ADインシュアランス グループ ホールディングスの原口真さんが入っています。そしてその議論をサポートし、枠組構築の支援を行うために組織されたのがTNFDフォーラムなのです。

近藤:財務情報というのがミソですよね。

藤田:何haの森を伐採しましたでは、投資家は評価できませんからね。10haの森のうちの1haを農地に変えて米を作ったと言われても評価できません。投資家の関心は、環境改善とともに、投資先の経営が良くなって財務状況がよくなることです。倒産するような会社には投資したくない。自然を壊すこととか、環境に依存していることが、その企業の成長、財務にとってどれだけ影響しているか、それを標準的な指標で開示してほしいということです。依存とか影響と言っても、自然が企業に影響を与える場合と、企業が自然に影響を与える場合があります。異常気象で企業活動が自然からの影響を受けることもあれば、逆に鉱山開発やパーム油のための森林伐採といった企業の活動が、自然にダメージを与える場合も。そこで、企業の成長性への影響、自然への依存度などを同じ軸で開示することにしよう、投資家はそれをもとに企業活動の良し悪しを判断しましょうということでタスクフォースが立ち上がりました。そして、そういう動きに賛同する団体に参加を呼びかけ、みんなで枠組みを作りましょうというのがフォーラムです。企業、金融機関、学者などさまざまなステークホルダーに呼びかけて、どういう指標で何を測ればいいか意見を出し合おうというのです。とても大雑把に言うと、このような動きです。

近藤:知恵の出しどころはそこですよね。

藤田:企業の目標値の設定には科学者の協力が必要です。海や森の生態系で、何を見てどうしたら影響が少ないか、ネットゲインになるかを指摘できるのは科学者だからです。企業は続々参入していますが、科学者のほかNGO、大学、研究機関にも参加してほしいと呼びかけているのですが、なかなか腰が重いというのが現状です。枠組みの完成は2023年9月を目指しています。

近藤:科学者や研究機関の反応が鈍いのも、わからないではありません。自分たちの専門ではないと思っている方もあるかもしれません。論文にした研究成果が企業の目標値設定に使えるということに思いが至らないのでしょう。生態系保全でいえば、生態学者は、これだけの多様性があれば水産資源がこれだけ得られます、これが自然の恵みだから大事にしましょう、までは言える。けれど、多様性を守りながらそのサービスを利用する企業はどうすればいいのかという仕組みになると、経済活動のフィードバックを計算に入れることになるので、生態学者である自分の手には負えないと思ってしまう方もあるでしょうね。

藤田:森を守るというのはわかりやすいですよね。それが水産資源だと、100守るなんていうことはできません。現に魚を獲って食べているわけですから。でも、魚をこれだけなら獲っても回復可能という研究はしているのではないですか。

近藤:漁獲圧と生産の最大化を図る生物資源管理学の研究はあります。ただ、人間が持続的に長く利用するには、漁獲量だけでは収まりません。ステークホルダーが多くて機能も多い中でうまくやるにはどうするかは、狭義の資源管理学の手には負えません。いろいろな機能をどう使い、折り合いをどうつけるか、そういう高いレベルの話になるからです。多機能なシステムの最適な管理はどうすればよいか、それは科学的な問いでもあるので、本当はやらなければならないけれど、簡単なことではありません。

生物多様性との個人的関わり

藤田:近藤さんがやっている環境DNAの観測網ANEMONE(アネモネ)はそこに少し踏み込んでいるのではないですか。そもそも近藤さんが環境DNAの研究を始めたきっかけは何だったんですか。

近藤:もともとぼくは、生態学の数理モデルの研究をしていました。いろいろな仮定のもとに数式をたてて、システムがどう変動するかを見る研究です。でもそれって、実態に即していない。複雑なシステムを理解するには、場所、時間、種類などに関して膨大なデータが必要です。でもそんなデータはない。生態系は、たくさんの生物と無生物の相互作用で維持されている、たいへん精巧な精密機械みたいなものです。それがいろいろなサービスを提供してくれている。でもサービスが提供される仕組みはわかっていない。これをうまく利用するには、どういう仕組みかを理解しなければなりません。まずはどういう構成部品でできていて、それらが何をしているかを知らなければいけない。しかし、以前はその全容を調べようがありませんでした。網で採集できるものしかわからなかった。これでは、生態系のエネルギーなどの出入り、何をしたら何が起こるかを測ることはできっこない。そこに、環境DNAが使えるじゃないかということになったのです。

そういえば藤田さんとは長い付き合いですけど、そもそもなぜこういう問題に関わるようになったのか、うかがっていませんでした。

藤田:山登りが好きになったのがそもそもの始まりです。私は富山県魚津市の出身で、そこからは海と北アルプスがいつも見えていました。でも、登山への興味はありませんでした。東京で働いていて、ある映画を見たことが転機になりました。

近藤:なんという映画ですか。

藤田:「植村直己物語」という映画です。その映画を見て大冒険ストーリーが面白いと思ったところに、たまたま山登りに誘われたのです。しかも初めての山が剱岳でいささか無謀だったのですが、それがめちゃくちゃ楽しかった。それではまってしまいました。3年目にはヒマラヤに行き、キリマンジェロにも登りました。日本でも北から南までいろいろな山に登り、下山した先の地理、食、文化にも触れるようになったことで自然の多様さに目を開かされました。その頃、「ナショナル・ジオグラフィック日本版」の編集部に配属され、科学者やNGO、住民の方たちを取材する機会が多くなりました。そういうボトムアップの話と自分の山登りの体験を合わせると、いろいろな地域の細かいことがわかるようになりました。仕事が楽しくてしかたなかったのですが、「日経エコロジー」という雑誌の編集部に転属されて企業担当になりました。ところが企業も、田んぼ作り活動などの環境教育を社会貢献としてやっていました。イオンが初めて生物多様性に配慮したMSC認証の魚を店舗で扱ったのが2006年末のことでした。企業目線から見て、サプライチェーンとか、生態系に配慮した商品を売る時代になったことを実感しました。2008年のCOP9に初めて参加したのですが、そこで決まったことが上から下にトップダウンで降りてくることを目の当たりにしました。国連では、いろいろな国が意見を出して決めていくことを知ったのも面白い体験でした。2010年のCOP10が名古屋であって、日本が議長国で盛り上がりました。ハリソン・フォードまで来て、インタビューしたのもいい思い出です。そこから生物多様性とビジネスを結ぶ視点の大切さを意識するようになりました。

近藤:そうだったんですね。イオンの話はありましたが、その頃の企業側の姿勢はどうだったのですか。

藤田:2010年に、生物多様性に配慮した事業をしている70の企業の事例を紹介する本を作りました。そういう企業はあったのですが、世の中に認知されていませんでした。環境は利益にならないので、企業内でも小さい部門でした。2015年になると、金融機関が絡んできました。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)という機関投資家がPRI(責任投資原則)に署名したのです。環境に配慮する企業に金融機関が投融資する時代が来て、企業の環境部が脚光を浴びるようになりました。  自分が大切にしたいと思っているスタンスは変わっていません。「ナショナルジオグラフィック」誌や山登りをしながら地域からボトムアップで見ていた景色を、国、国連、企業というトップダウンの目線で見るというスタンスです。当時は、この両方を見ている人はあまりいませんでした。そこに、金融機関や投資家がサステナビリティに関心をもち始めたことを結びつけると、いろいろなことが見えてきたのです。雑誌ではトップダウンの記事を書いているけれど、本音はボトムアップの泥臭い町づくりみたいな話が好きなんです。生態系に密着しているのは住民、農業・漁業従事者、自然再生事業者なので、そこをはずして考えるわけにはいきません。ただし、世界の潮流を掴んでおくことも大事だとおもってきました。

環境DNAでできること

藤田:環境DNAの話に戻りますが、それで何がわかるんでしょう。

近藤:はい、生物はいつも、粘液とか糞などといっしょに、自分の体の一部を環境に捨てています。つまり自分たちのDNAを体外に出しています。それが環境DNAです。それを調べれば、そこにすんでいる生物の種類や分布を推定できます。水を汲んできて調べれば、どんな生き物がいるかがわかるのです。調査は水を汲むだけなので、大量のデータが取れる。この手法を使えば、複雑なシステムに対応できるのではないかということになりました。  そのために立ち上げた生物多様性観測ネットワークが「ANEMONE」です。ANEMONEというのは、All Nippon eDNA Monitoring Networkの略です。東北大学主催で、全国の産官民が参加するネットワークになりました。日本郵船や南三陸町、神奈川県、大学、国立研究所なども参加しています。参加機関やボランティアが定期的に海に出かけて行ってサンプルを採取しています。それを東北大学に集めてDNAを分析し、データベースに入れて公開してしています。あとはこれをどうやって生態系管理に使えるかを検討するために、ANEMONEコンソーシアムを組織し、藤田さんにも入ってもらったというしだいです。

藤田:海のデータは、魚以外のものも取れるのですか。

近藤:エビ、カニ、プランクトン、バクテリア、海藻などいろいろな生物を対象とした調査が可能です。

藤田:これまでは、水産資源の状況を見るにあたっては漁獲量しかなかったたわけですよね。日水などの大手水産会社も、漁獲している魚の漁獲量は手元にあるけれど、海域ごとの魚種の資源量までは把握していなかったのではないでしょうか。これでは開示しろと言われても、科学的な目標値などを設定することも難しいですよね。それでもここ3年ほど、取り扱う魚の資源状態の開示は始めていて、投資家から評価されています。環境DNAという客観的なビッグデータを基にした判断基準ができれば、企業も消費者も判断の材料になるわけで、とても大きな意味があります。しかもビッグデータを集めるのに、企業や市民など、多様なステークホルダーを巻き込んでいる点がとても面白いです。

近藤:ぼくは、生態系管理の軸は自治管理が鍵だと思っているんです。生態系、種多様性の問題はカーボンの問題とは全然違う点がある。それは地域性という点です。カーボンは、日本で排出した二酸化炭素をたとえばブラジルで吸えば、全体の収支はとれます。ところが生物多様性はそうはいかない。日本周辺の生物多様性の減少をブラジルで補填することはできないからです。日本の生物多様性に影響を与えているのは日本の環境であり、その場所の生態系はその場所にいる人が管理して守らなければいけない。そのための仕組みを作らなければいけない。生態系を利用している人たち自身がデータを集めたり、合意形成をはからなければいけない。なので、水産資源でいえば、水産資源を利用している会社がデータを集めて公開し、そうしたデータに基づいて持続的かつ最大の漁獲を予測して漁獲量を決めるのが理想形だと思っているのです。

藤田:いいですね。

近藤:海の恵は水産物だけではないですよね。先日、スポーツ用品メーカーのパタゴニアのミーティングに呼ばれました。そこに行くとサーファーが集まっていて、サーフィンのフィールドをどうやって守っていくかという話し合いの場でした。サーフィンができるポイントを維持したい。そのためには水が綺麗で、波が今のようにきちんと立つ場所を守っていきたいというのです。その話を聞いていて、きれいな波が立つように海岸線がきちんと保たれていること、水が汚染されていないことというサーファーの望みは、海の生物を守るのと同じことで、生物多様性の保全と利害が一致しているじゃないかと思いました。なので、サーファーがサーフィングポイントの環境DNAの調査をして公開し、みんなでウォッチしていけばいい。生物は環境破壊のセンサーになるので、サーファーがなんとなく感じる変化も、生物を観測することで可視化できるはずです。これも自治管理の1つ。そういう形が広がればなあと思っています。

藤田:環境DNAで個体数もわかるのですか。

近藤:環境DNAの量と生物量は、基本的には相関はします。ただし、環境DNAの量が多いからといって個体数も多いとは、必ずしも言えません。環境DNAは、いうなれば生物の排出物なので、水に流されますし分解されます。それを考慮して推定する必要があり、そこは技術開発の余地が残されています。生物量の推定には、DNA調査と何を組み合わせればいいかは今後の研究テーマなのです。

カーボンニュートラルとネイチャーポジティブ

広報室:TNFDフォーラムへの日本の取り組み状況を教えてください。

藤田:タスクフォースメンバーの原口さんが旗振り役になって、日本協議会が発足しました。国連も関係しているので、環境省など、国も支援しており、金融庁も関心はもっています。気候変動にもTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)というのがあって、この4月に、東京証券取引所の再編があり、プライム市場に上場している企業にはTCFDに沿った情報開示が義務化されました。TNFDについても同じことが数年後に起こるのだろうなと想像しています。上場企業に、自分たちの自然への依存度や影響、リスクや機会を開示することが義務化されることが予想されるわけです。なので、企業は今、少し慌てているのではないでしょうか。カーボンとは違い、自然への依存度や影響は簡単には測れないからです。評価や開示の枠組みをみんなで決めていこうというのがTNFDフォーラムなのですが、自然とのかかわりをこれまで意識してこなかった企業や金融機関は、いささか困惑し、準備を始めているはずです。

広報室:そこで、研究者の協力に期待したいという機運があるわけですね。TNFDフォーラムに参加するというのは、具体的にどういうことをするのですか。

藤田:フォーラムに参加するには、参加希望の書類に、どんな活動をしているのか、参加したい理由などを書いてアクセプトされれば参加できます。東北大学もそれをやったわけです。ただし、入るだけなら簡単ですけど、重要なのは、来年9月にできる枠組みに対して、知恵を出すことです。日本の企業は、意見は言わずに情報だけを得ようとする受け身の態度になりがちです。しかし何も言わないでいると、欧米主導の枠組みになって後であわてることになりかねません。なので企業も大学も、どんどん意見を言って貢献することが大切です。

近藤:日本はOECD加盟国の中では生物多様性の高い国です。固有種も多い。日本だからできる貢献が必ずあるはずです。日本の生態系は、イギリスと比べるとずっと複雑で多くの恵みを得られます。その代わりに、複雑なのでとても難しいシステムです。そこが挑戦のしがいのあるところではあるのですが。

藤田:企業活動では、グローバルサプライチェーンということを考えなければいけません。日本の食料自給率と木材自給率は共に4割です。豊かな森林資源があるのに、木材の6割を輸入しています。その一方で、日本の森や自然を守っています、自然を守るためにこんな社会貢献をしていますと言っても、サプライチェーンの上流でボルネオやアマゾンの熱帯森を伐採していたらSDGsウォッシュ[広報室注:SDGsに取り組んでいるように見えて、実態が伴っていないビジネスのことを揶揄する表現]と言われかねません。国内の生態系の維持管理をしつつ、サプライチェーン全体に目を向けないとダメなのです。国策として、国産化をもっと推し進める必要があります。ウクライナ紛争による食糧危機、ミャンマーや新疆ウイグル自治区など、サステナビリティや人権の問題がたくさんあり、リスクが高まっています。輸入木材が品薄で高騰したウッドショックもありました。環境を考慮しながら国産材の利用を広げるとか、大豆、コムギの国内生産を増やすと共に、値段が高くなっても消費者はそれを支持するような自治管理も合わせて考えなければいけません。

近藤:よくわかります。自然にはたくさんの機能があります。1個の機能だけを高めようと思うなら、他は破壊したほうが早い。たとえば、森林を切り開いて太陽光パネルを設置するのがいい例です。それでは、発電はできても、他の機能は破壊されてしまいます。たくさんの機能を同時に活用する途を考えるべきなのです。

藤田:耕作放棄地に太陽光パネルを並べるのは、CO2のことだけを考えるといいけれど、生物多様性、景観、他の機能はどうするのというトレードオフが問題になります。そこで、カーボンニュートラルとネイチャーポジティブを同時に考えましょうという動きが昨年くらいから出てきました。おそらく今年のCOP27でも生物多様性が話題になるし、今年の年末の生物多様性条約COP15では、CO2の吸収を藻場などに求めるブルーカーボン「広報室注:藻場や浅瀬などの海洋生態系に取り込まれた炭素のこと]の動きが出ています。気候変動と生物多様性の双方が歩み寄っている状況なのです。両方を同時に考えなければいけなくなっていて、そうなるとゾーニングみたいなことが重要になるだろうと思っています。太陽光パネルを置く場所、耕作地にする場所、林業用地にする場所などのゾーニングに生態学者の知見が求められるようになるはずです。そういう里山管理のモデルを輸出することも考えるべきです。環境と生物多様性に配慮した農作物や水産物の輸出も。発想の転換が求められています。

具体的な動き

近藤:神奈川県との共同研究で、酒匂川と相模川の多地点での環境DNAの調査を実施しています。それで、この調査で得られる生物多様性情報を基にしたゾーニングができないかと考えています。環境DNAのビッグデータとゾーニングは相性がいいはずです。

藤田:そうすれば科学的根拠に基づいたゾーニングになりますものね。

近藤:カーボンと生物多様性ということでは、南三陸町の志津川湾の例があります。そこではホタテ、ギンザケ、カキ、ワカメなど多様な養殖が行われています。それらの高い生産性を保って維持するにはどうすればよいか、東北大学で生態学的な調査をしながら地元の人達といっしょに考えているところです。人間による生態系利用が、カーボンとネイチャーにどのような影響を及ぼすのか。たとえばカキ棚。震災後、カキ棚の密度を3分の1にしたら生産性が逆に上がったという事実があります。これが同時にカーボンやネイチャーにも影響しているのではないかと関心をもっています。カキ棚にはものすごくたくさんの海藻が生えています。自然に配慮した養殖が、カーボン吸収にも貢献している可能性があり、その定量評価をして、できればカーボンクレジット[広報室注:CO2などの削減効果(削減量、吸収量)をクレジット(排出権)として発行して、他の企業などとの取引に使えるようにする仕組み]の発行まで漕ぎ着けたいところです。藻場が増えれば生物多様性も増える。人間活動によってカーボンにもネイチャーにも貢献する方式が確立できるかもしれない。そしてそれが経済支援にもつながるのではないかと目論んでいます。

藤田:ブルーカーボンが話題になり始めています。ブルーカーボンクレジットを発行して販売する自治体が現れています。これは企業や金融機関にとっても面白い動きですよね。環境への配慮はコストにはなるけれど利益にはならないという悩みをよく聞かされます。ブランド価値は上がるけど儲けにはつながらないじゃないか。SDGsに貢献するインパクト投資ファンド[広報室注:社会的課題の解決(社会的インパクト)に取り組む企業に着目し、投資先として魅力のある銘柄に投資するファンド]に、もっと生物多様性に配慮した企業や自然再生の事業などが組み込まれていくとよいですよね。ファンドは、自然に配慮して付加価値の高い商品からの収益とカーボンクレジットからの収益を得るというふうに設計する。これからはカーボンクレジットだけでなく、ネイチャークレジットというものも実現すればそこからの収益も得られます。そういう未来が少しずつ見えてくると面白いです。

近藤:ネイチャー回復の経済への効果には遅れがあったり、範囲が広い。すぐには利益を生まない。長期で見れば見えるはずの利益をローカルにバックする仕組み、ソーシャルボンド[注:社会的課題解決に資するプロジェクトの資金調達のために発行される債券]が重要になります。

藤田:理想的にはそういう動きに地銀が入ることが望ましいですね。農業や漁業など、環境に配慮した経営をするのは中小の業者が多いので、地銀がSDGs投融資をもっと活発化すれば動きが加速化します。

近藤:いいですね、大いにやりましょう。

藤田:最近は地銀の頭取もSDGsバッジをつけたりしているので、巻き込んでいくと面白いと思いますよ。

近藤:そう考えると、生物多様性に金融を巻き込んだのは大きいことなんですね。

藤田:生物多様性の話をしていくと、地域づくりに関係していくのです。南三陸町の話がそうですよね。結局、どういう町にしたいのか、どういう町で暮らしたいのかということになります。この自然をどうやって守っていきたいのかという。

近藤:生態系の情報を共有することで、地元がいかに自然豊かな土地なのかを知ることにつながるといいですね。

そしてこれから

藤田:せっかくTNFDフォーラムに参加したのだから、国連や世界に向かって発言しなければいけませんね。

近藤:東北大学が参加したのに何もしなかったというのではダメだと思っています。作った仕組みが中途半端で、動かしても生物多様性は守られなかったとしたら、生態学者、科学者は何をしていたんだということになりかねません。ちょっと怖いけど、そういう覚悟でいます。

藤田:ANEMONEみたいに、実例を作っていくのが重要ですよね。専門家の知識をインプットするだけではなくて、データを集めるネットワークを実際に作っていくことに意味があると思います。

近藤:科学者の立場から、コンセプト先行でどういうものを作れるかを考えていきたいです。人間は、社会システムと自然システムという2つの複雑なシステムに所属していて、両方に足を突っ込んでいる存在です。どちらが壊れてもやっていけない。なのに今は、2つのシステムが連携していないように見えます。繋がりに関する情報がない。自然がおかしくなっていても、情報がフィードバックしてこないから、どんどん変になっていっている。たくさんのモノをつなぐ「モノのインターネット」をIoTと言いますが、ネイチャーと社会をつなぐシステムIoN(Internet of Nature)をベースにしたような社会システムなら作れるかなと思っています。IoNのインターフェースはセンサーではなくて、農業、漁業、林業などに携わっている人です。そういう人たちが自然や川の情報を吸収して社会に流す仕組みを作りたいのです。

藤田:話に出たサーファーもそうですね。

近藤:自然は複雑なので、単一のセンサーでは捉えられません。人がインターフェースになるシステムが目標です。環境DNAの採取も、自動採取ではなく、人が出向いて調査することにこだわっていきます。

藤田:IoTとセンサーだけの世界では悲しいですもんね。

近藤:知ることで好きになる。藤田さんが山が好きになったのもそうですよね。

藤田:体験しないとわからないですから。地元の人が気づいていない地元の自然の素晴らしさが外からだから見えることがあります。世界潮流を見ていると、あなたたちのそれはブランディングになりますよと気づくことがあります。外から見て、ネイチャーポジティブをキャッチフレーズにすることで、魅力や機会を発信できますよというアドバイスができます。

近藤:ぼくたちの活動にもぜひ、どんどんアドバイスしてください。今後ともよろしくお願いします。

藤田:こちらこそ。

文責:広報室 特任教授 渡辺政隆

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東北大学総務企画部広報室
Email:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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