2025年 | プレスリリース・研究成果
\「隠れた色素」の働きを解読/ クリプトクロム光受容タンパク質による光応答シグナル伝達の中間体構造を解明
【本学研究者情報】
〇多元物質科学研究所 教授 南後恵理子
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- 青色光受容タンパク質であるクリプトクロムが光を検知した後の中間体構造を経時的に解析することで、クリプトクロムの光応答機構の詳細を解明
- クリプトクロムに内包されるフラビン補酵素(FAD)の光還元反応に伴い、FAD近傍とFAD遠位にて独立に構造変化が起こることで、シグナル伝達を担う分子構造へと遷移することを発見
- クリプトクロムの構造-機能相関の理解が深まり、今後の人工光遺伝学ツール開発の発展に貢献
【概要】
台湾大学のManuel Maestre-Reyna助理教授、ドイツ・フィリップ大マールブルグのLars-Oliver Essen教授、大阪大学大学院基礎工学研究科の山元淳平准教授、台湾中央研究院・生物化學研究所の蔡明道特聘研究員らは、理化学研究所の別所義隆客員研究員、公益財団法人高輝度光科学研究センターの大和田成起主幹研究員、東北大学の南後恵理子教授、京都大学の岩田想教授、兵庫県立大学の當舎武彦教授、名古屋大学の梅名泰史准教授、およびグルノーブル・アルプ大学、欧州シンクロトロン放射光研究所の研究者らとの国際共同研究にて、緑藻類をはじめとした植物やハエの内に存在する青色光受容タンパク質であるクリプトクロムの、光受容後10ナノ秒から233ミリ秒にわたる中間体の立体構造を解明しました(図1)。
植物の生育やシグナル伝達・概日リズム形成などに関与する青色光受容型クリプトクロムは、発色団であるフラビンアデニンジヌクレオチド※1の光還元反応※2によって下流因子へとシグナル伝達すると考えられていましたが、その詳細な分子機構については解明されていませんでした。
今回、研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)※3施設SACLA※4のBL2ビームラインを用いて、クリプトクロムの微結晶を対象とした時分割シリアルフェムト秒X線結晶構造解析(TR-SFX)※5を実施しました。その結果、光受容後のクリプトクロム中間体の三次元立体化学構造を明らかにし、光還元反応がタンパク質中に引き起こす構造変化がシグナル伝達の鍵であることを解明しました。これにより、人工光遺伝学ツールの開発応用が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、5月17日(土)午前3時(日本時間)に公開されました。

図1.青色光受容クリプトクロムの光応答反応の概要
【用語解説】
※1 フラビンアデニンジヌクレオチド
ビタミンB2(リボフラビン)にピロリン酸を介してアデノシンが結合した化合物で、多くの酸化還元酵素の補酵素として使われている。アデノシンが結合しないフラビンモノヌクレオチド(FMN)とともに、フラビン補酵素と呼ばれる。酸化型、一電子還元型アニオン型ラジカル、一電子還元型中性ラジカル、二電子還元型の酸化還元状態をとり、それぞれFADox、FAD•-、FADH•、FADH-と示した。
※2 光還元反応
クリプトクロムが属する光回復酵素・クリプトクロムスーパーファミリー(PCSf)に特徴的な光依存的なFADの還元反応。励起状態のFAD発色団は、PCSf中にて高度に保存された3つないし4つの芳香族アミノ酸側鎖から電子を獲得し、還元状態のFAD種が生成する。一方で、芳香族アミノ酸側鎖上に生じた正孔は、保存された他のアミノ酸側鎖から連続的に電子授受が起こることでタンパク質外縁近傍へと移動し、還元状態のFAD種が安定化される。
※3 X線自由電子レーザー(XFEL)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。「SPring-8(スプリングエイト)」などの従来の放射光源と比較して、10億倍も高い輝度のX線がフェムト秒(1,000兆分の1秒)スケールの時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かしてマイクロメートルサイズの小さな結晶を用いたタンパク質の原子分解能の構造解析やX線領域の非線形光学現象の解明などの用途に用いられている。 XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
※4 SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本ではじめてのXFEL施設。高い空間コヒーレンス、短いパルス幅、高いピーク輝度を備えたX線領域のレーザーを発生させる。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まった。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、0.1 nm以下という世界最短クラスの波長のレーザー生成能力を持つ。
※5 時分割シリアルフェムト秒X線結晶構造解析(TR-SFX)
結晶中の分子の微細な動きを高い時間・空間分解能で観察する手法。本研究では、高粘度媒体に懸濁させた微結晶をXFELおよび励起パルスレーザー光の焦点に対して連続的に吐出することで、光励起後一定の遅延時間における回折像を取得した。数万枚のイメージデータからタンパク質の立体構造を決定し、光応答反応中間体のスナップショットを構築した。
【論文情報】
タイトル:"Capturing structural intermediates in an animal-like cryptochrome photoreceptor by time-resolved crystallography"
著者名:Manuel Maestre-Reyna*, Yuhei Hosokawa, Po-Hsun Wang, Martin Saft, Nicolas Caramello, Sylvain Engilberge, Sophie Franz-Badur, Eka Putra Gusti Ngurah Putu, Mai Nakamura, Wen-Jin Wu, Hsiang-Yi Wu, Cheng-Chung Lee, Wei-Cheng Huang, Kai-Fa Huang, Yao-Kai Chang, Cheng-Han Yang, Meng-Iao Fong, Wei-Ting Lin, Kai-Chun Yang, Yuki Ban, Tomoki Imura, Atsuo Kazuoka, Eisho Tanida, Shigeki Owada, Yasumasa Joti, Rie Tanaka, Tomoyuki Tanaka, Jungmin Kang, Fangjia Luo, Kensuke Tono, Stephan Kiontke, Lukas Korf, Yasufumi Umena, Takehiko Tosha, Yoshitaka Bessho, Eriko Nango, So Iwata, Antoine Royant, Ming-Daw Tsai*, Junpei Yamamoto*, Lars-Oliver Essen*
DOI:https://doi.org/10.1126/sciadv.adu7247
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所
教授 南後 恵理子(なんご えりこ)
TEL:022-217-5345
E-mail:eriko.nango.c4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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