2025年 | プレスリリース・研究成果
「スピン半導体」の動作速度の限界を超える新発見 ~反強磁性体の従来磁石材料に対する工学的優位性を世界で初めて実証~
【本学研究者情報】
〇電気通信研究所 教授 深見俊輔
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- マクロには磁力を示さない反強磁性体(注1)を用いて、従来の磁石材料(強磁性体(注1))で構成するスピン半導体の限界を超える1ナノ秒(100億分の1秒)の極めて短時間で1,000回中1,000回の記憶動作を実現しました。
- この強磁性体に対する"反強磁性優位性"が、反強磁性体のスピンが従う運動方程式の根本的性質に由来した普遍的なものであることを解明しました。
- 今回の発見と実証結果で、スピンで情報を記憶する省エネ半導体「スピン半導体」に新進展がもたらさせることが期待されます。
【概要】
スピントロニクス(注2)の発展により、強磁性体を用いた不揮発性メモリー(磁気抵抗メモリー:MRAM(注3))の社会実装が進展し、半導体集積回路の高機能化・省エネ化に貢献しています。一方で近年、基礎研究の領域では、全体としては磁力を持たない磁性材料である反強磁性体が注目されています。これまでこの反強磁性体の強磁性体との類似点や相違点が様々な角度から調べられてきましたが、強磁性体に対する工学的な優位性は明らかではありませんでした。
このたび東北大学、物質・材料研究機構及び日本原子力研究開発機構からなる研究チームは、スピンが渦巻状に並んだカイラル反強磁性体Mn3Sn(注4)を用いて、半導体応用で重視される動作速度に関して、反強磁性体の強磁性体に対する優位性を実証しました。具体的には、Mn3Snをナノメートルサイズに微細化することで、反強磁性体特有の現象である「電流印加によるスピン構造のコヒーレント回転(注5)」を超高速で自在に制御できることを明らかにし、その上で高効率な書き込み動作を0.1ナノ秒という強磁性体を凌駕する時間スケールで実現しました。
この制御方式は外部からの磁場を必要とせず、再現性にも優れることから、「スピン半導体」の大幅な機能向上に繋がるものと期待されます。
今回の研究成果は、2025年8月21日(米国時間)付で科学誌Scienceに掲載されました。

図1. (a) カイラル反強磁性体ナノドット素子の高速制御実験の模式図。(b) 今回作製したナノドット素子の観察画像。
【用語解説】
注1. 強磁性体と反強磁性体:
電子には「電荷」という物質の電気的性質を決める物理量に加えて、「スピン」と呼ばれる磁気的性質を決める物理量がある。磁性体は内部のスピンが空間的に秩序化した材料であり、スピンが一様な方向に揃った強磁性体(いわゆる磁石)や原子スケールの周期で打ち消し合うことによりマクロな磁力を持たない反強磁性体がある。従来、反強磁性体は実用性が低いとされてきたが、本研究は強磁性体に対する工学的な優位性を初めて明らかにしたものと位置付けることができる。
注2. スピントロニクス:
電子の電荷(電気的性質)とスピン(磁気的性質)を同時に利用することで発現する物理現象を明らかにし、工学的に利用することを目指す学術分野。代表的な応用技術として磁性体のスピンの向きで情報を検出あるいは記録する、磁気センサーや磁気抵抗メモリー(MRAM)などがある。
注3. 磁気抵抗メモリー(MRAM):
電源をオフにすると記録された情報を失う既存の半導体メモリー(揮発性メモリー)に対し、オフにしても情報を失わないメモリーを不揮発性メモリーと呼ぶ。磁性体の磁気状態の変化に伴う電気抵抗値の変化を利用したメモリーは磁気抵抗メモリー(MRAM)と呼ばれ、高速・低消費電力な不揮発性メモリーとして社会実装が進展している。
注4. カイラル反強磁性体、マンガン・スズ合金(Mn3Sn): 一般的な反強磁性体は隣り合うスピンが正反対の向きに共線的(一直線状)に並ぶ性質を持ち、共線反強磁性体と呼ばれる。これに対して非共線的(渦巻状)に並んで全体の磁力を打ち消しあっている磁性体が存在し、その中でも特に渦巻の向きが揃ったものをカイラル反強磁性体と呼ぶ 。Mn3Snはカイラル反強磁性体の代表例。その特異な電子状態により、通常の反強磁性体とは異なり、スピンの反転に伴って大きく抵抗が変化するという強磁性体と類似した性質を示し、電気的な状態の読み取りが容易という特長を持つ。
【論文情報】
タイトル:"Electrical coherent driving of chiral antiferromagnet" (カイラル反強磁性体の電気的コヒーレント駆動)
著者: Yutaro Takeuchi*, Yuma Sato, Yuta Yamane*, Ju-Young Yoon, Yukinori Kanno, Tomohiro Uchimura, K. Vihanga De Zoysa, Jiahao Han, Shun Kanai, Jun'ichi Ieda, Hideo Ohno, and Shunsuke Fukami*
*責任著者:物質・材料研究機構磁性・スピントロニクス材料研究センター 研究員 竹内祐太朗、東北大学学際科学フロンティア研究所 准教授 山根結太、同学電気通信研究所 教授 深見俊輔
掲載誌:Science
DOI:10.1126/science.ado1611
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学電気通信研究所
教授 深見 俊輔
TEL: 022-217-5555
Email: s-fukami*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(兼)東北大学大学院工学研究科電子工学専攻
(兼)東北大学先端スピントロニクス研究開発センター (CSIS)
(兼)東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター (CIES)
(兼)東北大学材料科学高等研究所 (WPI-AIMR)
(兼)公益財団法人稲盛科学研究機構 (InaRIS)
(報道に関すること)
東北大学電気通信研究所 総務係
TEL: 022-217-5420
Email: riec-somu*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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