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トランス脂肪酸が老化・炎症を促進する分子メカニズムを発見 -生活習慣病の発症予防・治療戦略の開発に期待-

【本学研究者情報】

〇大学院薬学研究科 衛生化学分野
教授 松沢厚

研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • エライジン酸(代表的なトランス脂肪酸)が、DNA損傷(注1)の際に起きる細胞老化 ()および炎症を促進する作用とその分子機構を解明しました。
  • エライジン酸を摂取したマウスでは、代謝関連脂肪肝疾患(MASLD)()の発症時に、肝臓の細胞老化および炎症が亢進しました。
  • 動脈硬化症やMASLDをはじめとしたトランス脂肪酸関連疾患の、画期的な予防・治療戦略の開発に繋がることが期待されます。

【概要】

一部の加工食品に含まれるエライジン酸などのトランス脂肪酸の摂取は、過去の疫学的知見から、動脈硬化症や生活習慣病(MASLDなど)をはじめとした加齢や炎症が関連する疾患のリスク因子とされてきましたが、炎症誘導の詳細な分子機構は不明でした。

東北大学大学院薬学研究科の小島諒太大学院生、平田祐介准教授、松沢厚教授らの研究グループは、同研究科の佐藤恵美子准教授、帝京大学薬学部の濱弘太郎准教授、横山和明教授、静岡県立大学薬学部の滝田良教授、岩手医科大学薬学部の野口拓也教授らとの共同研究により、最も主要なトランス脂肪酸であるエライジン酸が、DNA損傷の際に起きる細胞老化および炎症を促進することを発見しました。エライジン酸は細胞膜上の脂質ラフト()と呼ばれる膜上の微少領域に取り込まれ、この領域内にサイトカインIL-1受容体を集積させることで、受容体下流における炎症誘導シグナルの活性化を増強し、細胞老化や炎症反応を増幅することが明らかになりました。エライジン酸を摂取させたマウスでは、心血管疾患や肝がんの引き金となるMASLDの発症時に、肝臓の細胞老化および炎症が亢進しました。動脈硬化症やMASLDなどのトランス脂肪酸関連疾患の、画期的な予防・治療戦略の開発に繋がる重要な研究成果です。

本成果は、8月5日に国際科学誌iScienceにオンライン掲載されました。

図1. エライジン酸による細胞老化および炎症の促進機構
エライジン酸はリン脂質成分として脂質ラフトと呼ばれる細胞膜上の微少領域に取り込まれ、本領域へのIL-1受容体の集積を促進する。DNA損傷時に細胞老化が起きると、IL-1α/6/8などの炎症関連因子が発現誘導されるが、エライジン酸存在下では、IL-1αの産生・分泌に伴うIL-1受容体の活性化が増幅され、TAK1/IKK経路を介した転写因子NF-κBの活性化が亢進することで、更なる細胞老化・炎症が引き起こされる(正のフィードバック機構)。本機構による炎症反応の促進作用は、代謝関連脂肪肝疾患(MAFLD)などのトランス脂肪酸関連疾患の発症や進展に寄与すると考えられる。

【用語解説】

注1. DNA損傷:
紫外線や活性酸素などの細胞内外からのストレスによって、DNAが修飾や切断を受けて障害され、正常な状態を維持できなくなること。損傷の程度が重度な場合は、アポトーシスなどの自発的な細胞死を起こして、損傷が蓄積した細胞を排除することで細胞のがん化を防ぐ。一方、損傷が中程度の場合は、後述の細胞老化を誘導する。

注2. 細胞老化:
DNA損傷やストレスに応答して細胞が増殖を停止する現象で、体内の組織の恒常性維持やがん抑制に関与する。老化細胞は、サイトカイン(IL-1α, IL-6)やケモカイン(IL-8)などの炎症誘導因子を産生・分泌する老化関連分泌表現型(SASP:Senescence-Associated Secretory Phenotype)という形質を獲得し、炎症や組織リモデリングなどによって、さまざまな生理応答や病態に関与することが知られる。

注3. 代謝関連脂肪肝疾患(MASLD:Metabolic dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease):
代謝異常に関連して肝臓に脂肪が蓄積する疾患群で、世界的に患者数が増加しているにも関わらず、根本的な治療法が確立されていない。生活習慣病と密接に関係しており、心血管疾患や肝疾患のリスクを高めることが知られている。進行すると肝炎(MASH:Metabolic dysfunction-Associated Steatohepatitis)が発症し、さらに肝硬変、肝がんの原因となることがある。従来は、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD:Non-Alcoholic Fatty Liver Disease)と呼ばれていたが、2023年に国際的な定義変更が行われ、MASLDという呼称が用いられるようになった。

注4. 脂質ラフト:
細胞膜の中に存在する脂質とタンパク質が集まった微少領域。スフィンゴ脂質やコレステロールを特に豊富に含むため疎水性が高く、秩序だった構造を取っており、膜全体に均一に存在するわけではなく、「いかだ(raft)」のように点在する。本領域には受容体やシグナル分子が集まりやすく、さまざまなシグナル伝達のプラットフォームとして、細胞内情報伝達を効率よく行うために重要な役割を担う。

【論文情報】

掲載誌: iScience
タイトル: Elaidic acid drives cellular senescence and inflammation via lipid raft-mediated IL-1R signaling
著者: Ryota Kojima†, Yusuke Hirata†*, Ryo Ashida†, Miki Takahashi†, Ryosuke Matsui, Kotaro Hama, Ayako Watanabe, Ryo Takita, Emiko Sato, Taiki Abe, Kazuaki Yokoyama, Takuya Noguchi, and Atsushi Matsuzawa*
†筆頭著者:東北大学大学院薬学研究科 大学院生 小島諒太
東北大学大学院薬学研究科 学部生(研究当時)蘆田諒
東北大学大学院薬学研究科 大学院生(研究当時)高橋未来
†筆頭著者 *責任著者:東北大学大学院薬学研究科 准教授 平田祐介
*責任著者:東北大学大学院薬学研究科 教授 松沢厚
DOI:10.1016/j.isci.2025.113305

詳細(プレスリリース本文)PDF

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院薬学研究科
教授 松沢厚
TEL: 022-795-6827
Email: atsushi.matsuzawa.c6*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院薬学研究科・薬学部総務係
TEL: 022-795-6801
Email: ph-som*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

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