平成20年3月 修士・専門職・博士学位記授与式

柔らかな陽射しが春の訪れを告げる、弥生、三月。 本日、修士の学位を授与された1674名の諸君、専門職の学位を授与された145名の諸君、そして博士の学位を授与された527名の諸君に、東北大学を代表して心よりお祝い申し上げます。また、今日の日に至るまで諸君を支えて下さった方々、特に、諸君のご両親に、また結婚しておられる方にはそのご家族の方々にも、心よりお祝い申し上げます。
東北大学は昨年創立百周年を迎えました。明治40年(1907年)の建学以来、「研究第一」、「門戸開放」、「実学尊重」の理念を掲げて、研究の成果を人類社会が直面する諸問題の解決に役立て、指導的人材を育成することによって、平和で公正な人類社会の実現に貢献してきました。その歴史は、東北大学に関わる人々のたゆまぬ挑戦の歴史でもあります。
本日ここに学位を授与された諸君は、本学の次の百年の歴史を創造する最初の修了生です。それぞれの専門分野において、深い研鑽を積み、高い学識を修得し、優れた研究成果を挙げられました。これからは社会の中で、あるいは大学等の研究機関において、新たな課題に取り組むことになります。それぞれ活躍される舞台は異なっても、東北大学で育まれた「Challenge(挑戦)」、「Creation (創造) 」、「Inovation (革新) 」という三つのキーワードを基軸に行動する研究マインドは、生涯諸君とともにあるはずです。仙台から日本全国、そして世界に向けて羽ばたくことを期待しています。
人類は長い歴史の中で、創造と破壊を繰り返しながらも自然と社会の諸現象に対する理解を深め、高度な文化を育んできました。そして今や世界の国々は主権を保持しつつも国家の垣根を突き崩し、地球規模で協同する時代を迎えています。その一方で、各国政府は国力の強化を戦略的に進めています。その一つが、大学を拠点とした専門的知識と科学技術の高度化、つまり知識基盤社会の構築です。
今、人類社会は地球規模で克服すべき様々な複雑かつ困難な課題に直面しています。その中で知の拠点である東北大学は、百年という歴史の中で継承してきた知の蓄積と、絶えざる研究・教育の創造を通して、前途に横たわる諸課題に堂々と立ち向かう先導力となる決意をしています。それこそが「世界リーディング・ユニバーシティ」として人類社会の発展に貢献する大学の姿と考えるからです。
昨年三月、私は東北大学総長として「井上プラン2007~世界リ-ディング・ユニバシティを目指して」と題するアクションプランをとりまとめました。その公表から一年、本学ではオリジナリティ溢れた様々な挑戦が行われています。本学の教職員、学生、そして同窓生が切磋琢磨して一体となってその力を発揮してきたことの表れと自負しております。
このような挑戦の精神に溢れる本学で学んだ諸君には、新たな一歩を踏み出すに当たり、人類はこれからどんな社会を築くのか、その社会において諸君はどんな挑戦を続けていくのかを考えていただきたいと思います。 そしてそうした諸君に、私は次の三つのことを強く期待したい。
第一は、実行力をもって挑戦を続けて欲しいということです。 高度な専門的能力を身につけられた諸君は、グローバルな事象で揺れ動く国際社会における実践の場において、より広くて深い知識、より高い俯瞰力、そしてよりスピードある行動が求められることでしょう。
いろはがるたに「論語読みの論語知らず」という札があります。いくら知識だけを知っていても、それを実行できなければ学んだことにはならないことを表しています。つまり有言でも無言でもよいが、実行力を伴わなければ意味がないことを示唆した言葉で、決して良い意味に使われるものではありません。
諸君に期待したいのは、どんな土俵でも目標に突き進む突進力、そして実行力です。そこには理念や情熱があり、時には厳しさも存在します。「論語読みの論語知らず」では困ります。ましてや「論語読まずの論語知らず」ではさらに困ります。学問の修得はこれで終わりでなく、これからが始まりです。継続的に知識を蓄え、存分に実行力を発揮していただきたい。
第二は、好きで、楽しんで挑戦を続けて欲しいということです。 挑戦を続けていくには大きなエネルギーが必要になります。そのエネルギーは、自分が燃え上がることで心の底から沸き上がってくるものです。自分が燃え上がるための最良の方法は、挑戦することを好きになることです。どんな挑戦であっても、夢中になって打ち込んでいくと、「そういうことだったのか」という至福の瞬間が訪れ、新しい世界が開けていきます。アルキメデスが公衆浴場でアルキメデスの原理を突如ひらめいたとき、あまりの嬉しさに「ヘウレーカ!(我、発見せり)」を連呼しながら、家まで裸で駆け戻ったという話は有名です。私も没頭して、長年取り組んでいた研究課題に対して、共通する基本的考え、この場合には経験則でしたが、その存在が浮かんだ時には、嬉しさのあまり幾度も「分かった」と呟き、急に世界が明るくなり、人生に対して自信が沸いてくるのを感じた体験があります。
ささやかな一歩でも達成感、充実感、そして自信が生まれます。この体験を積み重ねていくことによって、間違いなく挑戦することがどんどん好きになります。やがてどんな努力も苦にならなくなり、溢れる未来を創造する担い手となることができるのです。
論語の一節に、「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。」という言葉があります。学問をただ知っているだけという人は、本当に好きで楽しんでいる人には決してかなわないことを表しています。仕事であれ、人生であれ、それを好きになり、その中に楽しみを見いだすことができるかで、自ずから生き方も変わってきます。物事はそれを「楽しむ」という境地に至ったときに、はじめてそれは自分のものとなり、自らも豊かとなり、まさしくそれが最高の境地であるということです。もちろん成果が生まれないと不安が心を占めることもあるでしょう。しかし、それを「楽しむ」のです。それは受け身の姿勢ではなく、「楽しめる領域まで夢中になる」という積極的な姿勢です。夢中になれるのは、過去でも未来でもない「その時」だけなのですから。
第三は、何よりも諸君一人ひとりが独立する精神を持って挑戦を続けて欲しいということです。
「独立する精神」とは、自分で自分の心を支配し、自分の信念に忠実に行動することです。より正確に言えば、他人に依存せず、自分で物事を見極め、自分の責任で行動することを指します。
社会心理学者であるエーリッヒ・フロムの著書に「自由からの逃走」があります。その中でフロムは、自由は近代人に独立と合理性を与えた一方で、個人を孤独に陥れ、不安で無力なものにした、と述べています。そして、個人は自由の重荷から逃れ、新しい権威者への依存と服従を求めるか、あるいは自立や自治としての積極的自由の実現に進むかの二者択一に迫られた、と述べています。フロムは、自由からの逃避を導くものとして三つの権威を挙げています。秩序や命令に代表される外的権威、義務や良心にみられる内的権威、そして常識、科学、世論を装う匿名の権威です。これから諸君は様々な権威に遭遇すると思いますが、その一つひとつに対し、独立する精神を持って臨み、自立した行動をしていただきたいと思います。
何か起これば自分を偽ったり、権力に脅されれば論を曲げたり、利益があると思えば善悪の見極めなくそれを求めたりする。それらは結局のところ独立する精神の欠如から生じてくるものなのです。
人は誰しも、成長して自立していかなければなりません。その途上では、辛いこと、苦しいことは必ずあります。しかし、自分の選んだ道を信じ、前向きに楽しんで挑戦を続け、ゴールへたどりつくまで一ミリずつでも進んでゆく。そんな思いが明日への扉を開けていくものと信じます。その時は道なき道の足跡でも、きっと確かな道となっていくことでしょう。 第一は、実行力をもって挑戦を続けること。
第二は、好きで、楽しんで挑戦を続けること。
第三は、自分自身が独立する精神を持って挑戦を続けること。
実はこうした人間像こそが、私が長年理想とした研究者像でもあります。
これが今日ここに学位記授与式を迎えた諸君に対する、私からのお祝いのメッセージです。
私たち東北大学は、教職員、学生、同窓生はもとより、広く社会の方々との関わりの中で活動を行っています。「世界リーディング・ユニバーシティ」を目指して、人類社会の様々な課題に挑戦していくことにより、社会から信頼、尊敬、そして愛情を受けられる大学として、人類社会の発展に貢献できるものと私は信じております。また同時に、東北大学は、諸君のこれからの人生にとっていつまでも有意義な存在であり続けたいと思っています。
ここに一堂に集われた諸君一人ひとりが学問に対し、そして東北大学に対しいつまでも変わらぬ愛をもち、それぞれの夢に向かって飛躍されることを願ってやみません。最後に、諸君が不断の努力を惜しむことなく、未来を見つめ、新たな世界の扉を開かられることを心から祈念して、私の式辞の結びといたします。
平成20年3月25日 東北大学総長 井上 明久
(於:仙台サンプラザホール)