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 雪解けの水をたたえる広瀬川、絢爛と咲き誇る桜花、濃く淡く芽を吹く青葉山、そして谷渡のウグイスがあちらこちらでさえずる東北大学のキャンパス。いかにも待ち望んでいた春を一気に謳歌するような、命の躍動。これこそが陸奥の春なのです。
また今年も新たな息吹を感じさせてくれる春が来ました。そして本学にも新たな息吹の新入生を迎えることができました。東北大学・学生、大学院生として新たな人生の春を迎えられた新入生諸君に対し、東北大学を代表して心から歓迎の意を表します。また、今日の日に至るまで諸君の勉学を支えられたご家族の方々に対しても祝意を表したいと思います。

さて、東北大学は明治40年(1907年)、今から101年前に日本で第3番目の帝国大学として建学されました。昨年は創立百周年の締めくくりをした年であり、今年は新たな百年に向けて出発する年に当たります。

本学は、建学以来「研究第一」と「門戸開放」を理念に掲げ、我が国で初めて研究大学を標榜した大学です。そして「実学尊重」のもと、人類が直面する課題に挑戦し、数多くの研究成果を世界に送り出してきました。たとえば皆様ご存知の本多光太郎先生によるKS鋼・新KS鋼の発明、八木秀次先生による八木アンテナの発明、真島利行先生による漆の天然物化学の研究、あるいは土井晩翠先生による雄渾な漢文調の詩風確立、宇井伯寿先生による近代的インド哲学に関する基礎研究などがあります。さらに最近ではノーベル化学賞に輝いた本学出身の田中耕一先生による生体高分子の構造解析手法の開発や日本学士院恩賜賞となった安元健先生による海洋生物の毒の構造解析など数多くの優れた研究がなされてきました。優れた研究をたたえる主な賞であるノーベル賞、文化勲章、文化功労者、日本学士院恩賜賞、日本学士院賞、日本学士院エジンバラ公賞、日本国際賞などを合わせてみると、170余の受賞がこれまでになされてきました。それが諸君の入学した東北大学なのです。よく出される話ですが、1922年に東北大学を訪れた、かのアルバート・アインシュタイン博士は、帰国後「仙台は学術研究に最も向いた都市であり、恐るべき競争相手は東北大学である」と語ったと言われたことも頷ける大学なのです。

このような優れた伝統を築き上げてきた東北大学の舵取りを任せていただいた私は、総長就任直後よりこれからの東北大学の進むべき道を構想し、これまでの百年の知の蓄積と、これからも続く絶えざる研究・教育の創造を通して、前途に横たわる諸課題に堂々と立ち向かう先導力となる「世界リーディング・ユニバーシティ」として人類社会の発展に貢献していくことが本学の採るべき道と考えました。その道は私一人で進む道ではなく、東北大学を支えて下さるすべての皆様のご理解とご支援を賜りながら、本学の教職員のみなさん、そして学生諸君とともに一丸となって努力していかなければならない道だと思っております。それ故に、この決意を内に秘めるのではなく、明確に表明してこそ、その道が開けるものと考え、昨年、「井上プラン2007」としてアクションプランを公表しました。このアクションプランは、あらゆることに知的好奇心を持って「Challenge (挑戦)」すること、知的研鑽・独創的思考のもと新たな価値観を創り上げる「Creation (創造) 」の精神、そしてその「創造」を社会へ還元していく「Innovation (革新) 」という精神を根底において作成しました。

この一年間、このプランの実行に向けて私自身、様々な挑戦をいたしました。たとえば、学生諸君が世界に羽ばたくために、1年生を主体として海外で学ぶ「スタディー・アブロード」プログラムを創り、シドニー大学で実施しました。また、学生諸君の学習意識の高揚を目指して新たな教養教育の充実を掲げ、本学で研究体験の豊富な教授に研究の面白さを諸君に伝える総長特命教授制度を新設しました。研究では、日本で5カ所だけが選ばれた世界的研究を牽引する研究機構として「原子分子材料科学高等研究機構」が本学に設立されました。また、本学の教育研究環境の整備計画を立案し、その一環として新入生諸君に最も関係する川内キャンパスの整備に着手するなど、新たな東北大学創りに向けた多様なチャレンジをしてきました。そしてこれからも新たな教育、独創的研究に向けてあらゆる事にチャレンジし続けて参りたいと思っております。

明日への創造、未来への革新のため、日々挑戦している東北大学に入学された諸君の前途には、大きく開かれた道があります。しかし、その道は一つではありません。街灯もついていません。道標もはっきりとしているとは限りません。いくつもの分かれ道もあります。その道は陸に限ったものでもありません。世界に向かうには海の道もあります。それらの道を創っていくことこそが諸君の行うべきことなのです。
しかし、地図もなく道標もなく、コンパスも六分儀も、あるいは最近のGPSもなくては進みようがありません。また、穴だらけの道や、細くて通れそうもない道は補修する必要があるでしょう。あるいは今は大きく迂回する道もトンネルでつないだり、橋を渡したりすることもあるでしょう。星を頼りに船で航海するかもしれません。いずれにしても道を探し、道を創るには様々な道具やいろいろな材料が必要不可欠です。それらの道具や材料を手に入れてこそ、諸君の進むべき道が明確になり、その道を創っていくことができます。その一つ一つの道具、一つ一つの材料こそが様々な学問なのです。

道具はたくさん持つに越したことはありません。いろいろな道造りに対応できるからです。また自ら開発する新しい道具、自分にあった道具を創造するにもいろいろな道具があればこそできるのです。大学生になった諸君ははじめ全学教育として教養科目を学ぶことになるでしょう。それは一見自分の専門分野と異なる場合があると感じるかもしれません。しかし、それが将来重要な道具となることや、新たな道具を創る材料になるのです。基礎学問の広さは創造の原動力となるからです。東北大学には人文社会科学から自然科学まで幅広い分野において多数の世界的な教育研究者がおり、諸君の独自の道創りを支援してくれるでしょう。道造りの道具を見せてくれるものと確信しています。ただ、それを自分の道具にするか、その材料を使って新たな道具を創造し、道を切り開くのは諸君なのです。諸君が学び取ることなのです。

さて、学ぶとはどのようなことでしょうか。かつて孔子は弟子に言いました。「これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らずと為せ。これ知るなり」といっています。「知ったことは知ったこととし、知らないことは知らないこととする。それが知るということだ。」と説いています。これは謙虚な心、素直な気持ちで学問に向かう姿勢を説いたものと思います。日々、自らを省み、自らのいたらなさを認め、人の言葉を素直に受け入れる謙虚さこそが真に学ぶ姿勢だということでしょう。
また、孔子は、「吾れ嘗て終日食らわず、終夜寝ねず、以て思う。益なし。学ぶに如かざるなり」とも言っています。考えているだけでは何にもならないということを説いています。もちろん夢は大切です。在学中に一人ひとりの天性にあった夢と高い志を探して下さい。しかし夢だけを追いかけてばかりでは何も得られません。頭で考えているだけでは何もできません。毎日の学問、毎日の実験データを積み上げることに勝るものはないと言っているのでしょう。まさに日々、地道なことでも積み上げていくことが自らの道を造ることにつながることなのです。

しかし、素直な気持ちで学び、日々努力を積み上げて自分の道を造ることは決して容易いことではありません。先が見えなくなって不安になることもあるでしょう。このようなとき、人間は容易な方向へと流れていってしまいがちです。ここに己に克つ強靱な精神力が必要になります。謙虚で素直な姿勢を持って学問に勤しむと同時に、自らの精神力も鍛えて下さい。精緻な学問、妥協のない知的追求は決して楽ではありませんが、その苦難こそ諸君に自信を与え、勇気を与えてくれるでしょう。そして強靱な克己心を育んでくれるに違いありません。

東北大学は諸君の第二の故郷になるでしょう。これから諸君は東北大学の学生として、何ごとにも好奇心をもって積極的に挑戦し、知的研鑽・独創的思考によって新たな価値観を創造し、さらにその創造を人類社会へ還元する革新に向かってください。諸君一人ひとりが不断の努力を惜しむことなく、それぞれの道を創り、それぞれの道を究めていくことを願ってやみません。

諸君の学生生活に実りあれ、幸あれと心から祈念し、私の式辞といたします。

 

 

平成20年4月2日 東北大学総長 井上 明久
(於:仙台サンプラザホール)

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