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 万物躍動の春の訪れを感じる、弥生、三月。

本日、学士の学位を授与された二四○七名の諸君、修士の学位を授与された一六四九名の諸君、専門職の学位を授与された一六四名の諸君、課程修了により博士の学位を授与された五○三名の諸君、そして論文提出により博士の学位を授与された五一名の諸君に、東北大学を代表して心よりお祝い申し上げます。また、今日の日に至るまで諸君を支えて下さった方々、特に、諸君のご両親に、また結婚しておられる方にはそのご家族の方々にも、心よりお祝い申し上げます。

東北大学は明治四〇年(一九〇七年)の建学以来、「研究第一」、「門戸開放」、 「実学尊重」の理念を掲げて、研究の成果を人類社会が直面する諸問題の解決に役立て、指導的人材を育成することによって、平和で公正な人類社会の実現に貢献してきました。その歴史は、東北大学に関わる人々のたゆまぬ挑戦の歴史でもあります。

本日ここに学位を授与された諸君はこのような本学で、それぞれの専門分野において深い研鑽を積み、高い学識を修得し、東北大学で育まれた「Challenge(挑戦)」、「Creation (創造) 」、「Innovation (革新) 」という三つのキーワードを基軸に行動する研究マインドをもって、物事を本質的に、そして総合的に捉えるアプローチの方法を学びました。これからは社会の中で、あるいは大学等の研究機関において、より広範で深い学識、より高い総合力、そしてよりスピードある行動が求められることでしょう。また、知的好奇心をバネとしながら、常に地球社会のありようと人類の未来を見据える見識も求められることでしょう。学位の取得は、人生の大きな区切りです。また、勉学の区切りでもあります。しかし、「勉学の区切り」は「勉学の終わり」ではありません。「本当の勉学」とは、これからが始まりであり、生涯を通して励まなければならないものであります。

昨年初めにアメリカでのサブプライムローンに端を発した金融危機が瞬く間に世界 を駆けめぐり、一九二九年以来の一〇〇年に一度の経済危機が世界の国々を襲っています。日本もこれまでにない不況に見舞われ、雇用不安や就職内定取消しなど、学生と直接関係する深刻な社会問題も提起しています。
この劇的な現象は、実体のないペーパーマネー体制の崩壊が原因であるとしても、これまでの資源やエネルギーを大量に消費する「大量生産・大量消費型」の産業基盤が今や限界に近づき、「地球環境調和型」の新産業基盤の構築が問われているものと言えましょう。その「地球環境調和型」の新産業基盤とは、環境問題、エネルギー問題、少子化問題、高齢化問題、医療問題、食糧問題などへの対策を十分呑み込むものでなければなりません。これらの問題のどれもが空前のスケールで展開する未曾有な問題であり、しかも日本だけにとどまらず、人類の生存までに影響を与える可能性を持つ地球社会の全体にも関わる問題なのであります。そしてこのような状況だからこそ、常識の枠にとらわれない発想の転換・飛躍が必要とされるのです。

本学で学んだ諸君には、その洋々たる人生の第一歩を踏み出すに当たり、どのよう な進路を進むにしても、東北大学で学んだことに確信をもち、この私たちの社会が多くの課題を抱えていることを忘れないでいただきたい。そして人類はこれからどんな地球社会を築くのか、その社会において諸君はどんな挑戦を続けていくのかを常に念頭において、グローバルな事象で揺れ動くそれぞれの活動の場で、その探究の最前線を担っていただきたい、そう願っております。

そうした諸君に、私は特に伝えたい二つのことを、この新たな門出のお祝いの言葉 として贈ることにします。

私が贈りたい第一のメッセージは、「「なぜ?」という疑問に挑み続けよう!」ということです。
過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望を抱け。大切なことは、何も疑問を持たない状態に陥らないことである。相対性理論の生みの親、アルベルト・アイシュタインの言葉です。アインシュタインは次のようにも言っています。神聖な好奇心を決して失わないようにしよう。自分自身に対して、そして自分の目の前にある自然現象に対して「なぜ?」の止むことのない探求を繰り返すうちに、物質、エネルギー、光、相互作用、空間、時間などに対するイメージがひらめき、それを理論で解き明かしたのです。彼は歴史上において最も「天才」という称号が似合う科学者かもしれません。しかし、「科学する心」は誰にとっても同じです。大事なのは、不思議を素直に見つめ、なぜだろうかと思考実験することです。日常の多くの場面では「これはこういうものだ」と疑うことなく判断しがちです。そのうち、疑問を持つことさえ忘れることがあります。こうだと決められていることをそのまま受け入れていては新しい発想は生まれません。なぜそうなのか、日常の中で起きる疑問を少しでも遡って思考実験することが大切です。それが日常生活の中の「科学する心」なのです。科学とはある現象に理屈を付ける作業であり、難しい法則なり理論だけではありません。その根底にあるのは不思議や疑問に素直に向き合う心そのものなのです。
さらに大事なことは、表面的なものにとらわれず、その背後にある本質を見抜く力、深い洞察力です。単に現象を表面的に見るのでなく、その本質をイメージし、そこからその現象を捉えるようにしてください。そうすれば、環境や条件が変わった時でも、その本質イメージに沿って自分で自律的に答えを導き出せるのです。もちろん時にはイメージから演繹したものと異なる結果が現れることもあります。「それもなぜ?」という疑問を持って考えることにより、直観と思考との間で新しい本質イメージがひらめいて、新たな創造へと発展していくのです。
私にも「そんなのは無理ですよ」と言われたけれど、「本当はできるのではないか?」という「なぜ?」という疑問を繰り返すうちに、材料開発の新しいイメージがひらめいて、それが新合金創成ヘと発展したという体験があります。新しい研究成果の努力の影には九九%の疑問が積み重ねられているのです。

こうして「なぜ?」という疑問を繰り返していくと、単に既存の、しかも日本という島国だけで通用する学識にとどまらず、世界で通用する視野を持って遠くを見つめていくことになります。「井のなかの蛙」にならずに複眼的な思考を持って、なぜそれが問題にされているかを考察していくのです。「真の国際人とは日本の文化を知ることである」と言われることがあります。確かに日本のことを勉強して外国に行かなければ外国のことはわかりません。けれど、外国に行って初めて日本、そして自分自身のことがわかることがあります。世界的視野の涵養には、あらゆる文化の多様性を受け入れることが必要です。そして様々な地域の歴史、民族、政治、経済などあらゆる異文化を認め、その本質を理解することです。どんどん海外に出かけて、国際舞台においても「なぜ?」を繰り返してください。

第二のメッセージは、「出過ぎた杭になろう!」ということです。
昔から「出る杭は打たれる」と言われますが、出ない杭は土の中で腐ってしまいます。国家あるいは分野の垣根が崩れるボーダレスの時代には、自由闊達な起業家精神に満ちた「出る杭」が求められます。

「出る杭」になるにはエネルギーが必要です。エネルギーの源泉は強い意志力であり、はみ出ることがあっても、失敗することがあっても、アグレッシブに考えて行動していただきたい。もちろんそれは最低の条件であってそれだけでは困ります。例えば熱意や根性だけでは課題を解決できません。志を高く、夢と倫理観をもって、勉学に励み、決して奢ることのない人間であることが大切です。
故事ことわざに「能ある鷹は爪を隠す」という言葉があります。解釈はいろいろありますが、諸君に期待したいのは、どんな困難な場面でもゴールに突き進む突進力、そして実行力です。私にとっての最大の誇りも失敗しないことではなく、倒れるごとに起き上がることにあります。何かあることを試み、そして失敗する人間の方が、何にもしないで成功する人間よりどれだけ良いかわかりません。爪を出さなければならない場面なのに「能ある鷹は爪を隠す」のままでは困ります。ましてや「能無しの口叩き」であってはさらに困ります。むしろ「出すぎた杭になって叩かれない」くらいのマインドをもって行動を起こしていただきたい。
もちろん「出る杭」もむやみに出ろということではありません。激しい時代の変化とともに柔軟に変化できなければなりません。かつては成功体験の拡大再生産で伸びた時期がありました。成功体験をもった経験者と同じような行動をすればよかったのです。今ではそれは通用しません。変化に対して柔軟に対応して、自らが変化をつくり出すために「出る杭」として行動するのです。「キープ・チェンジング」の意識をもって変化をリードすることが求められているのです。  

アメリカの詩人ロバート・フロストの詩「誰も行かなかった道」に次の一節があります。

遠い遠い未来のどこかで
森の中 道は二手に分かれている そして私は・・・

そして私は 誰彼も選ばない道を選んできたのだ
そのことが どれだけ大きく私の人生を変えたことかと

人生の岐路に立ったとき、決して歩きなれた道ではなく、誰も選ばない道を選んでチャレンジする。誰かが通った道はモデルがあるから歩きやすいけれど、「世界で初めて」の創造は生まれてきません。そこでトライアンドエラーを繰り返すスピードをもって行動することで、溢れる未来を創造する担い手となることができるのです。

自分の選んだ道を信じ、前向きに挑戦を続け、ゴールへたどりつくまで一ミリずつ でも進んでゆく。たとえ小さな雨粒でも、ずっと降り続ければ、固い石にも穴をあけられる。そんな思いが明日への扉を開けていくものと信じます。未来を予測する最善の方法は、自らそれを創り出すことにあるのです。
第一は、「なぜ?」という疑問に挑み続けること。
第二は、出過ぎた杭になるくらいの行動力を発揮すること。
先輩たちが築いてきた社会、その社会を起業家精神に満ちた行動によって時代の変化に応じたものに変革し、それを次の世代に継承する。それがバトンを受け継いだ諸君の使命なのですから。
これが今日ここに学位記授与式を迎えた諸君に対する、私からのお祝いのメッセー ジです。

私たち東北大学は、「世界リーディング・ユニバーシティ」を目指して、人類社会 の様々な課題に挑戦していくことにより、社会から信頼、尊敬、そして愛情を受けられる大学として、人類社会の発展に貢献できるものと信じております。また同時に、東北大学は、諸君のこれからの人生にとっていつまでも有意義な存在であり続けたいと思っています。
ここに一堂に集われた諸君一人ひとりが学問に対し、そして東北大学に対しいつまでも変わらぬ愛をもち、それぞれの夢に向かって飛躍されることを願ってやみません。最後に、諸君が不断の努力を惜しむことなく、未来を見つめ、新たな世界の扉を開かられることを心から祈念して、私の式辞の結びといたします 。

 

 

平成21年3月25日 東北大学総長 井上 明久
(於:仙台市体育館)

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