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 東北大学総長の井上明久です。

 東北大学を代表いたしまして、心よりご入学のお祝いを申し上げます。

 本日、学部生2,487名、大学院生2,598名の未来の可能性に溢れる諸君が、本学に入学されました。

 例年であれば、新入生諸君ならびにご家族の方々をお迎えして、全員一同に会した入学式典を行う慣わしでしたが、学部・研究科ごとにご集合いただき、入学式典の式辞で申し上げたいことを「総長メッセージ」という形にして、お届けすることにいたしました。

 まず初めに、本年3月11日に発生しました東日本大震災により被災された方々に、心よりお見舞い申し上げるとともに、不幸にもお亡くなりになった方々のご冥福をお祈り申し上げます。また、被災地で救援活動、復興支援に精励されている方々に敬意と感謝を申し上げます。

 このたびの地震は、観測史上最大級のもので、東日本各地に甚大な被害をもたらしましたが、本学キャンパス内では安全が確保され、幸い人的被害はありませんでした。原子力発電所からの放射能物質の漏出という、重大事故も注視していますが、本学独自のモニタリングで、放射能レベルは正常値内にあります。東北大学は、新たな学年期のスタートに向けて、教育研究基盤の回復に全力を挙げて取り組んでまいりました。しかし、すべての入学者が集まっているわけではありません。諸君のように大学進学が決定しながらも、この大震災で亡くなった方がいることを、私たちは忘れてはなりません。

 さて、歴史上かつてない未曾有の大震災に見舞われた国難の渦中で、今日から諸君は、東北大学の一員として、新たな一歩を踏み出すことになります。

 現代社会は、これまでの想定を覆すような人間の生存と尊厳を揺るがす深刻な事態が次々と起こる予測困難な時代です。そして、東日本大震災の悲惨な現実を直視したとき、学問と社会の架け橋である大学にかかわるすべての人が、「想定外」を専門家の責任解除とすることなく、その責務として、この不条理を克服する答えを示すべく、決意を新たに挑戦しなければなりません。今、私たちが直面している大震災は、これまで前提としていた安全・安心という既成概念と決別して、想定外を乗り越える「安全・安心社会の創生」を目指した新たな人類社会へのパラダイムシフトを求めているのです。

 そんな現代社会を生きている諸君は、過去の常識を根本的に問い直し、今後50年あるいは100年のあるべき姿を描いて、未来への道をひらく使命を担う世代であると思います。

 そうした期待を込めて、本学の一員としてのスタートに当たり、3つのことを伝えたいと思います。

 第一に、今回の大震災の被災現場との強いかかわりの中で、未来を担う諸君にとって重要なこととはなにか。

 誤解を恐れずに言えば、私は痛烈にこう思っています。『いかに悲惨な現実でもそれを直視しなければこの先に道はできない。命とは何なのか。人間とは何なのか。科学の進歩とは何なのか。大学とは何なのか。日本人とは何なのか。地球人とは何なのか。今ここで生きている自分は何なのか。自分に一体何ができるのか。悲観して思い煩っているだけではいけない。』と。今まさに、生かされている幸せを感じとって、まず「現在為すべきことを為す」ことから始めることです。

 復旧・復興への取組は、日本という国家の21世紀の道筋を決める正念場であり、長い歳月にわたる挑戦の日々となるでしょう。寒さに震えた者ほど、太陽を暖かく感じます。悲惨な現実をくぐった者ほど、生命の尊さを知っています。この悲惨な悲しみの生きた経験を胸に、未来をつくる覚悟と決意をもって、それぞれの専門分野において、深い研鑽を積み、高い価値観と主体的に行動する力を身につけていただきたい。困難な状況にあってこそ、その底力を発揮するのが東北大学生であり、諸君が復旧、復興、そして未来にあって重要な役割を担う地球社会のリーダーとなることを、私は信じています。

 第二に、諸君が入学される東北大学の覚悟と決意についてです。

 東北大学は1907年(明治40年)の建学以来、「研究第一主義」の伝統、「門戸開放」の理念及び「実学尊重」の精神を基に、研究の成果を人類社会が直面する諸問題の解決に役立て、指導的人材を育成することによって、平和で公正な人類社会の実現に貢献してきました。その歴史は、東北大学に関わる人々のたゆまぬ挑戦の歴史でもあります。

 大災害に直面した被災現場には、頑張ろうにも頑張れない、何もかも失われた悲しみや苦しみがあります。しかし、どんなに過酷で虚しい状況の中でも「未来」は残っているのです。その未来には、様々な専門的知見と現場の知恵が必要とされます。本学は、大震災の状況に対する献身的な貢献活動と同時に、地域社会の復旧、復興、そして人類社会の持続的発展に向けて、悲しみを希望の光に変える活動に英知を結集して総力を挙げる覚悟と決意を表明いたします。

 東北大学は被災地域にある学術研究と地域再生の拠点大学として、研究者個人の専門家としての貢献はもちろん、全学横断的な組織体制システムの下、復興・地域再生を先導する研究に戦略的・組織的に取り組み、その成果を発信・実践していきます。そして、次世代のために人間と自然が共存し得る、安全・安心な社会づくりに邁進していくことを通じて、世界から信頼、尊敬、そして愛情を受けられる世界リーディング・ユニバーシティとして、人類社会の発展に貢献してまいります。

 第三に、学問に対する心構えについてです。

 明治の文豪・幸田露伴の名著「努力論」の「自序」に次の一節があります。

 『努力は一である。然し之を察すれば、おのずからにして二種あるを観る。一は直接の努力で、他の一は間接の努力である。間接の努力は準備の努力で、基礎となり源泉となるものである。』

 現在でも同じく心に響いてきます。間接の努力(準備の努力)を忘れ、いくら直接の努力(実行の努力)を積み重ねても、「労多くして功少なし」にしかなりません。学問の修得は、つまらなく思えるような小さな前向きの歩みが一歩一歩積み重なって、価値ある目標に近づいていけるものなのです。

 ここで、深い畏敬の念と、感謝の気持ちを禁じ得ない一人の研究者を紹介します。

 今では植物生理学の教科書に必ず載っているムギネ酸。それは、孤高の研究者と言われた高城成一博士が、東北大学農学研究所での助手時代に発見されました。高城先生の研究は、当時あまり相手にされずに、孤軍奮闘の形でイネの水耕栽培実験を繰り返す中から、「水が多いと根から分泌される鉄溶解生物質が薄められて鉄欠乏が起こる」という常識を破る現象に気づいて、1959年にそれを報告します。それから長い年月をかけて分泌量の多いオオムギからこの物質を精製し、1978年に化学構造の決定がなされました。この業績は、長年無名の時間に耐えなければなりませんでしたが、1983年に、高城(たかぎ)先生が私費で参加した国際植物鉄栄養学会で、ポスター発表されました。このポスター発表に衝撃を受けたドイツの学者は、その追試を行い、今日ではあまりに有名な Strategy-Ⅰと Strategy-Ⅱという仮説を発表しました。ムギネ酸のような鉄を吸収する能力を高めれば、農業に向かない石灰質の土壌にも強い植物の改良ができます。高城先生の発見は、その後の植物栄養学のパラダイムシフトの引き金となり、食糧やエネルギー問題の解決に向けて世界中で行われている品種改良の起動力となっているのです。

 このように、高城先生の存在とその研究を思い起こすとき、この目的を定めた粘り強い努力こそが、オリジナリティを創造することを改めて思います。学問は権威でも自明でもありません。学問は冒険心をもって、謙虚に続けなければ修得できないものなのです。私たち東北大学は、諸君に主体的に勉強することを求めます。辛抱強く果敢に自分の研究を追い続ける努力を求めます。「学問に王道なし」は、諸君の学業の指針になっていくのではないかと思います。

 時あたかも、この年に本学の一員となった諸君には、悲しみを越えて復旧・復興に勤しむ方々を心し、東北大学というグローバルキャンパスの中で、自分を見つけ、千里の道も一歩からを実践して、明日への扉をひらくリーダーに育っていただきたい。

 諸君のこれからの健闘を期待して、学究の門出へのはなむけの言葉といたします。

 東北大学ご入学、おめでとう!

平成23年5月6日      

東北大学総長 井上明久

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