本文へ
ここから本文です

【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.008 生と死を支えるスピリチュアルケア ―公共的な存在としての臨床宗教師―

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

文学研究科 谷山 洋三 准教授

文学研究科 谷山 洋三(たにやま ようぞう)准教授

誰もが迎える死。しかしたいていの人は、ふだんは死を意識することなく生活しています。自分や身近な人、あるいは見知らぬ人の死と予期せず向き合うことになったとき、大半の人は戸惑うはずです。その戸惑いを乗り越えるための手助けをする臨床宗教師という人たちがいます。谷山さんは、臨床宗教師の養成にあたっています。

東日本大震災の教訓

津波によって大きな被害をもたらした東日本大震災では、たくさんの人が死と向き合うことになりました。肉親や知人の死だけでなく、災害現場や遺体安置所で、否応なく多くの遺体を目の当たりにすることになりました。そのことにより、大きな悲しみを抱いたり、無力感を覚えた人たちがたくさんいました。

そうした人たちの心のケアを目的に、宮城県内の宗教関係者が宗教の垣根を超えて協力し合い、震災から2カ月後に「心の相談室」が開設されました。友人知人を亡くされ、その悲しみを誰に打ち明けて相談したらいいかわからず戸惑っていた多くの人が、「心の相談室」で救われたことでしょう。

これは、悲しみ(グリーフ)や、生きる意味を見失ったことによる苦痛(スピリチュアルペイン)を癒すためのグリーフケアとかスピリチュアルケアと呼ばれる活動の一環でしたが、たくさんの死に立ち会った人たちにとって、宗教者が行うスピリチュアルケアには特別な意味があったのです。

スピリチュアルケアを行う宗教者は広くチャプレンと呼ばれています。もともとはキリスト教会やチャペルにおける信者に対するよろず相談的なケアをする聖職者を指していましたが、その後は意味が拡大し、教会内だけでなく学校、病院、軍隊などで宗教儀式を執り行ったり相談にのる聖職者を指すようになりました。

日本におけるチャプレンという名称は、がんなどの末期患者が収容されるキリスト教系ホスピスでの緩和ケアを、医療関係者といっしょに行う宗教者の名称として一般的になりました。ただ、キリスト教系以外のホスピスの普及に伴い、仏教の僧侶もケアに携わるようになったことで、キリスト教的な響きの強いチャプレンに代わり、仏教の僧侶にはビハーラ僧という呼称も提案されました。ビハーラとはサンスクリット語で僧院という意味で、ビハーラを名乗る仏教系のホスピスもあります。

谷山さんは、石川県の浄土真宗の寺の三男として生まれ、9歳で得度(とくど)しました。東北大学文学部に進学したのは、文化人類学か仏教学を学びたいとの思いからでした。最終的には宗教学、それもインド仏教の研究を選んだのですが、文献研究だけではもの足らず、社会福祉という観点も視野に入れたバングラデシュでの宗教人類学的なフィールド調査も実施しました。

2000年に博士号を取得後は、日本で最初(1992年)にビハーラ病棟を設けた長岡西病院のビハーラ僧(チャプレン)となりました。

重度障害者・難病ホスピスでのボランティア経験はあったものの、チャプレンとなって最初の1カ月は手探り状態でたいへんだったそうです。その後さまざまな経験を積む中で、宗教者にして研究者であることの強みを活かし、論文をまとめることなどにより、チャプレンとしてのノウハウ、理論的な側面や倫理を広く共有してきました。

臨床宗教師の養成

ビハーラ僧として3年間の勤務の後、大学の研究者に転じると同時にスピリチュアルケアのボランティアを実践していた谷山さんは、東北大学に臨床宗教師を養成する「実践宗教学寄附講座」が開設されたのを機に、2012年に母校に戻りました。臨床宗教師とは、チャプレンやビハーラ僧という名称ではその役割がわかりにくいということで、臨床現場に立ち会う宗教者の呼称として新たに提案されたものです。2017年からは履修証明プログラムでスピリチュアルケア師の養成も始めています。

臨床宗教師は、宗教や宗派を問いません。むしろ、ケアの対象は所属教団の信徒ではなく、布教伝道を目的とするものでもありません。その点で、通常の宗教活動とは大きく異なります。宗教者としてケア対象者に接することが前提ですが、意見の押し付けもしません。では、スピリチュアルケアと宗教的ケアはどこが違うのでしょうか。

谷山さんによれば、「自分の支えとなるものを再確認・再発見することで生きる力を取り戻すための援助もしくはセルフケア」であると同時に「スピリチュアリティ(非合理的な体験・感覚に意味づけをする機能)によるケア」を行う点では違いがありません。それに対してカウンセリングを行うカウンセラーは、同じような聞き役ですが、死生観や宗教観に触れることはありません。

スピリチュアルケアでは、自由な表現を用いつつ、ケア対象者の「気づき」を待ちます。一方、宗教的ケアでは、宗教的な表現を用いつつ、ケア提供者から「気づき」もしくは「答」の提供を行います。ただしその際には、対象者の信仰や信念に敬意を払い、それを理解し受け入れる態度が求められます。臨床宗教師は、ケア対象者から求められれば、祈りや祭具を提供することもあります。必要となれば、他の宗教者の紹介もします。

谷山さんは、末期患者の緩和ケアの中で、死ぬのが怖いと言う人や、人生に後悔を覚える人、残された家族のことを心配する人、いかなる不安も動揺も感じていない人など、さまざまな人と出会ってきました。子を亡くした人や戦争経験者は、亡き子や戦友に会えると考えることで死を恐れない人が多いといいます。

臨床宗教師であっても、末期患者に対しては、優先すべき基本姿勢はスピリチュアルケアであるというのが谷山さんの信念です。「ケア援助者としては、ケア対象者の信念に寄り添いながら、表現されるスピリチュアリティに焦点を当てつつ援助を行う」のが原則であり、その中で対象者の宗教観に寄り添うかたちで援助を提供すべきだというのです。

たとえば、ケア対象者が「死んだらどうなるんですか」と問いかけてきたとしても、安易に「私はこう思います」と自説を述べるのは禁物です。死生観は人さまざまですし、宗教・宗派によっても異なります。その場合はたとえば、「どうしてそのことを聞きたいんですか。あなたのおばあさんはどうなったと思いますか」と逆に問いかけ、それに対する答に沿った対応をします。

患者さんのケアだけが臨床宗教師の仕事ではありません。その家族や医療スタッフのケアも大切な仕事です。特に、たくさんの死と向き合っている救命救急医療のスタッフは大きなストレスを抱えています。海外の病院には救命救急病棟にチャプレンが配属されているそうですが、日本ではそういう例はありません。ちなみにTBS系列で放映されているドラマ「病室で念仏を唱えないでください」の主人公は、僧侶にして救命救急医という異色の設定で、谷山さんは監修を務めています。

日本では、「政教分離」の名の下に、建前だけの宗教排除が横行しています。しかし、ほんとうの意味での多文化共生社会を推進するなら、宗教に対する正しい認識と教育が必要です。公共の場に礼拝施設がめったにないという状況は問題です。イスラム教に限らず、礼拝や瞑想の場を必要としている人や文化は少なくないと、谷山さんは訴えます。

若い人たちに谷山さんが送りたいメッセージは、「人は死ぬ」ということも含めて「現実を直視しよう」です。社会の問題は他人ごとではなく、自分の問題として真剣に考え行動してほしいと願っているのです。

文責:広報室 特任教授 渡辺政隆

第12回臨床宗教師研修全体会のひとこま

関連リンク

問い合わせ先

東北大学総務企画部広報室
E-mail:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

このページの先頭へ