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【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.016 地域の健康は個人の健康 -保健師の経験から開発した地域愛着メソッド-

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

東北大学大学院医学系研究科 大森 純子教授

東北大学大学院医学系研究科 大森 純子 (おおもり じゅんこ)教授

日本国憲法第二五条には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とあります。この公衆衛生の最前線で活躍しているのが保健師です。保健師が含まれる看護職としては他に、助産師、看護師、准看護師があります。このうち、保健師、助産師、看護師は国家資格であり、なかでも保健師は看護師の資格を併せ持っている必要があります。

大森さんは、聖路加看護大学(現在の名称は聖路加国際大学)を卒業後、病院看護師、産業保健師、行政保健師を経て研究の道に進み、2014年1月に東北大学大学院医学系研究科保健学専攻公衆衛生看護学分野の教授に就任しました。公衆衛生看護学とは、看護学、社会学、公衆衛生学の知識を用いて公衆の健康増進と病気予防を図るための研究領域です。

念仏講が教えてくれた「みんな丈夫で元気」な暮らし

大森さんは、大学卒業から3年目に、千葉県佐倉市役所福祉部の保健師になりました。保健師と聞くとすぐに保健所を思い浮かべますが、保健所が設置されているのは都道府県と政令市・中核市です。各市町村に健康福祉関連の課や保健センター等が設置されており、保健師が配属されています。

佐倉市は佐倉藩の城下町として栄えた地方都市で、市街地の周辺に印旛沼などを擁する田園地帯が広がっています。大森さんは、1万2000人の地域の保健活動を一人で担当することになりました。担当地域はいくつもの地区に分かれており、地区ごとに文化や暮らしぶりが大きく異なるコミュニティが存在していました。仕事内容は、新生児や自宅療養中の高齢者宅の家庭訪問、住民の健診や健康相談、老人クラブや長寿大学などでの健康教育等でした。

なかでも印象的だったのが、在郷地区の念仏講と呼ばれる老人会でした。その場を借りて、生活習慣病・寝たきり予防の講習会を開き、味噌汁の塩分測定のデモもして講習を終えます。すると自分の祖母の年齢の人たちから、「ためになったよ」というねぎらいの言葉がかけられます。しかしその舌の根も乾かぬうちに、「でも、ここらはみんな丈夫で元気だ」という言葉が決まって返ってきたのです。そしてその後は、各人が持ち寄った自慢の漬物をつまみながらの茶飲み話が延々と続きました。最後は、畑まで案内され、自慢の作物をお土産に持たされるのが常だったそうです。

そこでは、茶飲み話を交わす場が助け合いにつながり、和気あいあいとしつつも適度な距離間を保つ心地よい関係が存在していました。しかしそのときはまだ、こういう関係性は大切だと実感しつつも、「ここらはみんな」と語ることの真意をはかりかねていたといいます。 そんなモヤモヤを抱えながら大学院に進学した大森さんはエスノグラフィー的手法に基づく実地調査により、身近な他者との日常的な交流が健康に及ぼす影響を調べることにしました。その結果、和気あいあいとした関係性が、ヒーリングやケアリングとなっている可能性が見えてきました。

そこでさらに研究を進め、住民の高齢化が進む(かつての)新興住宅地のコミュニティでのソーシャルキャピタルの向上を目指すにはどうすればよいか、そのために保健師にできることは何かを検討することにしました。具体的には、在籍していた聖路加大学と佐倉市が連携協定を結び、前期高齢女性どうしの「気遣い合い」の関係づくりを軸とした主体的健康増進プログラムの開発プロジェクトを立ち上げたのです。

こうした一連の研究は現在も続いており、東北大学と連携自治体の千葉県白井市、埼玉県吉川市との共同事業として、「地域への愛着を育むプログラム」へと発展しています。

新型コロナウイルス感染症対策支援

2021年3月は、東日本大震災から10年の節目にあたっていました。それに関係した人の出入りがあったせいか、宮城県では、3月16日に、新型コロナウイルス新規感染者数が、前日の54名から117名に跳ね上がりました。これを受けて、宮城県と仙台市は3月18日に独自の緊急事態宣言を発令。それに伴い、厚生労働省からは地域保健室長と保健指導室長が仙台に入りました。東北大学も、県知事の要請を受け、大森さんを中心に、保健学専攻看護学コースの教員22名と大学院生8名が同18日から仙台市保健所青葉支所等の支援に入りました。

大森さんたちが最初にしたことは、支援室の立ち上げでした。加えて、こうした支援業務未経験の大学スタッフや他県から派遣された保健師のためのマニュアルを整備しました。

積極的疫学調査、濃厚接触者・検査対象者の受診調整、自宅療養者・待機者の健康観察など、業務は多岐にわたります。

積極的疫学調査というのは、感染者の感染経路を特定するための行動歴と接触者に関する電話での聞き取り調査です。新規感染者に関する情報が医療機関から保健所に入るのは18時過ぎになります。そのため、新規感染者に電話をかけるのは20時とか21時からになってしまいます。しかも1件につき30~60分は要します。

青葉支所は管轄区域に東北一の繁華街があり、企業のオフィスや各種学校も集中しているため、必然、感染者を多く抱えることになりました。なかには行動歴を知られたくない感染者もいて、調査する側にもされる側にもストレスがかかります。こんな夜に電話してくるなと怒り出す相手もいたそうです。保健師にしても、感染者の不品行を知りたくて聞き取り調査をしているわけではありません。感染経路を特定し、感染拡大を食い止めるためのヒアリングをしながら、体調管理や感染を広げないための行動を指導します。

濃厚接触者が高齢者の場合、検査の必要性を説明したうえで検査日時の予約を入れるまで、相手の反応に合わせた辛抱強くていねいな対応が求められます。自身も電話対応をしながら、大森さんは、看護職でなければできない対応だなあとつくづく思ったそうです。

緊急事態宣言で検査体制が強化されたこともあり、保健所では1日当たりの陽性者の数が300名を超えることも覚悟したといいます。陽性者の数は3月30日の205名をピークにしばらく上下した後4月14日には100名を下回る日が続くようになりました。

感染拡大に歯止めがかかった段階で、大森さんたちは次の感染急拡大に備えた体制作りに取りかかりました。仙台市内の医療系の大学・短大の看護系教員に声をかけ、保健所支援の経験を積んでもらったのです。最終的に64名の教員(保健師、助産師、看護師、歯科医師、薬剤師)が保健所支援に参加してくれたそうです。

今回の保健所支援で実感したのは、緊急事態が勃発して支援で呼ばれてからでは遅いということだったそうです。それでは後退戦を戦うしかないからです。大森さんはこれまで、住宅地のコミュニティでの健康づくりプログラムを推進してきました。新型コロナウイルス感染症で多くのクラスターを出した繁華街で働く人たちを対象に何ができるかを、考え始めたところだそうです。

WHOが提唱したヘルスプロモーションは、健康は豊かに生きるための手段であってゴールではないと謳っています。それに加えて、病気は決して自業自得ではありません。特に新型コロナウイルス感染症に関しては、個々人、保健師、保健所だけでできることの範囲を超えています。みんなの健康をみんなで守るという心掛けが必要なのです。マスクをするのも、自分が感染しないためであると同時に、他人に感染させないためでもあります。

大森さんは、その意味でも、気遣い合うことの大切さや、日常生活でつながっている、顔が見えるコミュニティづくりの大切さを改めて実感しています。

文責:広報室 特任教授 渡辺政隆

仙台市保健所青葉支所での支援活動

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問い合わせ先

東北大学総務企画部広報室
E-mail:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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