本文へ
ここから本文です

【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.019 細胞内をピョコピョコ動き回るモータータンパク質をつかまえたい

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

東北大学学際科学フロンティア研究所 千葉杏子助教・プロミネントリサーチフェロー

学際科学フロンティア研究所 千葉 杏子 (ちば きょうこ)助教

痙性対(けいせいつい)麻痺という病気があります。両脚の筋肉が緊張して突っ張ってしまい、動かせなくなってしまう病気です。0歳から高齢まであらゆる年齢で発症し、およそ10万人に3~10人の割合で発生します。さまざまな原因が知られていますが、遺伝性のものについては60以上の原因遺伝子とその症状のタイプが報告されています。

原因遺伝子のうちの2つは、キネシンという、細胞内での物質輸送を担っているモータータンパク質の異常に関係しています。千葉杏子さんは、そのキネシンを研究しています。

キネシンの全身を見る

モータータンパク質は、細胞内で合成されたタンパク質や膜小胞などを必要とされる部位まで運搬する働きをしています。キネシンは、3種類あるモータータンパク質のうちの1つで、微小管というレールの上を一歩ずつ、荷物を担いでゆらゆらと運んでいきます。その姿は、逆立ちさせたカイワレ大根を思い浮かべればよいかもしれません。その場合、2枚の子葉が足にあたります。足の動きはよく解析されていて、ウェブ検索すると、大きな水風船を担いだような姿のCG動画が見つかります。

千葉さんは、北海道大学大学院薬学研究院では、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドの前駆体タンパク質の細胞内での挙動を研究していました。前駆体タンパク質にGFPという緑色蛍光タンパク質をつけて顕微鏡で観察すると、ピュッピュッとものすごい勢いで移動したり止まったりという様子が面白かったそうです。

そのように動かす仕組みに興味をもった千葉さんは、モータータンパク質を直接観察する研究がやりたくなり、博士研究員としての所属先にカリフォルニア大学デーヴィス校の研究室を選びました。そこではまず、キネシンをまるごと1つ精製して、1分子の動きを観察できるようにすることに集中しました。

キネシンの運動については、CG動画が作られるほど研究が進んでいました。しかしそうした研究はみな、キネシンの「足」の部分だけを使った研究でした。キネシン分子は大きいため、まるごと1つを精製するのは難しいと考えられていたからです。キネシンは、移動用の下半身と、積荷を担ぐための「手」のある上半身で構成されています。そこで、下半身だけを切り出して精製し、運動の解析が行われていました。これには、手がないほうがよく動くというメリットもあったそうです。

しかしまるごとの精製が難しい理由としては、目的のタンパク質分子の合成を司令する遺伝子を大腸菌に導入して合成させた上で精製するという一般的な方法では、1分子まるごと全長の精製ができないことにありました。それに対して千葉さんは、大腸菌の代わりに昆虫の培養細胞を使うのはどうかなと、素朴に考えました。そこで、これもよく実験に使われているヨトウムシの培養細胞を使ったところ、「できちゃった」のだそうです。キネシンの全長を用いた1分子観察の系を世界で初めて確立したのです。スライドグラスにレール役の微小管を固定し、そこにGFPをつけたキネシンを加えることで、全長を備えた1分子のキネシンがレールの上を動く様子を特殊な顕微鏡で観察できるようになったのです。

そこに、日本の研究者から共同研究の打診がありました。現在の所属先のメンター教員である丹羽伸介さんです。丹羽さんは、線虫を用いて、キネシンが活性化する(動く)仕組みを研究していました。痙性対麻痺に関係するKIF1Aというキネシンは、神経伝達物質であるシナプス小胞の移動に関係しています。丹羽さんは、シナプス形成の位置が変わる変異を線虫で調べ上げて見つけていた分子モータータンパク質の変異が、KIF1Aの病気変異と同じことに気づきました。そこで、1分子の系を確立していた千葉さんに共同研究を打診したのです。

両脚の運動機能が麻痺する病気なら、神経伝達に関与するキネシンの動きが悪くなっているのだろうと、それまでは思われていました。しかし、丹羽さんが見つけた変異型のキネシン分子を千葉さんが精製して観察したところ、正常な野生型よりも動きが格段に増えていました。その変異遺伝子を線虫に導入して発生を調べると、シナプスが前側に行き過ぎた位置に形成されました。次に、キネシン変異が原因と思われる痙性対麻痺患者の他の変異も調べたところ、さらに2つの変異でキネシンの暴走が確認できたそうです。偶然の発見と異なる研究手法の共同研究によって発展させたこの研究成果は、2019年に発表しました。

これを機に千葉さんは、KIF1A遺伝子異常による痙性対麻痺の国際的な患者さん団体との会合にも参加するようになりました。患者さんとその家族の声を聞くことで、基礎研究になおいっそう力が入るそうです。

1分子観察の強みを生かして

2021年4月に東北大学に着任した千葉さんは、丹羽さんの研究室といっしょに、痙性対麻痺よりも深刻な神経性難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)に取り組みました。遺伝性(家族性)ALSの原因の1つとして、KIF5Aというキネシンの変異が知られています。KIF5Aは、神経細胞に特有のニューロフィラメントやミトコンドリア、RNA顆粒の輸送に関与しているとされています。

さっそく変異型KIF5Aの1分子観察をしようとしたところ、分子が数珠つながりになってできた凝集体がゴソゴソゴソとアメーバのように動く様子が見えたそうです。全身がそろった正常な(野生型の)キネシンは、積荷を担いでいない状態では動きません。キネシンが動くには、たくさんのエネルギーが必要です。なので省エネのために、仕事がないときは、手で自分の足を抱えて動かないようにしているのではないかと考えられています。ところが変異型KIF5Aは、その手で仲間のキネシンの手と繋がり合ってしまい、その状態で動きまわっていたのです。もしかしたら、このタイプのALSは、キネシンの手に異常が起きているのかもしれません。いずれにしろこうしたことは、頭のてっぺんから足先まで揃った全長キネシンの観察でなければわからなかったことです。

アメリカ留学当時、キネシンの全長の精製に成功し、痙性対麻痺の研究がうまくいった時点で、次にやりたい研究がたくさん出てきました。そのリストのトップが、上述のALSに関する研究でした。次なる目標は、野生型のキネシンが活性化して動き出す仕組みを明らかにすることです。

前述のように、仕事がないときのキネシンは、自分の足を手でつかんで動かないようにしているのではないかと考えられています。しかし、そもそもこれまではキネシンの全長が見えていなかったので、真偽のほどは不明です。そうだとしても、積み荷が来たら足から手を離して荷をつかむ仕組みはどうなっているのでしょう。微小管というレールのコーティングも鍵を握っていそうです。千葉さんは、新しい手法も学びながら、そうした疑問に取り組んでいくつもりでいます。

「1分子観察をする」と簡単に言いますが、なにしろ相手は小さいので、顕微鏡下で望みの姿をとらえるのは容易ではありません。100回に1回でもうまくいけばよいほうです。それでも千葉さんは、顕微鏡をセットするたびに、そこには驚きの発見が待っているのではないかとワクワクしながら、研究を続けています。

文責:広報室 特任教授 渡辺政隆

全長キネシンタンパク質の運動観察 (縦横各25µm、再生速度10倍) 白い線が微小管、緑の粒がキネシン。
(左)が正常なキネシン、(右)が痙性対麻痺の変異をもつキネシン。変異型のほうがよく動く。

関連リンク

問い合わせ先

東北大学総務企画部広報室
E-mail:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

このページの先頭へ