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【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.021 生きものに学ぶロコモーション

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

東北大学大学院工学研究科 大脇大准教授・ディスティングイッシュトリサーチャー

大学院工学研究科 大脇 大 (おおわき だい)准教授

そんなにたくさん脚があるのに、よく絡まずに歩けるねと問われたムカデは、はたと考え込んで歩けなくなってしまったという故事があります。逆に言うと、生きものの歩行や走行に脳はそれほど関与していないということなのでしょうか。そういえば二本しか脚のない人間も、ふつう、歩くときは無意識に脚を出しています。しかし、ロボット研究が進んだ現在も、生きもののようにスムーズに歩くロボットは未だ開発されていません。大脇さん、歩行ロボットの研究から、生きものの自律的な運動機能に興味をもつようになりました。

始まりは受動歩行

子供の頃からプラモデルなどの工作が好きで、地元名古屋大学の工学部に進んだ大脇さんは、所属研究室を決める研究室訪問で受動歩行機械の動画を見て衝撃をうけ、ロボット研究に夢を抱きました。それは、当時世界中で盛んに研究されていた、腰関節構造によって2本の脚が結合されただけで、モーターもセンサーも付いていないのに坂道などを自律的に歩き下りる受動的二脚歩行機械でした。

そこで大学院の修士課程に進学すると、さっそく受動的二脚歩行の研究に取り組みました。たしかに、脚と膝関節の構造をうまく作ってやると、振り子に似た原理で坂道を自発的に歩いて降りる装置になるのです。

つまり要は、左右の脚の着地と前進のバランスとタイミングということ。歩行時、人は頭で考えながら歩いているわけではなく、中枢神経系の下位レベルと脊髄の神経回路によって制御されているらしいのです。なので、センサーなしの機械的な構造でも歩行を再現できるのです。そこでその安定化構造をモデル化することで次の研究につなげました。

指導教授の異動に伴って東北大学に場所を移した博士課程では、研究を受動的二脚走行に発展させました。まず目指したのは、受動走行をモデル化し、シミュレーションによって再現することでした。苦心の末にモデル化に成功し、腰のバネと脚のバネの弾性を変数として設定することで、何通りかの受動歩行と受動走行のパターンが再現できました。

シミュレーションでは、実際の人間の歩行・走行パターンに似た結果が得られました。この研究の目標は、モデル実験を基に、脚で移動する生きものの高速運動が実際にどのように制御されているかに迫ることでした。そこで受動走行を安定化させている原理を探ろうとしたのですが、得られた結果は、受動歩行の安定化原理と同じというものでした。

大脇さんは、歩行と走行に関わる原理が同じという結果に違和感を感じました。二脚受動歩行では、片脚が地面についているあいだに反対の脚を前に振り出し、着地する瞬間とほぼ同時に、それまで着地していた脚を持ち上げて前に振り出すという動きを繰り返します。安定なモデルでは、片脚が着地するタイミングをフィードバックして、反対の脚を踏み出すタイミングを合わせているのです。

しかしどうでしょう。二脚走行では、一度に着地する脚は左右どちらかの脚一本ですが、考えてみれば、両脚が空中を跳んでいる瞬間も存在します。こう書くと当たり前に聞こえますが、それまでの大脇さんには、この事実が見えていませんでした。そうだ、高速二脚受動走行では、着地状態と跳躍状態、2つのフィードバックが効いているのではないか。

この「大発見」が、その後のブレークスルーをもたらしました。研究チームは、腰と脚にバネを装着した受動走行機械PDR400を試作し、ほんとうに受動走行が可能であることを実証する実験を開始しました。

実験は苦労の連続だったそうです。それでもPDR400の設定を変えて、傾斜をつけたトレッドミルに何度も投げ上げた末に、ついに世界初の腰つき二脚受動走行に成功したのです。最初の歩数は36歩でした。実験成功から間もない時期に開催された国際会議でこの動画を披露したところ、海外の研究者から大喝采を浴びたそうです。

四足動物そして昆虫へ

大脇さんの関心は、その後、四脚や六脚も含めた脚歩行動物全般に共通する制御機構に広がりました。しかし同じ四足動物でも、歩行様式は多様です。しかも速度に応じて脚の運びも変わります。

たとえばウマは、ゆっくりと歩く常歩(なみあし)では右後脚→右前脚→左後脚→左前脚の順で脚を出しています。それがトロットとも呼ばれる速歩(はやあし)になると、2つずつの脚が対になり、(右後肢+左前肢)→(左後肢+右前肢)の順です。さらに速い駆歩(かけあし)では、右後脚→左後脚+右前脚→左前脚の3拍子、襲歩(しゅうほ)すなわちギャロップになると、駆歩と同じ3拍子の歩様なのですが、同時に着地する脚は、駆歩の最大3から2に減るといった具合です。

最速で走るチーターは、ウマの常歩と同じ4拍子で、左右の前脚をずらして着地して蹴り出すと同時に背中のバネを効かせて後脚を空中でぐいと引き寄せ、左右の後ろ足を順に着地させて蹴り出しています。

ここで大脇さんは、個々の動物の歩行パターンを再現するのではなく、余分な要素を排除して必要最小限の制御機構の再現を目指しました。脚が着地しているかどうかと、その際に脚にかかる圧力という情報だけで、脚の協調パターンが自律分散的に制御されるメカニズムをモデル化したのです。そして、個々の脚に圧力センサーをつけることで脚の出し方を協調させる自律分散型歩行ロボットを作製しました。

これによって典型的な歩行パターンを再現することはできました。しかし、どうやっても実際の生きものには近づけないという限界も感じていました。そこで、昆虫の研究者の協力を得て、神経系が四足動物よりも単純な昆虫の運動様式の研究を始めることにしました。

コオロギは、水に入れると、まるで人間の平泳ぎのような格好で泳ぎます。地面を歩くときとはまるで異なる自発的な動きをするのです。脚の数を減らしても、それに応じたあるき方をします。そのコオロギの機能を調べることで、ロボットに実装することを目指すことにしたのです。

しばらくすると海外留学の機会がめぐってきたので、ナナフシの歩行を研究しているドイツの研究室に留学しました(2018〜9年に2回に分けて延べ9ヶ月)。印象的だったのは、当たり前のように実験装置や計測装置を自作したところ、とても驚かれたことだったそうです。生物学の研究室では、装置の製作は、完全に技官任せだったからです。

帰国後、コオロギに限らず、いろいろな生きものに電極をつけて歩き方を調べる研究をしています。昨年の夏は、青葉山でナナフシを採集して実験に使ったそうです。それに加えて、クラゲの研究も始めました。クラゲのしなやかな動きを、生体システムの「やわらかさ」に注目する「ソフトロボット学」で活用してみたいとの思いからです。

応用研究としては、リハビリ用の装具にロボット工学を取り入れる研究をしています。市販の歩行補助装置に装着する、安価で軽量なバネ付きアタッチメントの開発です。

大脇さんの最終目標は生きものに匹敵する動き方をするロボットです。そのために今後とも、さまざまな生きものに学んでいきたいそうです。

文責:広報室 特任教授 渡辺政隆

自作の昆虫用トレッドミル 回転するボールの上で昆虫を歩かせ、筋肉の活動電位を計測する。左がコオロギ用で右がナナフシ用。

昆虫用トレッドミルによる実験動画(YouTube)

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東北大学総務企画部広報室
Email:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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